カム・フロム・マルチバース その5
「盛り上がっていくニャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
≪魔法学園≫中央の時計塔はもう近く、二つ通りを挟んだ商店街。左右を店に挟んだ道で近未来風の衣装に猫耳桃髪のアイドル少女は人差し指を天へと掲げた。
ショートカットに後ろ髪だけ伸ばして二束結んでおり、首や体の動きで髪も跳ねまわる。
周囲に展開するホロウィンドウや体の各所の金属パーツが音源機能も兼ね備えるだけで着るカラオケ装置のようにメロディを発生させる。
アース572に発生した≪FAN≫と呼ばれるモンスターは十代少年少女から発生する≪シンフォニウム粒子≫を乗せた攻撃のみで倒すことを可能とする。
粒子や彼女のアイドルスーツ自体が身体能力の強化も兼ねているので、それは商店街通りを埋め尽くす大量の眷属に対しても有用だ。
流れる曲は可愛らしい見た目には反したロックテイスト。
かっこよくて可愛い自分になりたいという少女の声の歌。
故に天音ナギサは歌う。
『―――♪』
歌って、
「――――おにゃあ!」
眷属を蹴り飛ばした。
ナギサの身長よりも二回りは大きい虎型の眷属、その顔面にヒールを。
しかも、インパクトの瞬間、同じ個所に連続で5回は蹴りつける通称タップダンスキックだ。
『――――♪』
彼女たち≪アイドル≫は歌いながら戦う都合上、スタイルが三つに分かれる。
歌いながら徒手空拳や武器で戦うストライカースタイルか。
歌そのものが攻撃手段になるスプレッドタイプか。
歌によっての様々な強化や回復を主とするサポートタイプか。
ナギサが所属するアイドル支部には100人ほどいるが、それぞれその三つに分類されているのが原則なのだ。
そして彼女は―――そのどれでもない。
「……スゥ」
持ち曲の感想パートで大きく息を吸いながら、一端後ろに。
インパクトの瞬間に連続で蹴りつけるタップダンスキックや相手の攻撃にカウンターで掌底を叩き込むハイファイブビンタは威力は高く、歌によって肉体を強化していても一度に倒せる数に限界がある。
腰のホルダーから取り出したのはカラフルなマイクだった。
振り上げ、振り下ろせば柄が伸びてスタンドに変形する。
先端が鋭くとがったそれはマイクスタンド型の槍だった。
『――――♪』
マイクへと歌を吹き込みながら、迫る眷属の攻撃を回避に専念する。
どうでもいいけどやたら猫やらライオンやら虎やらのタイプの眷属が多い。
当てつけか? とちょっと思うがまぁいい。
Bメロまるっと吹き込みながら、大きく振りかぶり、
『――――♪』
サビパートの突入と共にスタンドランスをぶん投げた。
投擲された槍のマイクに歌声が吸い込まれ、さらにスタンド全体が巨大な機械槍へと変形。高速回転を生み、真空波を生みながら眷属たちの大群へと突き刺さる。
歌によって投じられ、歌によって強まり、歌によってぶっ散らす。
≪ステージアーツ:トリニティトライブ≫。
≪アイドル≫たちが自身の能力を最大限に発揮する必殺技だ。
そして、天音ナギサはストライカースタイルでもスプレッドスタイルでもサポートスタイルでもなく――――それら三つの性質全てを併せ持ったトリニティスタイルだ。
三つのスタイルに分かれているとされていた≪アイドル≫において初の全スタイル複合型。
当時のアイドル業界を塗り替えた新星。
数十体を纏めて消滅させてから手元に戻ってきたマイクをキャッチ。
「―――にゃ♡」
Fromm earth572―――――アイドル無双覇者/アイドル支部レインボーラインプロダクション所属≪新星トライアングル≫天音ナギサ。
「―――誰に向かってポーズしてるんだい君は」
「にゃ?」
振り返れば空間に穴が開き、呆れ顔のアルマが現れた。
そして、彼女に続きウィルも顔を出し、
「にゃにゃ……!」
彼の服装は大きく変わっていた。
ボロボロだった制服ではない。
基本的にはアルマの紺色の胴着のような衣服と同じ意匠。色は黒で、随所に金の刺繍。アルマがミニスカートのようになっているが、ウィルの場合は足首までと長くなっている。
左袖は九分丈だが、右腕は五分丈の半袖仕様だ。
おそらく≪オムニス・クラヴィス≫による魔法陣展開を前提としてアシンメトリー。
そして大きく目を引くのは右肩のみに掛かり、腰あたりまでの短い真紅のマント。
アースゼロでは元々ハンガリーの一部の兵士が着ていたペリースと呼ばれる類のマントだ。
「んんっっ……!」
「……え、えっと。どうしたんですか、急に手を合わせて……」
「いにゃ、気にしないで欲しいにゃ。――――お揃い衣装……最高にゃ……!」
赤青金のアルマに赤黒金のウィル。
カラーバリエながら同じ意匠の装束の合わせの尊さに合掌。
「……んんっ」
頬を赤くしたアルマが咳払いをするが、態々聞くまでもない。
どう考えても彼女がプレゼントしたものだ。
「……」
「……おい、なんだその眼は」
分かってるにゃ……! と親指を立てたら半目で見返された。
「……っと、ウィル。改めてアイドル無双覇者、天音ナギサにゃ。気軽にナギサ、と呼んで欲しいにゃ」
「はい。ありがとうございます、ナギサさん。一緒に戦ってくれて、ありがとうございます」
「もーにゃんたい! いつもは推し活される方だけど、たまには推し活するのも悪くないにゃ!」
「な、なるほど……?」
「!!」
首を小さく傾げたウィルに、ナギサは目を猫の様に見開いていた。
これこれ!と言わんばかりである。
カメラを持っていれば……! と後悔するナギサだった。
「あーもう、いいかい?」
嘆息しながら手を掲げ、六角形の魔法陣を浮かべる。
学園の地図を模したそれに浮かぶ光点は最初よりも数を減らし、大半が中央に集まっていた。
「―――仕上げだ。そろそろ大詰めとしよう」
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