アルテマ・マジック その2
「…………へ?」
「なっ!?」
吹き飛んだ先に、光の魔法陣がゴーティアを拘束した。
ゴーティアもウィルでさえも驚き、周囲、自分たちを取り囲むようにドーム状に展開されきった魔法陣を見る。
半径十数メートルの大規模半円。極細の文様が大小数えきれない歯車を構成し噛み合いながら回転している。
完了したと、彼女はいった。
だが、
「……あの、一分どころか30秒くらいなんですけど」
「うん」
アルマを見る。
彼女は軽く顎を上げてから頷いた。
癖だろうか。
可愛い。
「ほら―――頑張れって言ってくれただろ? だから頑張った」
「―――――ははっ」
思わず笑ってしまう。
そう、頑張れって言ってくれたから。
だから自分は頑張った。
だから彼女も頑張った。
ただ、それだけの話。
「ウィル、手を」
「はい」
彼女の下に戻り、指し伸ばされた手を取る。
小さい手と細い指。
華奢で少女らしい手に思わずウィルの胸が高鳴った。
そういえば、出会った時に手を差し伸べてくれたけど握り返すことができなかったなと、今更気づく。
苦笑しつつ、しっかりと彼女の手を握った。
「ん」
当然のように五指を絡めた。
心臓が高鳴るどころかちょっと暴れかけた。
アルマの顔が見れなくて、真っすぐに魔法陣に捕らえられたゴーティアを見た。
アルマもアルマですまし顔だが内心にやけ面抑えていたのでどっちもどっちだ。
「……何をしとるか貴様ら」
円球状に展開された魔法陣に捕らえれたゴーティアは思わず吐き捨てる。
展開されている術式が複雑すぎて読み取れないが、しかし焦りはない。
なにしろアース111において本体ともいえるゴーティアは、しかしマルチバースにおいては端末に過ぎないのだ。
故に、此処で倒されたとしても、倒された瞬間に全ての記憶と経験は別のアースの自分に転写される。
この場における敗北は、決して敗北ではない。
対応策を増やし、アルマもまたそれに対応して魔術の幅を広げて来た
だからこそ、アルマとのイタチごっこがずっと続いているのだから。
「―――彼の
「む……? それが、なんだ」
「彼の特権は、全系統適正じゃあない」
「――――なに?」
ウィルの右腕とアルマの左腕。繋いだ手からリング状魔法陣が生まれ連なる。
ゴーティアは目を見開き、アルマは笑みを深めた。
「正確に言えば全系統適正自体が間違っているわけじゃあない。転生特権によってそれがあるのは間違いじゃあない。僕も最初は気づかなかったくらいだしね。結論から言えば―――元々持っている特権の結果、全系統適正を得ているだけ」
それは些細な違いではあるものの。
しかし根底を覆す気づきだった。
「彼の転生特権――――それは、世界における適正だ。この35系統からなる魔法世界に生まれたから、35系統を得ただけに過ぎない。例えば、別の魔法法則の世界に生まれればその世界における最大限の才能補正を得ただろう。例えば職人、クロノの世界、精霊が統べる世界では精霊との親和性を。暗殺王、ロック。精神と肉体が直結している世界ならば彼の肉体はあらゆる目的に反映し成長するようになるだろう」
そう、それはまさしく特権だ。
無限に等しいマルチバース。それぞれの世界にそれぞれの物差しがある。
ウィルは、それらに対して常に最大に適応する特権を持っているのだ。
オーソドックスな属性魔法世界なら分かりやすいだろう。彼はあらゆる属性魔法が使える。
ソウジのようなステータス・クラス制の世界でも言い。彼はあらゆるクラスになれる。
或いはナギサのように役割が明確に差別化されている世界でも全ての役割を熟せるのだ。
分かりにくいのはマキナのような魔法が存在しない世界やアース・ゼロのような世界だがおそらくその場合にしても結局あらゆる行為への適正を持つだろう。
適正とはすなわち才能だ。
言ってしまえばあまりにも陳腐だけれど。
彼は、彼がやりたいことをいくらでもできるような性質を持っている。
「肝要なのは――――魔法・魔術系統が世界の根幹法則を担っている場合。世界法則への最大適性―――即ちそれは、世界法則に干渉しうる可能性を持つということ」
そう、つまり。
「名づけるのならば―――≪万象掌握≫。文字通り森羅万象の法則に掛かる鍵を開け、世界そのものを書き換えられる」
まさしく転生特権。
秘めた才能を完全に発揮できれば、彼は神にもなりうる可能性を秘めているのだから。
「っていやいやいやいや!! アルマさん! これ! この術式! ちょっと複雑すぎて僕には意味が分からないんですが!?」
「ん、まぁそれはそうだ」
隣で、二人の腕、周囲に広がり続ける魔法陣を見てウィルは悲鳴を上げた。
アルマが術式を用意してくれているのは知っていた。だが、ここまでの術式の複雑さとは聞いていない。
これまで35系統からピックアップして使っていたのに対し、これは35系統を35系統でそれぞれ乗算して掛けているようなもの。
ウィルも別に頭が悪いわけではないが、普通の頭でそれこそスパコン並みの処理を求められてはどうしようもない。
そう、それがウィルの転生特権の弱点だ。
彼はあらゆる可能性に対する才能を持っている。
突き詰めれば神にも等しい。
だが、それはあくまで可能性だ。
当然ながら難易度は極めて高く、ウィルにとってはそれ自体は不可能と言ってもいい。
なんでもできる可能性はあるけれど、だからといって実際なんでもできるわけではないのだ。
転生特権の副次効果として、一目見れば大半の動きを模倣できるだけでも十分。
「確かに、君だけじゃあ無理だろう! はははは! ――――だけど!」
だけどと、アルマは笑う。
そんなことは分かっているのだ。
「君が全てを開ける鍵なら! その錠前は僕が用意しよう! 僕の特権は―――≪森羅知覚≫! 僕は世界のあらゆる法則を読み取り、解析し、知ることができる! まぁ、それをどう扱うかは人力でそのせいで死ぬほど魔術を勉強しなければならなかったんだが! 些細な問題だね!」
いうなれば世界における全網羅攻略本だ。
彼女はあらゆる法則を知ることができる。知ることができるだけで、実際に身に着けたり、実行するのは彼女自身の努力だが研鑽は1000年にも及んだ。
だから、次元世界最高の魔術師になった。
ウィルは鍵で、アルマは錠前なのだ。
ウィルはあらゆる扉の鍵を開けられる。ただし、錠前がどこにあるのか、それを見つけなければならないし、見つかる保証もない。
アルマはあらゆる扉の錠前になれる。ただし、その鍵を開けられるかどうか努力次第で、それができるようになるまでに数百年かかった。
片方だけでは完璧とは言えない。
可能性を秘めているが万能ではない。
或いは、なんでもできるのになにもできない、ということになりかねない。
――――――だけど、二人なら?
全ての鍵と全ての錠前が揃っているのなら?
意思と魂が希望を真っすぐに進めば―――不可能はない。
「うぁおおお……?」
例えばそう、アルマが作り出した魔法はあまりの複雑さにウィルは理解しきれない。
膨大すぎる情報を彼は処理しきる才能と可能性はある。だけどそれはあくまで可能性と才能に過ぎず、今の彼では現実問題不可能だ。
魔法の発動を行う右腕が暴れ、震える。
彼だけでは絶対に発動できない。
だけど、
「ん」
アルマが軽く顎を上げてほほ笑み、繋いだ手に力を込めた。
赤い瞳が黒い瞳に語り掛ける。
大丈夫。
僕がいるよ、と。
「―――」
眼を奪われる。
その二つの紅玉、魂が吸い込まれた錯覚に陥る。
音も震えも消え去って、世界が揺れる白銀と輝く真紅だけに。
それだけで、いい。
それだけで十分だった。
少女は少年に、前を向かせてくれた。
彼女は彼に、道の歩き方を教えてくれた。
紅い瞳は黒い瞳に未来を示してくれた。
アルマ・スぺイシアはウィル・ストレイトに希望をくれたのだ。
だから、大丈夫。
震えが止まり、心も落ち着く。
今発動した魔法は9割意味が分からないが、それでいい。
彼女を信じているのだから。
「大丈夫、大丈夫だ、ウィル。これは確かに常人が術式を見ればまぁ脳みそ弾けるくらいの情報密度だが! 君の特権があれば問題はない! まぁ理解できないのは仕方ない! 僕に比べれば全人類馬鹿だしね! だとしても!!」
さらっととんでもないことを言ったが、まぁそれでも信じよう。
赤い目が輝く。
「この
光が軌跡を描く。
赤、青、緑、黄、茶、白、黒。この世界を構成する七属性。
それ五つのグラデーション。一つの色が溶け合い、混じり輝く虹色に。
二人の繋ぎ組んだ腕から周囲を覆っていたアルマの魔法陣へ。
世界が、虹色に包まれる。
歯車と時計盤を模した魔法陣らが回転し、加速し、さらなる光を生み溢れ出す。
それはまるで一つの宇宙のように。
否、事実、ウィルとアルマはそれぞれ持つ特権を以て、この単一宇宙における法則に干渉しているのだ。
「きさ、まら、これは―――!」
ドーム状魔法陣から溢れる光は、ゴーティアを捕らえてた魔法陣に注がれていく。
ゴーティアでさえ、数多のマルチバースに偏在するそれでさえも効果を読み取れない。
だが、今この場で、この状況で、先ほどのアルマの言葉通りだとしたら。
「そう! これは世界法則への干渉――――貴様という偏在存在における他次元への接続を断つ! 根本的に! 貴様だけを世界から切り離して消滅させる!」
つまり、
「お前は、記憶も経験も別のお前に転写できない! はっはははは! いやぁ気分がいい! 死に覚えするせいでアホみたいな攻撃手段覚えさせらえたんだからなァ!」
「き、貴様アアアアアアアアアアア!」
ゴーティアの恐ろしいのはほぼ無限に増えるということ。
マルチバースに偏在し、一体倒しても解決ではない。
そして倒せば、その世界で学んだ情報、憑依した依り代等々を蓄積することで本体に還元していく。
無論アルマもまたそれを防ごうとしたもののうまくいかなかった。
アルマ・スぺイシア1人では不可能だった。
だけど――――今、彼女はウィル・ストレイトと共にいる。
「―――ウィル!」
「はい、アルマさん!」
繋いだ手を掲げた。
光の奔流を纏い、風が2人の外套を巻き上げ、髪を揺らす。
新生の輝きの中、2人は共に手を振り下ろし、
『――――≪
共に、言葉を紡いだ。
『―――――≪ドゥム・スピーロー・スペーロー≫』
一瞬、静寂が訪れた。
時間が止まったかのように、何もかもが色を失ったかのように。
だが、直後何もかもが動き出す。
高く澄んだ音が鳴り渡り、全ての魔法陣が、歯車が、時計板が、光となって弾け飛ぶ。
濁流の光がゴーティアを中心に収束し、圧縮し――――そして何もかもが消え去った。
後にはただ、七色の光の粒が雪の様に漂い残るだけ。
世界を食らうものの痕跡はどこにもなかった。
●
「……終わった、んですか」
「あぁ、完全消滅だ。こうなるとあっけないものだね」
掌に光の粒を落としながらウィルは息を吐く。
隣のアルマは肩を竦め、苦笑しつつ頷いた。
顎を上げて、光の残滓を見つめながら息を吐く。
「……長かったな。これができるまで」
400年越しの成果、端末とはいえ完全消滅。
文字通り、確信的だった。
「や……やった……!」
「お、おいおい」
ウィルが、彼にしては珍しく声を大きく上げる。
繋がったままの手をぶんぶんと振る。
勢いと体格差故に、小さな少女が軽く転びそうになるほどに。
「やりましたよ! いやほんとに……なんて言うべきか……ありがとうございます! アルマさんがいなければ、どうなっていたか……!」
「……いや、うん。いいさ、僕も助かった」
喜ぶウィルにアルマは小さく微笑み、空を眺めて。
「ウィル」
「はい?」
「―――――ここまでに、しようか」
するりと、手を離した。
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