カム・フロム・マルチバース その4
「おーほっほっほほ!!」
学園内のラウンジ。中庭に面したカフェは普段は生徒たちの憩いの場。
今はそこに歓喜に満ちた高笑いと―――お手玉のように跳ねる眷属が満ちていた。
黒いコートと燃えるような赤い長髪を靡かせながら、二脚四脚含めて様々な眷属たちに囲まれる少女。
その中で、アメジストのような瞳を爛々と輝かせながら彼女、マリエル・デュ・アルトーネは拳を、掌を振るう。
それはロックのように攻撃を受け止め殴り返すのでも、ソウジのように片っ端から切り捨てるのでもない。
全方位から迫る人間大の眷属に対する対処はその二人とは違う。
即ち、受け流して、捌いて、投げ飛ばすか殴り弾かせるか、だ。
「フゥゥ---」
呼吸は長く、腰は落し、右手は固く握り、左手は緩く開く。
やることはシンプルだ。
足と腕が二本あって頭があるような、つまり人の形に重心が似ている眷属が来たら攻撃を受け流して投げ飛ばす。
足が四本だったり、そもそも足や腕がない、つまり人間ではない形の眷属は投げるのが面倒なので殴って爆散させる。
スロー・オア・エクスプロージョン。
恐るべきは彼女の体術練度。
たった二本の腕と足捌きのみで全方位から迫る眷属たちを同時に高笑いと共に撃破しているのだから。
「さいっこーですわね、マルチバース!」
だって、
「こんなにも殴り放題……!」
マリエルの世界にはこういう魔物のようなものはいない。
魔法はあるけどファンタジー生物はいないというちょっと変わった世界なのだ。ある意味闘争相手は人間同士というちょっと闇が深い世界と言えるかもしれないが。
そんな世界はこのアース111の≪魔法学園≫と似たような学園に通っている。
違いは、主に貴族階級の女子だけが入学できる文字通りのお嬢様学校だ。
礼儀作法は勿論、貴族の子女として恥ずかしくない教養、さらには踊りや歌のような芸術、歴史や錬金術(この場合、発展途中の科学的なやつ)、護身術までも学ぶ万能カリキュラムである。
そして魔法があれば当然魔法の科目もある。
そして、マリエルは魔法が一切使えない。
魔力そのものがゼロという超特異体質だ。
ウィルとは真逆の待遇で学園に入学した。
そして始まる貴族階級の女子たちの陰湿ないじめ―――――なんてことはなかった。
「むしろ、滅茶苦茶いい人たちなんですよね……」
飛び込んできた狼型を蹴り飛ばしながら、自身の青春を思い返し遠い目になる。
正直、その手の学園に魔法が使えない自分が入学とか最悪じゃね? と思った。おまけに貴族ばっかりである。絶対に陰湿で悲惨で最悪ないじめがあるかと思った。
お互い貴族ということで殴り飛ばすわけにもいかない。
が、先輩も同級生もみんなやたらめったらに人間ができていた。
そんなことある? と何回も裏を疑った。
そんなことあったのだ。
少女漫画の世界かと思ったら、どっちかっていうと女だけの舞台演劇の世界だった。
できないことにはできるまで付き合ってくれるし、どうしてもできないことは変わってくれる。座学も周りのサポートで必死に追いすがって、最近ようやくまともになってきたところだ。
人間関係は良い。成績もなんとかなっている。
危険な魔物もいないし、貴族子女という性質上治安も非常に良い。
なので幸せといえば幸せだ。
だが、
「満たされないものもあります故……!」
歯をむき出しに、同級生や先輩からも褒められる真っ白な珠のような肌に汗を浮かべながら彼女は笑う。
前世では、彼女はある格闘家の一族だった。
一生を武に捧げるという二十一世紀では時代錯誤もいい所の人生だった。
結局、試合中の事故で死んだから文字通り命を懸けた。
だからこそ、魂に武が、闘争が、原始的な本能が息づいている。
「ふぅ……!」
息を吸い、吐く。
眼の前の眷属の胸に拳を添え、両足で大地を押した。
踏み込みは力強く、大地に根を指すように。
震脚。
地震でも起きたかのように、文字通り大地が震えた。
発生した振動を一切余すことなく関節部を通じて右拳へ伝達。
細胞の一片一片、筋線維一本一本を総動員したエネルギーが連結しうねる様に高まる。
接触状態から震脚のみの無制動で衝撃を眷属内部で爆発させ、余波で取り巻き事爆散させる。
発剄、ワン・インチ・パンチと呼ばれるもの。
「ふっ――――自分のアースで殴っちゃだめなら、マルチバースで殴ればいいでしょう?」
Fromm earth785―――――ステゴロお嬢様/≪ファルコルム王国アルトーネ公爵家長女≫マリエル・デュ・アルトーネ。
●
「興味深い力ですね」
「……そこまで見られると照れるでありますね」
カッ、というヒールとブーツの音が響く。
学園中央へと真っすぐ続く石畳。進むのは2人。
白衣にパンツルックのトリウィアと黒スーツにタイトスカートの女性――――新島巴は、服装的にアースゼロのOLが昼休みにランチに出かけるような足取りで並んで歩ている。
けれど、その周囲は平穏とは程遠い。
マルチバースから集まった
人型や動物型が二人へと殺到しているが、
「―――雑兵であります」
『■■■!?』
巴が指を鳴らしたと共に、彼女の半径10メートルの眷属たちがひしゃげて潰れた。
視覚的になにかしらの攻撃を受けたわけではない。ただ、眷属たちが自重に耐えきれなくなったように地面に叩きつけられたのだ。
「……ふむ」
加重で消滅しなかった眷属たちをノールックによる銃撃で打ち抜きながらトリウィアは目を細める。
生き残っていたことはそれなりの強度を持つ上位眷属であるが片手間の銃弾で打ち抜くあたり三年主席の貫禄であるが、自分の戦果にはまるで興味を示さず巴の能力を分析しようとしていた。
「術式や魔力の気配がない、別の宇宙と言っていましたが根本的に別種の能力……」
「えぇ、まぁ」
巴は肩を竦め、
「私の世界では、誰もがこういう≪スキル≫持ちでありますよ」
巴の世界は2000年代のアース・ゼロと文化や発展度合いは大体同じだが、違いは各地にダンジョンが発生しているということと、全人類が固有のスキルを持って生まれてくる。
そしてダンジョンにおけるギルドは国営であり、巴はあるギルドのクエスト受注等の業務を行う受付嬢である。
スキルは文字通り千差万別で、それこそ魔法のようなものもあれば、純粋な肉体的特徴のものもある。
そして巴のそれは超能力に分類されるものであり、そしてその中でも≪重力操作≫とされるもの。
「斥力や引力といった使い方もあるんですが、まぁざっくりまとめて≪重力操作≫でありますな。実際、対象に超重量を掛けて潰すのが一番楽だし効率的でありますし」
「ほう、そこまで違うのですか」
「というか『半径何メートルの敵に加重』みたいな設定で使えるので楽なんでありますよ」
重力に寄る加重、逆に重量の軽減、自身を中心にした斥力や引力の発生による疑似念動力等々、応用範囲は広いが楽で慣れたものを使ってしまうというのが人間の性だ。
加えて、
「―――結婚してから実戦は久しぶりでありますし」
「……なるほど?」
眷属たちの頭部を打ち抜いてたトリウィアの弾丸が胴体ごと吹き飛ばした。
「それは……つまり、夫がおられると」
「で、ありますな。娘もいるであります」
指の動きで重力フィールドを展開しつつ、巴は笑みを浮かべる。
巴が働きに出て夫は専業主夫をしてくれているので、今頃彼と一緒に家にいるか保育園だろう。マルチバースにおける時間の流れがどうなってるのかちょっと分からないので何とも言えないが。
「……む、娘」
「えぇ、良いものであります。私も昔は軍属で仕事一筋、プライベートも鍛錬に費やしていましたが、家に帰れば夫と娘が迎えてくれる。それだけで活力が沸き、日々の仕事の効率も上がるというものでありますな」
「………………な、なるほど」
真後ろに向けた銃弾が、もはやビームになって眷属の全身を吹き飛ばした。
「かつて先輩の女性陣がやたら結婚していたがっていたのが今になって分かるでありますよ。実際仕事人間であればあるほど、結婚をするべきであります。仕事優先で家事とか食事とか疎かにしがちでありましたし。携帯食料とか楽ですけど心が満たされないんでありますな」
「…………………………た、確かに」
青と黒の瞳が揺れていた。
心当たりがあるらしく、端正な顔に微かに汗を流していた。
「―――――ふっ」
そして巴は思う。
これでトリウィアも結婚という明確なヴィジョンを意識してくれるでありますな……! と。
新島巴。
>1天とこウィルアル推しなのは言うまでもないが、ウィルトリ推しでもあった。
ウィルアルは当然最高だ。
冬の朝の暖かな布団、仕事終わりのビール、深夜に食べるカロリー悪魔料理を超える最高に脳が効く二人だ。
しかし、ウィルトリも良い。
勿論ウィルみかもいいしウィルフォンもいい。あの3人娘はシンプルに人間性が良いのでみんな好き。
アルマのウィルへのずぶずぶ具合は言うまでもないし、ウィルのアルマへの好きオーラもとんでもないのでどうとでもなるだろうが、だからといって3人が振られるのも嫌だ。
ハーレムでいいんじゃないだろうか、転生者なんだし。
自分がやられたら地面の染みにするが。
トリウィアは仕事人間というか研究に没頭するあたりが昔の自分とちょっと被ったので推し度合いが高い。
「結婚……結婚か……」
「フフフ……!」
Fromm earth 881―――――冒険者公務員/元自衛隊特別迷宮攻略部隊『B.R.E.A.K.』所属特別中佐・椎堂市冒険者ギルド受付嬢 新島巴。
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