??? ―――???―――

「……ふむ」


 ゴーティアは顎髭を撫でながらあたりを見回した。

 実の所、彼にはこのタイミングでこのアース111をどうこうするつもりはなかった。

 例えば≪魔法学園≫を始め≪王都≫ごと滅ぼすとか、20年前の人類対魔族の≪大戦≫を再び起こそうとするとか。そういう大それた目的意識はなかったのだ。

 ただゴーティアへのモチベーションは≪天才≫への嫌がらせだ。

 あの少女とゴーティアは400年の付き合いだ。

 遭遇して100年間、平行同位体を何体も消され、気合いを入れようと思ったら今度は次元世界から兵士を集めてまた潰された。挙句その後300年間自分を含む≪D・E≫たちと戦い続けている。彼女本人がアース666から出ることはなかったとはいえそれでも疎ましいことこの上ない。

 不倶戴天の天敵といって他ならない。

 だから彼女の寵愛を受けているであろう「彼」を嫌がらせに殺すのが今の目的だった。

 自身の眷属をもったいぶって現出させたのもそのための演出の一環だ。

 ≪魔法学園≫内に放った眷属たちは適当に暴れさせているがそれもデモンストレーションに等しい。「彼」が大事にしていたのも壊れるところを見せたいだけ。

 いくらか学園内の有力者に倒されていうるが、それもどうでもいいのだ。

 文字通り眷属はいくらでもいるのだから。


「……見覚えがあるような、無いような結界だのぅ」


 見回した周囲、半径二十メートル近い半円状の結界がある。沢山の歯車と複雑な文様が織りなす結界術。かなり高度なものであり、この世界の系統魔法を普通に組み合わせてだけではこうはならない。

 結界内外の隔絶と結界そのものの隠蔽をもたらすもの。

 外側では眷属と学園の者が戦っているが彼らはこの結界に気づいていない。

 「彼」との戦闘が開始し、校舎が壊れてからこの結界は展開されたが、


「お主はあれかの」


 その「彼」を見る。


「―――よっぽど自分の力に自信があったのか」


 瓦礫の山に囲まれた―――血まみれになって崩れ落ちている「彼」を。

 臙脂の制服はもっとどす黒い血の赤で染まり息は荒く、肩の上下も激しい。

 周囲には黒い瘴気を漂わせた眷属たちの死骸がある。「彼」が受けている爪跡や噛跡は眷属たちが付けたものだ。

 随分頑張ったとは思う。

 約数十分、己の魔法を駆使して眷属の死体の山を築き上げた。

 このアースにおいてはやはり最上位、マルチバース全体で見てもそれなりの力量の持主だ。この学園は大陸各地から才能を秘めた者を集めている上にアベレージが高いのでそういうこともあるだろう。

 

 それでも―――無尽蔵に沸くゴーティアの眷属の前には無意味だ。

 

 どれだけ個としての強度があったとしても、このアースにおいてはそれなりの強さを誇る眷属が無尽蔵に沸き続ける以上、その量に飲み込まれるしかない。

 それでも結界が壊れない限り大した術式だ。


 ふと、外を見る。


『―――』


 眷属を大戦斧で両断しながら瓦礫と魔族の中を駆け抜ける御影がいた。

 流石の強さというべきか大抵の魔族では相手ならず、戦場となった校舎跡を駆け回っている。戦えない生徒たちを救出することを優先しているのは流石と言えるが―――誰かを探しているようにも見える。

 当然、「彼」なのだろう。

 眷属たちの視界を同期すればトリウィアもフォン、それ以外の「彼」が学園で出会った友人や教師たちが何人も「彼」の姿を探している。

 それだけで人望の熱さをうかがえるし、素直に感心する。

 しかし、その「彼」が張った結界のせいで誰もがゴーティアと「彼」の存在に気づけない。加えて突然魔族が出たということに対する状況のせいもあるのだろう。

 

 己の力を過信しているからか。

 転生者としての問題故か。

 ≪天才≫から指示でも受けているのか。

 或いは、


「―――死にたいのか、お主」








 死にたいのかと問われ―――「彼」は思わず苦笑してしまった。

 口の中は血まみれで、体の動きは非常に悪い。右足はワニのような魔族に噛まれ、左腕は熊のような魔族の爪で裂かれたせいで碌に動けなくなってしまっていた。

 まぁ、魔法を使えばなんとかなるだろう。

 死にたいわけじゃないのだ。

 そんなことは思っていない。

 ただ。それよりも。


 自分が死ぬことよりも――――眼の前で何かを失うのが怖いのだ。


 前世は酷かったなと今更思う。 

 家庭の境遇はどんどん悪くなっていって、なんとかなったと思えば両親は死んだ。妹は半身不随になってなんとかリハビリを終えたと思ったら自殺してしまった。

 言葉にすればたったそれだけで。

 けれど、全てを失った時の感情は筆舌にしがたい。

 何かもが麻痺してしまったように。

 何かもが無色になってしまったように。

 あらゆる光を自分は失ってしまった。

 笑ってしまう。

 妹の卒業式に交通事故。

 退院翌日に妹が自殺。

 あぁ、自分はどうやって死んだんだったろうか。

 妹が死んでからは記憶が曖昧過ぎて、転生したきっかけすら覚えていない。

 ただ喪失と絶望だけが、魂の奥底にこびり付いている。

 

 だから、怖いのだ。

 もう一度、大事なものを得て――それが壊れるのが。


 御影の求婚に応えられないのもそのせい。

 素晴らしい女性だと思う。人としても尊敬できるし、女性としてもこれ以上なく魅力的だ。

 トリウィアの帝国に行く誘いも誤魔化してしまった。

 仲良くなればなるほど色々心配になる人なのでついつい面倒を見てしまうけれど、自分がいないと、なんてくらいになってしまうのは恐ろしい。

 フォンにも申し訳ないと思っているのだ。

 こんな自分の奴隷になんかなってしまって。ここ最近友情以外の別の視線を感じることが多いけれどそれも無視してしまっている。

 最低な男だなと思う。

 好意を持たれている自覚はあるのに、自分の都合で何も応えないだなんて。

 けれど、それでも、本当に怖いのだ。

 人は、命は簡単に失ってしまう。

 もしももう一度。大切なものを失ってしまったらきっと耐えられない。今度こそ、心が壊れてしまう。

 幸福と希望を求めている。

 けれど、それを手にすることが何よりも恐ろしい。

 我ながらなんてばかげた二律背反。

 

 だから―――大切なものを失うくらいなら、自分から失っていけばいい。


 例え相打ちになったとしても、この男を倒さなければならないと思う。

 転生掲示板からは有効な情報はない。何人か名無しが心配してくれているかここ半年以上見慣れてコテハンたちは勿論≪天才さん≫もいなかった。

 なにやら因縁があるみたいだが、妨害されてるのだろうか。

 それはちょっと、寂しいなと思う。

 仕方のない話だけれど。

 この世界の問題は、この世界の人間がケリをつけなければと思う。

 例え刺し違えたとしても、ゴーティアは倒す。

 そう思い、立ち上がろうとして。


『――――>1』


 視界に白い文字が浮かんだ。

 思わず目を見開き、そしてゴーティアを見るが気づいた様子がない。

 自分と彼女がDMと呼んでいる直接会話機能だ。

 自身の視界だけの文字は複雑な術式構成を描き、


『これを使ってくれ』


 それだけを伝えて来た。

 良く分からない。術式の使用系統がほぼ全てで、尚且つ複雑怪奇。≪オムニス・クラヴィス≫に自動登録されたからそれ自体は良いのだが何が起こるか良く分からなかった。

 意図も目的も解らない。

 けれど。

 けれど――――彼女はいつだって自分の道しるべになってくれた。

 嬉しいなと思う。

 助けてくれようとしていることも、見捨てられてなかったことも。

 だから。

 だから――――拳を握ることには躊躇いはなかった。


「―――むっ」


 ゴーティアが目を細める。

 右腕を中心に七つの歯車の如き魔法陣が浮かび上がる。それは、「彼」の眼の前で高速回転し、




「―――――



 

 その魔法陣は空間の穴となり―――その穴から黄金の光が飛び出した。


「がっ――!?」


 それはゴーティアを大きく吹き飛ばし、地面を削りながら結界の端まで飛んでいった。

 だが、「彼」はそれを見てはないなかった。

 見ていたのは―――――空間の穴からゆっくりと現れた1人の少女だった。

 青の装束に真紅のフード付きマント。随所に金の装飾があり、右の五指と左手の人差し指と中指に指輪。両手首には大きな宝石をはめ込まれた腕輪がある。

 フードからは銀色の髪が零れ、露わになっている口元だけでその容姿が非常に整っていることが伺えた。

 彼女は「彼」の前に、手を伸ばせば届く距離まで来て、


「……あー」


 わずかに首を傾げた。

 そして、小さくはにかみ、


「―――名前を教えてくれるかな」


 鈴の様に清らかな、しかし不思議な深みがある声だった。思わず聞きほれてしまい、反応が遅れた。

 それでも、息を呑み。


「――――ストレイト」


 言葉を紡ぐ。

 まるで、初めて言葉を発するように声が震えていた。

 

「ウィル・ストレイト――――それが、僕の名前です」


「ウィル・ストレイト……ウィルか」


 噛みしめる様に彼女は「彼」―――ウィルの名前を呟いた。


真っすぐに進む意思ウィル・ストレイト、なるほど。君にぴったりの名前だね」


 くすくすと彼女は笑う。

 そして、風が吹き、或いは自らそう動いたかのようにフードが外れる。

 靡く銀色の髪、口元だけではなく目も鼻も眉でさえも精巧な人形のように整った顔。

 ウィルがこれまで見た誰よりも可愛らしく、美しく、可憐で。まるで妖精のようだと思った。

 彼女はウィルに向かって手を差し伸べる。


「―――ん」


 握れば折れてしまいそうな細い、けれど白磁のように綺麗な指。


「僕はアルマだ」


 その名を言う。

 次元世界最高の魔術師の名を。

 これまでずっとウィルを導いてくれた少女の名を。


「アルマ・スペイシア」


 笑みと共に紅玉のような瞳が輝く。

 己の名を誇るように。

 もはやそこには倦怠も停滞もなく。

 あるのは出会えたことへの喜びだけ。

 出会ってくれてありがとうと、彼女は思い。

 こんなことってあるのかと、彼は思った。

 

「メリークリスマス、ウィル。―――だ」


 聖夜の夜、真紅の瞳が漆黒の瞳を見つめる。


 

 

「僕が君の――――希望スぺイシアだよ」






―――≪ウィル・ストレイト&アルマ・スぺイシア―――ボーイ・ミーツ・ガール―――≫―――

 

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