アルテマ・マジック その1

 空間の輪をくぐる。

 光の輪が空間同士を繋ぎ、指を振るだけであれば知っている場所に行けるし、準備をすれば次元間移動も可能とするアルマが最も得意かつ使用頻度の高い魔術だ。

 使ってきた回数なんて言葉通りに数えきれない。

 単純な移動は勿論、手のひらサイズだけの空間窓を空けて遠くのものをちょっと取る、なんてこともできるし、先ほどの隕石にしても宇宙空間からの転移によるものだ。

 何度も何度も繰り返してきた。

 

 だけど、この一瞬はいつもと違う。


 横目で彼を―――ウィルに視線を送りかけて、止めてしまう。

 だって、頬が緩んでしまうから。

 その黒い瞳に真っすぐ見つめられると吸い込まれそうで。思わず目を離してしまいそうになるけれど、ずっと見ていたいとも思う。

 そんなこと、あっていいはずがないのだけれど。

 苦笑しながら、門を通って大地を踏みしめる。

 土煙が立ち上る隕石の墜落により生まれたクレーター、その中央部。

 

「煙い」


 腕を軽く振って土煙を吹き飛ばせば、正面に人型へと戻ったゴーティアがいる。

 これまでの攻撃でこの世界における構成存在の9割以上を消滅させた。ゴーティアへの準備は十分。

 術式そのものも完成している。

 ただし、


「例の術式発動の空間準備に約1分―――」


 両手の拳を握りしめ、腕を交差。拳と腕の周りに魔法陣。腕を広げて両手を広げながら突き出せば新たな魔法陣が多重構造式に構成される。

 通常指を鳴らしたり、腕を振るだけで魔法の発動を行うアルマにしては極めて珍しい工程と時間を踏んだ魔術行使。

 無論、その間は完全に無防備になる。

 

「――――だから、頼むよウィル」


「はい!」


 即答で帰ってきた返事は小気味よく、快活に。

 黒髪の背中と揃いの衣装がアルマの前に立つ。

 赤いマントを靡かせ、


「――――!」


「頑張りますっ! ――アルマさんも頑張って!」

 








「≪センター・パラタス≫―――≪クィ・ベネ・シェリフ・ベネ・メーテ≫」


 激励の言葉に背中を押され、周囲に黄金の軌跡が術式を中空に描くのを見ながらウィルは進む。

 拳を握り発動する身体強化と武器形成。

 掌から光の糸が伸び、武器の形を生んでいく。


「っっ――――小僧ォ!」

 

 全身から瘴気を滲ませ、前学園長も面影は微か。

 追い詰められていることを彼を分かっている。

 アルマが何をしているかも分かっている。

 故に彼女の言う1分以内にウィルを殺す必要がある。 

 例え、構成因子を9割以上断たれたとしても、それも最後の本体は前学園長、即ちアース111最強の男に他ならない。

 彼をベースにし≪D・E≫としての力を発揮すれば、ウィルを殺すのは不可能ではない。

 だから実行する。


「ヌゥンッ!」


 腕の振りと共に二メートル近い瘴気の刃が放たれた。

 音速超過で空間を切り裂き進むそれを―――――がぶった切った。


「―――それは」


「御影さん―――力を借ります!」


 光の糸で編まれた大戦斧。鬼族の王が、鬼族の姫に贈った皇国の大業物。

 灼熱と紫電を纏う天津院御影の相棒。

 ウィルの武器形成は形を選ばない。

 家にあったのが剣だったから剣を使い、剣を使うから武器形成はもう一人振りの剣程度の理由で武器形成は剣が多いが、それ以外にも何だって使える。

 そして、学園には多くの武器の使い手がいて、彼らを学年主席としてその武技を目に焼き付けた。

 一度見れば、ウィル・ストレイドはその原理を理解し、模倣する。

 それが――――この学園で最もともに時間を過ごした御影ならば猶更だ。


「鬼炎万丈……!」


 次いで飛んできた瘴気刃の群れを、大戦斧で叩き落す。

 巨大な斧はしかし重量はなく、むしろ遠心力と膂力任せに軽快に、しかし強烈に振るう。

 

 彼女がいなかったら、きっと自分は一人の殻に閉じこもっていただろう。

 自分を御影は引っ張って、その世界に連れ出してくれた。

 一々至近距離で囁いて来たり、体を寄せてくるのには困ったけれど。

 強く、優しく、美しく。

 姫という概念を体現したような人。

 アルマとは違った意味で、ウィルに前を向かせてくれたのだ。


「味な真似をするのぅ……!」

 

 ゴーティアの動きが変わる。

 瘴気を飛ばすだけでは足りず、彼我の距離も近づいたから。

 全身に纏わせた瘴気を、両手両足に収束させることが格闘戦へ適応。

 攻撃がヒットすれば瘴気が相手を侵食し、命を削る。

 大戦斧は重量を感じさせないとはいえ、武器としての大きさ故に大振りになる。故に、瘴気刃の影に隠れ接近し、コンパクトにしかし高速で拳を打ち込み、


「!」


 大戦斧が産んだ遠心力を乗せた―――蹴りが、ゴーティアのを撃ち落とした。


「トリウィア先輩―――技と知識を借ります」

 

 刃にしたり眷属を生んでた瘴気を体の部位に収束させるなんて、どう考えたって危ないって分かる。

 だから、それがどんなものか考えるのだ。

 威力の強化か何かしらの付与効果か。

 良く分からないので瘴気で覆われていない肘で撃ち落とす。

 「知りたい」というのはただの欲望ではない。

 現実で直面する問題への対処方法。

 武器形成を応用させ、即席の脚甲としながらゴーティアの拳や足先には触れず、肩や肘、膝のような関節部位に狙いを済まして蹴り足を射出する。


 彼女がいなかったら、実際主席の責務をやり続けることなんてできなかっただろう。

 自分は学も碌にないのに彼女はいつだって嫌な顔をせずに教えてくれた。

 仲良くなればなるほど、私生活が自堕落で放っておけなくて。

 案外、可愛いとこがあるものだなと思った。

 いつだったか、シガーキスを最初にした時は心臓がうるさくて聞こえやしないか焦ったものだ。

 知識に呪われたと嘯くけれど。

 彼女の知識はウィルにとって祝福だ。

 アルマとは違った意味で、道の歩き方を教えてくれた。


「鬱陶――――」


「!」


「――――しぃ!!」


 爆発は、文字通り一瞬だった。

 両手両足が、文字通りに爆散したのだ。

 肉体は憑依であり、本体が瘴気である故の末端部位の自爆。手足を失ったとしても瘴気で賄うことが可能な選択だ。

 末端の部位故に範囲は決して広くはない。それでも至近距離の格闘戦を行っていたウィル相手ならば十分で、


「がっ!?」


 残った背中に――――衝撃が突き刺さった。


「なっ……?!」

 

 吹き飛びながら驚愕する。

 一瞬だった。ほんの一瞬だった。

 その一瞬で、ウィルは移動し背後に回り攻撃を行っていた。

 そして見る。拳を振りぬいた黒髪の少年を。拳にリングを、背に同じものを六つ―――翼のように引き連れたウィルを。

 見た瞬間に、彼の姿が消えた。


「っ―――ぐおっ!」


 消えたと思った瞬間には、腹に踵が落ちた。地面に叩きつけられたと思えば、全く違う方向からリングの衝撃。吹き飛んだ先でさらに拳。

 スーパーボールのように攻撃を受けながら、ウィル本人も攻撃の度に加速する。

 その動きは、言うまでもなく。


「フォン―――翼を借りるよ」


 アース111における最速の種族である鳥人族の最速であるフォン。

 その動きを完全に模倣した連続超加速機動連撃。

 ≪メンス・サーナ・イン・コルポレ・サーノ≫の移動補助と体裁きが実現した翼を持たぬ身での飛翔。

 かつて亜人の祭典で行ったそれよりもさらに高い完成度で、神速を以てゴーティアを打撃し続ける。


 彼女がいなかったら自分は未来も過去も向き合うことができなかったかもしれない。

 自分のどうしようもない過去へのトラウマと折り合いをつけるきっかけをくれた。

 理不尽に未来を奪われた自分が、彼女の未来を守ることができた。

 それは、自分にとって確かな救いだったのだ。

 まさかそんな自己満足の結果に奴隷になるなんて思わなったけれど。

 いつも快活で明るく、元気のいい彼女はそこにいるだけで場が明るくなる。

 自分にはもったいない子だ。

 自分なんかの為に、彼女は羽搏いてくれる。

 彼女がウィルの翼だからと。

 アルマとは違った意味で、未来を示してくれたのだ。


「≪キティウス・アルティウス――――フォルティウス≫ッッ!!」


「■■■■――――!」


 最大加速を乗せた一撃がゴーティアの顔面に直撃した。

 七つのリングが輝き、七色のソニックブームが翼となってウィルの背後で弾けるほどに。

 ひと際勢いよくゴーティアの体が大地を削りながら吹き飛ぶ。

 アルマが来る前に圧倒された時とはまるで逆の光景だ。

 それはゴーティアに余裕がなくなり、眷属がいなくなり、出力も落ちた故の真っ向勝負であるからであり、そして、それ以上に何よりも―――


「―――よし、

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