カム・フロム・マルチバース その2




「ぬおおおおおおおお!!」


 唸り声と共に岩のような拳を、虎型の眷属の頭に叩き込む。一発で頭蓋が砕け、残った体は前蹴りでぶっ飛ばして他の眷属魔族たちをまとめて薙ぎ払う。


「ぬんっ!」


 肩に噛みついてきた狼型は筋肉を固めることで牙を通さない。そのまま首根っこを掴み、首を握りつぶしながら地面に叩きつける。獅子型が頭上から来るが逆の腕で中空で殴って飛ばし返し、後ろから来た蜥蜴型は勢いそのまま回し蹴りで吹っ飛ばした。

 

「ぬぅあーーー!!」


 続々と小型の眷属が迫るが唸り声と共にその肉体を以て殴り、蹴り、投げ、叩き潰す。 

 極めて原始的な、溢れる筋肉のパワーに任せた肉弾戦。防御行動などとらない。やられる前にやり、受ける攻撃は全て筋肉の鎧ではじき返す。

 ロック・アルカイオス三世。 

 その生涯において暗殺を受けた数は数限りなく、幼少のころは文字通り生きるのに必死だった。

 権謀術数、政治と金による暗殺は当たり前のことで護衛がいなければ10になる前に死んでいただろう。

 だがある日、彼を守って護衛が死んだ時、彼は1つの真理に到達する。

 信頼できるものはいない。

 誰に殺されるか分からない。

 信じられるのは自分だけ。

 ならば信じられるのは――――己の筋肉である。


「弾けろマッスル! 胎動せよ大腿四頭筋!!」


 銃弾、刃、毒、殴打、火、水、感電、酸。

 なるほど恐ろしい。

 だが、筋肉を鍛えていればなんの問題もないのではないかとロックは思った。

 思ったので体をひたすら鍛えた。

 鍛えた結果、全身を筋肉の鎧で包み、あらゆる暗殺を筋肉でぶちのめすことが可能になったのである。

 ビバ、筋肉。嗚呼筋肉。

 筋肉は全てを解決する。


「――――むっ?」


 ぴくりと大胸筋レーダーが反応する。

 一度飛び退けば、小型の眷属たちが大量に密集。

 瘴気が溶け合うように混ざりあい、一つの形を得る。

 それはロックを上回る体躯の人狼だった。眷属たちはそれぞれが全てゴーティアの分体であるがために融合して強化個体も製造可能なのだ。

 同時刻、マキナがパイルバンカーで頭部を打ち抜いた大型眷属もそれと同じ理屈で生まれている。

 2メートルと少し。体の大きさは人のものではない。

 人狼は身を屈め、


「ぬぅっ――――!」


 轟音と共にロックへと爆進した。

 彼は逃げなかった。

 両手を前に出し、腰を落とす。大地に根を張る様に体勢を整え――――正面から受け止めた。


「ぬっ、あああああああ……!」


『■■■■―――!』


 真正面から二つの巨体がぶつかった勢いで周囲の地面が砕け、ロックの体がから汗が弾け飛び、あらゆる筋線維が張り詰め、全身の筋肉が、太い血管が脈動する。


「甘いわァ!」


 狼の牙がロックの頭に食らいついてくるがヘッドバットで押し返す。

 だが、しかしそれは決定打にならない。

 がっつり組合い、唸りを上げ、肉と肉が拮抗し、


「んまぁー!? なにあの良い男!?」


「むっ!」


 視線をずらせば、巨大な斧を二つ持った筋肉がいた。

 否、巨大な筋肉のメイクの濃い、おかまっぽいエルフである。


 学園教諭フランソワ・フラワークイーン(偽名)である。


 学園内で文科系全般の科目を統括し、日々の生徒の悩みの相談にも乗る、学園一信頼が厚い教師と言っていい。

 彼女もまたその戦闘能力の高さからアルマの結界からも弾かれることはなく、状況を把握しきれていなかったものの戦い続けていた。

 途中、守るべき生徒が消えたことにより思う存分に戦いに赴き、自慢の双斧を振り回してきたが―――その先、ロックを見た。

 かなりタイプのイケオジがピンチになっているところを。

 眼が合う。

 大胸筋と大胸筋が呼応する。

 例え世界は違っていても、己の肉体を極限まで鍛えた者同士。

 今この瞬間、筋肉に生きる男に何が必要なのかを理解していた。



「――――キレてるキレてるぅ!!」



「!!」


『!?』


 声援を受けた瞬間、筋肉が音を鳴らし鳴動する。

 鼓動を刻み、血流が血管を流れ溢れ、急速に圧力を増した。

 ただの声援と、侮ることなかれ。

 筋肉とは日々の研鑽の蓄積である。

 そして一流の筋肉戦士であれば肉体コンディションを100%にしているのは言うまでもない。

 ならば、120%に、さらにその先に持っていくには如何とするか?



「広背筋ドラゴンウィングか! 肩にマウンテンゴーレム宿ってるわぁ!!」


 意味は半分くらい解らないが。

 しかしてロックの筋肉を賞賛するのは通じる。

 そう、それで十分なのだ。

 誰かの声で強くなる―――――それこそが筋肉マッスル


「ヌゥ―――ふぅぅ……!」


『……!?』


 人狼には、眷属には理解できない。

 筋肉と筋肉を信じる声を。

 応援してくれるだけ力が沸き上がるという筋肉の力を!

 

「ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 溢れ弾ける筋闘気マッスルオーラ! 

 嗚呼、礼賛せよその至高芸術を!

 物理的に衝撃波となって放たれるマッスルオーラが人狼の体勢を崩し、ついに均衡が崩れる。


「!!」


 その瞬間を見逃すロックではない。

 緩んだ一瞬、さらに腰を落として両腕で人狼の左脇へタックル。そのまま抱きしめるように右腕で人狼の肩と腕を固定。

 全身を律動させ、人狼の巨体を浮かし、


「我が筋肉を味わうがいい……!」


 130キロにもなる全体重を乗せて地面へと叩きつけた。




 From earth412 暗殺王/≪不死王≫アルカイオス王国三代国王 ロック・アルカイオス三世。








「ほっ、とっ、やっ、っと」


 軽い掛け声で並木道を駆けながら、ポニーテールを靡かせ―――ソウジ・フツミは刀を振るう。

 斬る相手は人間大の猿型の眷属。 

 斬った数は、


「45―――2っと」


 木々の合間、道の先と後ろ。

 前後左右、加えて上。あらゆる方向から眷属たちが迫りくる。正面、猿が飛び上がってから降ってくる。

 首を落とした。

 続けて両サイドから6匹。

 

「―――スキル≪大剣豪≫」


 ソウジの握る刀、神話級武具≪フツノミタマ≫が微かに光った。

 右側の二体は斬撃を飛ばして首を両断。刀を返しながら左の頭を刺突でぶち抜き、隣の一体を蹴り飛ばして右その3にぶつける。迫ってきた左の最後は回転しながら首を飛ばし、残った2体も回転の勢いのままに斬撃を飛ばしてやはり首を落とす。

 魔物だろうと魔族だろうと、人の形をしているなら首を飛ばすのが一番速いとソウジは経験則から知っている。心臓もいいのだが種族によっては場所が違うこともあるので第二候補だ。


「んー、大体Bランクっすね」


 ソウジの世界、アース349は冒険者の世界だ。

 迷宮があり、迷宮都市があり、魔王がいて、冒険者ランクがあって、亜人もいて、魔物がいる。

 普通と違うのは、精々魔王と呼ばれる存在がぽこじゃが生まれてくるくらいだろうか。

 こっちもぽこじゃが倒すのだけど。

 その上でこの数だけはやたらいる猿型眷属はBランク。

 魔物も冒険者もEからSランク。

 Sランクともなれば、ソウジの国には7人しかいないほどの実力者だ。


「っ―――お?」


 前に走り出した途端、その前から壁のように眷属たちが集まっていた。それだけではなく全方位、それまでとは段違いの数が殺到する。

 10や20じゃなかった。

 一体一体は大したことはないにしても、30、40、或いはそれ以上ならば。

 その答えを、ソウジは今はじき出す。


「―――≪刹那滅空斬≫」


 一瞬。

 周囲一帯に空間に上書きされたように線が乱れる様に走り―――何もかもがバラバラに切り捨てられた。

 自身の半径数メートルの敵対象、その全てを切り捨てる≪大剣豪≫スキルの奥義だ。

 ソウジの世界はいわゆるステータス、スキル、レベル、クラスという概念が存在する。

 肉体情報や技術は数字化されており、鍛えれば鍛えるほどレベルが上がる。

 アースゼロでいうRPGゲームがそのまま実現したような世界であり、転生といえばまず思いつく様な仕組みである。

 そしてソウジ・フツミは最上級クラスであり、最上級スキルを多く持つ冒険者である。


「ふぅ」


 周囲を見回しながら刀にこびり付いた残滓を振り払い、


「むっ」


 一匹範囲外にいたのか、生き残っている。こういう時、いつもなら仲間兼奴隷に処理をしてもらうのだが。

 一人戦うのは久しぶりだなぁと思い、


 ―――――振ってきた大戦斧が眷属を両断した。


「―――っ?」


「おっと婿殿の友人。余計なことをしたかな?」


 大戦斧の柄から伸びる布がと引かれ、高速で吊り上げられる。

 軽い動きで大重量の斧をキャッチしたのは黒羽織に赤装束、隻角の鬼族。天津院御影だ。

 彼女は大きな乳房を揺らしながらも肩を竦め、


「大した腕だな。刀一本でそこまでやるとは。婿殿の友人はみなけったいな恰好をしているが、お主はわりと見知った姿だな。≪皇国≫出身だったりするのか?」


「…………」


「…………?」


「…………いや」


 ソウジ・フツミは――――コミュ障である。 

 掲示板ではいいのだ。加えて転生者同士なら前世が同じ世界だからと敷居も低い。

 だが、それ以外はダメだ。何を話していいか分からない。ついついどもり掛けるので無口になりがちだ。

 喋りが苦手なこととが寡黙と勘違いされてるので冒険者ギルドや国からの評価は高いのだが。最近は近しい人の間ではマシになったのだが初対面での会話は難しい。

 何より。


 ――――ソウジは「わー、鬼の巨乳っ娘エッチ~~」とか、ウィルと戦う御影を見て似たような奴隷を買ったのだから。


「…………」

 

 内心、ソウジは冷や汗を流しまくり、滅茶苦茶てんぱっていた。

 だが、なまじ女性と見間違わんばかりの中性的な顔立ちに艶やかなポニーテールと顔がいいので黙っているだけでそれなりに絵になるのだ。

 

「……ふむ」


「っ」


「……?」


 御影が首を傾げて何かを言おうとし、思わず緊張しすぎて体がこわばる。

 どうしようかと思い、びびり、目線をそらした先。

 人間大の猿たちとは違う、全長5メートルはありそうな蛇型眷属がいた。


「―――先に行く」


 これ幸い、離れる口実発見と言わんばかりに風のように駆け出し、


「…………婿殿より無口な男がいるとはなぁ」


 御影は嘆息し、任せていいかと別方向へ駆け出した。

 そして、


「――――斬る」


 ソウジ・フツノは敵へと抜刀する。



 Fromm earth 349  元奴隷童貞冒険者/Sランク冒険者―――――≪刀神≫ソウジ・フツノ。


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