カム・フロム・マルチバース その1
頬に風を感じ、鼻に匂いを感じる。
肌を刺すような戦場の空気には火薬の匂いはないが、血のそれは懐かしいものだ。
息を吸い込み、肺に空気を送る―――果たして何年振りかとマキナは苦笑してしまう。
目前に広がるのはだだっ広いグラウンドだ。
前世の中学や高校でみたものとはさほど変わらないが、広さだけはかなりのものだ。様々な種族がいる為に広くしているのだろうかと思う。
確かウィルから掲示板で聞いた時はこのグラウンドは純粋な運動目的で、戦闘は別の演習場だと聞いた覚えがある。いつだったか二年主席の龍人がサバトされていたのもここだ。
そして、今は。
「……熊とゴリラか?」
10メートル近い大型の眷属魔物。聞くところによればゴーティアの眷属は現地生物の情報を読み取り再現するという。このアースの原生生物はファンタジーながらも現実に近い故に見覚えのあるものが多かった。
アルマの結界の中に解き放たれた眷属は大小さまざま数百体。
眼の前にいる大型二体の周囲には四足歩行の獣型から二足歩行の猿人型も交じっている。
「―――懐かしいな」
思わず笑ってしまう。
生前――というべきか。肉体を持っていた頃はこういう光景を何度も見た。
そう言った時には背後には仲間たちが大勢いたし、自分は彼らの命を預かり、率いて戦う立場だった。
己の肉体で、血と汗を流し、命を懸けて戦っていた。
だが、今は―――一人だ。
転生者たちは散らばり、それぞれ自由に戦う。
自由に。
自由。
その言葉を失ってどれほど経つか。
思考領域のほんの僅かだけをマルチバースに接続し、コメントすることしか許されない。
何もかもを失って機械の奴隷になって、そして今――――友の為に新たな体を得て、自らの体にて立つ。
「…………友。友は言い過ぎか? やはり推しの為と言ったほうがいいか……?」
腕を組み、眉を顰め考えるが答えは出ない。
ウィルならば認めてくれそうだが。
『■■■■―――!』
獣の咆哮が轟き、二体の大型眷属が迫る。
マキナは動かなかった。
わずかに目を細め、掌を何度も開き、握り、感触を確かめ、
「―――デウス・エクス・ヴィータ」
トリガーヴォイスと共に体内に格納されたナノマシンが起動。周囲十メートルに放電現象を伴うエネルギーフィールドを形成。
圧縮されたナノマシンが解放され体外に放出されると同時にマキナの肉体をコアパーツとして巨大な四肢を構成する。
そして降り立ったのは10メートル大の人型ロボットだった。全身は黒く胸や体の各所に青いナノプラズマコアが鈍く輝く。
太もも裏や腰、背中には加速スラスター。それは本来地球物理法則では満足に立てないであろう細身の流線形。だがそれらのボディを構成しているナノマシン自体が常時バランサーとなって人体と変わらぬ機動性を実現していた。
変生は一瞬で完了した。
アース1203における超科学文明、ナノマシン工学における第一位強化人間・二種戦闘形態。
己を
『――――戦闘を開始する』
ヴゥンと。重低音の響きと共に胸のナノプラズマコアと瞳のアイレンズが青く輝き――背中の加速スラスターを起動。グラウンドの地面を陥没させながら魔族へと真っすぐに飛び出した。
『■■■■!』
向かう先はゴリラ型。大地を踏みしめる度に轟音が鳴り、小型眷属ごと潰していく。
どちらも示し合わせたように拳を振りかぶり、ぶつかる直前、
『バーニア!』
足裏足首のスラスターを起動。疾走が跳躍に変貌し、浮かんだ後に肘の加速器も起動。
加速と落下を乗せて、叫んだ。
『――――ロケットパァーンチ!!』
From earth 1203 脳髄惑星/惑星管制中枢生体コア―――デウス・エクス・マキナ。
●
「行きますよ、アルカ」
「はい、ご主人様」
グレーの半ズボン、グレーベストに白シャツ。青い髪とモノクルが印象的な背の低い少年は金髪長身でポニーテールのメイド服の女性を引き連れながら、学園内植物園に足を進めた。
植物園を見るのは初めてだった。
ウィルの学園生活を時には文章で、時には視界共有で楽しんできたがこの場所は見たことがなかった。
だが、少年にとって植物園自体はわりとなじみ深いものだ。
自身の世界において自然の素材から人形を製作する少年は自身の屋敷や商会で植物園や農園、猟師団も経営することで素材を効率よく安定供給している。その中でも自宅にある小さな植物園でメイド――アルカの淹れる紅茶は最高の息抜きの時間だから。
「いやですね、全く」
学園の植物園は専門の庭師がいるのだろう。魔法でも使っているのか少年が知っているものによく似たものや全然知らないものがあった。しかし、それらは今、蛇やトカゲ、或いは蟲のような眷属らが木々や植物に絡みつき、踏みつぶしている。
「ご主人様」
「はい」
「全滅させましょう」
「あはは―――はい、最初からそのつもりです」
平坦なトーンの声にはしかし怒りがにじみ出ている。
長身豊満なメイドはしかし、そのうちに収まるのは元素の大精霊。少年の世界では科学学問は未発達であり元素とはすなわち万物を構成するものと定義されている。
少年は――真っ黒な手袋に包まれた両手を広げる。その指先から伸びるのは極細の糸だ。
そしてそれの十本の糸、少年からアルカの全身へと伸びていた。
少年の指が跳ね、
「――――参ります」
アルカもまた跳びあがる。
『■■!』
呼応するように眷属たちが木々から飛びあがり、中空のアルカへと殺到。
逃げ場はないが、少年は冷静だった。
「―――」
言葉はなく、しかし右腕を大きく引き――――くるりとアルカが宙を舞う。
ロングスカートがたなびき、手にしていたのはスナイパーライフルだった。少年の世界には機械文明は発展しなかった。だからそれは魔力効率の良い鉱物をスナイパーライフル状にしたものであり、実際の銃機構が内蔵されているわけではない。
故に、
「元素メイド殺法・ライフルバッティン!」
鈍器として殴りつける。
一体を殴り飛ばし、その勢いでアルカの体が僅かに勢いで流れる。
故に再び少年が手を引けば、さらに回転を増しコマの様に高速回転しながら一息に中空の眷属たちを文字通り吹き飛ばした。
地面に着地し、ライフルを脇に挟んで決めポーズ。無表情ながら僅かなドヤ顔をにじませ、ポニーテールとスカートの広がり具合まで計算されたポージングだった。
少年は苦笑、アルカは優雅におじぎをし、
『■■!』
ライフルの先端から放たれた魔力弾が、少年の背後に忍び寄っていた蛇型眷属を打ち抜き塵にした。
「……便利ですよね、これ。銃。わりといいんじゃないですか?」
「大精霊の言葉ではありませんねぇ」
科学文明や自動作業工程を拒否する大精霊のセリフとしてはあんまりだが、彼女の持つ銃は少年が三か月かけて研磨し、組み合わせた特注品だ。
銃としての機構はほぼなく、筒状の棒に銃床をつけただけで銃と呼ぶには悲惨だが精霊として魔力弾を射出する補助機構としては十分すぎる。
「次に行きますよ、アルカ」
「畏まりました、ご主人様」
From earth412 自動人形職人/自動人形嫁 ラザフォード商会会長クロノ・ラザフォード&最高級自動人形・元素の大精霊アルカ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます