??? -1000年の果てに-

「くそっ、ソロモン気取りが!」

 

 書架の穴倉の中、彼女は吐き捨てた。

 右手の爪が割れ、寝間着である薄い白のキャミソールに血が飛んでいるが気にもならない。何度も振り、痛みを散らしながら、


「僕の知らない術式―――滅んだアースのものか?」


 割れた爪の手を虚空に突き出し、手首を捻る。五指の先に複雑な文様の魔法陣が浮かぶが―――何も起きない。


「…………次元ロック。それも次元間境界面の補強か? 厄介なことを。直接境界面に触れて術式解析しないとロックを解除できない――」


 ゴーティアの掛けたアース111への次元ロックは解除はできる。

 1000年以上を生きる次元世界最高の魔術師である彼女であればそれは可能だ。 

 だが、


「―――時間がかかり過ぎる。類似次元の技術体系から紐解くとなると数時間」


 それでは遅い。

 きっと「彼」は間に合わない。

 

「勇者に頼むか? ――――いや、あいつのことだ。≪ネクサス≫への手回しくらいやる。そもそも彼女の特権は対象を認識する必要があるし、下手をしたら境界面ごと破壊しかねない。そうなったら本末転倒――――」


 ぶつぶつと誰もいない書架の中で彼女は言葉を漏らし、思考を巡らす。

 飛来して来た真紅のマントが彼女の周りに心配するように揺れながら浮いているのに気づき、


「すぅ―――ハァ―――」


 一度深呼吸。

 目を伏せながら左手の人差し指と中指でこめかみを抑え、嵌められた指輪が輝く。


「思考分割・思考加速―――3000倍」


 こめかみと額に白い小さな魔法陣が浮かび―――停止したのは5秒間。


「―――」


 そして、開いた瞳は暗く、されど決意を秘めていた。

 

「マント!」


 叫べば浮いていたマントが弾かれるように彼女の下にはせ参じ、肩を吸い付くように覆う。それに伴う様に彼女のインナーも群青の装束に変化していた。

 両腕を交差させ、開けばその両手首には宝石が嵌められた腕輪が。

 マントの袖が驚いたように広がる。

 何せ、それを彼女が持ち出したのは凡そなのだから。

 指を鳴らし、次元の扉を開けた。

 踏み出す一歩に迷いはない。

 もう決めてしまったのだから。







「艦長」


「―――ゲニウス、流石に早いね」

 

 次元の扉の先は≪ノーチラス≫のブリッジだった。

 以前勇者と現れた時は静謐な管制室だったが、今はアラートや計器が鳴り響き、至る所に空中投影型ディスプレイが展開されている。

 映っているのはいくつかの地球のような惑星のホログラムであり、それぞれの星でそれぞれの地域に赤い点が点滅していた。


「「彼」の方も大変になことになってるけど、同じタイミングでゴーティアが――」


「平行同位体が各アースで動き出した、だろう?」


「さすが」


 ≪D・E≫上位個体ゴーティアは彼女にとっては因縁の相手でもある。

 膨大な量の眷属を生み出し軍勢を率いるだけではなく、マルチバースにおいて無数の平行同位体と意識共有を行い次元世界における同時活動が可能という性質を持つのだ。

 上位種において単体の手強さ自体は下位ではあるものの、その不滅性から厄介極まりない。上位個体においてもトータルの次元被害においては上位級。

 彼女との初遭遇が400年前で100年かけても滅ぼせず、≪ネクサス≫を設立する原因の一つにもなった相手だ。


「既に他のメンバーには通達して、ポータルを各世界に繋げている。残念ながら「彼」のアース111は次元ロックが掛かっているし、そもそも≪ネクサス≫が出る案件ではないんだが――」



 艦長の言葉を遮り――銀髪の少女はそんなことを言った。

 彼からすれば信じられないようなことを。

 数秒、艦長の表情がいつも浮かべている胡散臭い笑顔で固まり、


「…………なんて?」


「≪ネクサス≫を抜ける……いや、僕が集めて抜けるというのもあれだが、チームの指揮はずっと君が取っていたし、僕がいなくても問題ないだろう」


「…………そんなに好きだったの?」


「≪ネクサス≫を作ったのは、次元の崩壊を食い止める為だ」


 艦長の疑問には答えず、ブリッジを見回す。

 アース1231、マルチバースおいても最も科学技術が発展した世界の一つの技術、その粋を集めた深宇宙潜航可能戦艦≪ノーチラス≫。さらには多くの世界の技術を取り入れたことで次元航行さえも可能なマルチバースにおいて一隻しかないもの。300年かけて改修を繰り返す≪ネクサス≫の本拠地だ。

 少なからず、船の改修には彼女も手を尽くしてきた。


「僕だけではマルチバースを喰らう≪D・E≫を止めきれなかった。だから力あるものを集めて、奴らに対するカウンターを生んだ。―――だが、結局のところ、それはカウンターだ」


 どこかの次元世界で≪D・E≫が活性化すればそれを倒す。

 ≪D・E≫に喰われそうな世界を守る。

 ≪ネクサス≫の活動はそういうこと。

 だが、


「―――今回みたいなことは止められない。次元世界への影響を抑えるためにルールで縛ったが、いつだって僕らは後手後手だ」


「だから、≪ネクサス≫はもういいって?」


 艦長の整った瞳が僅かに細まるが、受け流すように彼女は肩をすくめた。


「やり方を変えるのさ。前言を撤回するようだが≪ネクサス≫は世界に必要だ。世界の防衛機構としての力は、それこそ300年かけたんだ。けどまぁ僕のやることはメンバー選出くらいであとは君たち任せだったし。それで満足していた僕が言うのもなんだけど、僕必要ないだろう」


「………………まぁそれは常々思っていたけど」


「……」


 カミングアウトに思わず彼女は半目になった。

 だが自分から言いだしたことなのでそれに関しては何も言えなかった。 

 代わりに、口を開いたのは艦長の方だった。

 もう、貼り付いたような笑みは消えていた。少しだけ言葉を選び、


「……君は、人間嫌いだったはずだ」


「そうだね」


 頷き、


「……転生して、性別も変わって、―――そして、。挙句、その世界の為に≪黙示龍≫を封印して1000年以上もあの穴倉に引きこもって、大半のことは≪ネクサス≫任せ。……全く、笑えるよ」


 なんてこともないように。自らの始まりオリジンを語る。

 異世界に転生して、世界の敵たる魔王を倒した。

 そうしたら倒せと頼まれた国々から新たな魔王判定を受けて、世界から追放された。

 それで人間不信になったし、人嫌いになったし、それで終われば楽だっただろう。

 結局≪D・E≫の最上位種が出現し、生き残るために封印するハメになって、1000年を超えてなお封印し続けているし、それを解放しようとする他の≪D・E≫とも戦っている。

 本当に冗談みたいだ。


「考えたんだ」


 思考加速による約四時間、思考分割により7人の自分で考えた。

 これまでのことも、これからのことも。

 そして、


「―――「彼」のことも」


 あの少年なら、


「僕と同じことをするだろう。ひねくれて斜に構えた僕とは違って全部背負おうとするだろう――――そしてきっと壊れる」


 あの純粋、純朴、素直な少年が。

 真っすぐ他人に感謝して、誰かを尊重できる「彼」が自分のように摩耗してしまうなんて―――そんなの見たくない。

 1000年の奮闘と倦怠は決して良いものではなかった。

 「彼」にはもっと素晴らしい未来があるのだから。

 御影でもいい。彼女なら「彼」を引っ張っていくだろう。

 トリウィアでもいい。彼女なら「彼」の良さが引き出されるだろう。

 フォンでもいい。彼女なら「彼」と二人で多くを楽しめるだろう。

 あの3人ならいいかなと、ここ半年ほど見ていて思った。

 

 あぁ、或いは。けれど、もしかしたら或いは―――なんて。

 結局のところ。

 どれだけ言葉や理屈を重ねたとしても。

 1000年の停滞とわずかな停滞の果てに出会った「彼」を。


「―――



 ただそれだけの願いだけ。

 暗い瞳に意思と決意を秘めて。300年かけて積み上げたものを手放しても構わないと彼女は口にした。


「驚くね、全く」


 艦長は顔に手を当てて思わず息を吐く。

 少し何を言うか考えて、結局無意味だと悟る。彼女を止める言葉なんて多重次元の誰も持ち合わせていないのだから。


「……君が始めたことだろ、とは言わないさ。それだけ君はこのマルチバースに貢献して来たんだ。……というか、君たまに新顔放り込んで後はこっち任せだったし困らないな、うん」


「ははは」


 艦長はしたり顔で頷き、彼女は渇いた笑い。

 そして艦長はそれに、とほほ笑み、


「態々言いに来てくれたんだ。だったら、うん。素直に見送り―――」


 見送りができる、と言おうとして。

 艦長は見た。


「――――」


 彼女の唇が嫌らしく弧が描いているのを。

 そして良く彼女を見た。


「……………………ねぇ、ゲニウス」


「うん?」


「君―――――分身で来てるな!?」


 懐から取り出したボールペンを投げつけるが、


「アハハハ、やっと気づいたか」


 彼女の体を素通りして床に落ちる。

 分身、というより実体がないそれは、


「思考分割した精神アストラル体だ。ご存じの通りこれで掲示板を同時複閲覧しているわけだが。というか「彼」を助けるって決めたんだよ? あの次元ロックをどうにかすることが最優先だろう、本体は書架で対策術式構築してるってわけさ。お分かりかな、ん?」


「こ、こいつ……!」


 わりと本気でイラっとした。

 ≪ネクサス≫との決別を直接伝えに来てくれたことにちょっとだけ感動していたのにコレである。

 「彼」との掲示板の絡みでちょっと忘れていたが、基本的に意地が悪いのだ。


「……あぁもういいさ。というか、ゴーティア対策はいいのかな。あれ、軍勢のせいで頭数が必要だけど。態々言うまでもないけど≪ネクサス≫は他の同位体の駆除に行くし手伝えないよ?」


「自分から抜けるって言って助けを求めるわけないがないだろう。―――なぁ、艦長」


 にやりと、


「何やら、僕の知らない所で作ってたみたいじゃないか」


「ぐぇ」


「まだログ全部読みこめてないけど。大方、あれを僕が見つけた時どんな顔をするのが見たかったとかそんなんだろう―――なぁ、艦長」


 にやりと、どころかにんまりと彼女は笑う。

 人間離れした美貌を持つが、しかし愉悦に満ちた表情のせいで台無しだ。


「ほら、をしているぞ?」


「…………………………」


 にんまり笑顔が頭に来て、無言でポケットに入っていた残りのペンやお菓子を投げつけた。

 勿論、精神体なので床を散らかしているだけだが。


「あぁ、もういいさ。ほら、さっさと行きなよ。お幸せに」


「そうさせてもらう」


 彼女は笑う。

 艦長への意趣返しではなく、これから起こる、これから起こすことに対して。


「クリスマスだ――――派手にやろう」








 アース1203の培養ポッドの中で。

 アース412の工房で。

 アース299の玉座で。

 アース984の実験室で。

 アース785の教室で。

 アース349の酒場で。

 アース881の受付で。

 アース572のレッスン室で。


 彼らはその声を聞いた。


『君らは選ばれた―――というより、散々茶化したんだ。手伝ってもらうよ?』


 

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