メリー・クリスマス
「――――おや」
それは反射的な動きだった。
約1年ぶりの再会に初老の男が抱擁をしようと「彼」と距離を詰めようとした瞬間だった。
「彼」が弾かれたように後ろに、それなりに広い応接間、椅子を飛び越えながら壁際ギリギリまで飛び退いたのだ。
「……ふむ」
白髪に顎髭。右目に大きな傷跡。長身黒衣の男はゆっくりと顎髭を撫でた。
「彼」は腰を落とし、右手にダイヤル魔法陣を浮かべながらも、何が起きたのか自分でさえも理解できていないようだった。
まるで、信頼する誰かにそうしろと言われたから反射でそうしたといわんばかりの動きだ。
「――――ゲニウス。あの魔術師か」
「彼」にとってその男は好々爺とでも言うべき人だった。
この学園に推薦してくれた人であり、会ったのは生家以来だが感謝があった。この世界においては20年前の大戦において世界有数の英雄である。各国の種族や文化、要人を集めた≪魔法学園≫のトップであったのだからその人望と実力は広く知られたものでもある。
顔の傷に似合わず優しい笑みを浮かべる人だった。
その彼の口端が―――裂けたように弧を描く。
ぞくりと「彼」の背筋に、本能的に恐怖が走り、
「―――む?」
「彼」と前学園長の間の空間に、白い火花が散った。
円を描くように出現したかと思えば、それは一瞬で大きな空間の穴になり、
「―――――甘いのぅ」
ばちんっ! と大きな音を立てて穴が消えた。
愕然とする「彼」は気づかなかった。
彼を守る様に現れた穴から、小さな白い手が突き出されようとしたことを。
そしてその手が、穴を超えようとした瞬間に弾かれたことも。
「失われたアース53の次元間移動技術をこの世界流にアレンジした次元ロックじゃ。まぁ、貴様なら時間を掛ければ類似次元の技術を参照し解析するじゃろうが――そんな時間はなかろうて」
髭を撫でながら、男は笑う。
この世界ではなく、別の世界の技術を用いて至高の魔術師の干渉を防いだと。
「どうせ見ているんじゃろう? 久しいのぅ、300年振りくらいか? アース104で貴様のサーカス団と戦って以来か―――まったく、あの時はしてやられたものよ」
カカカと、「彼」を見据えながら、しかし「彼」を見ずに彼女へと語り掛ける。
あまりの事態に「彼」は状況を受け入れられずに身動きが取れなかった。
普段彼女と連絡を取っている掲示板にすら反応が消えてしまったから。
「しかし――ふむ、あれじゃな。思いのほか、展開が速い。ワシが想定していたよりもずっと主はコレに入れ込んでいたようだ。想定ではもう1、2年は準備するつもりだったのじゃが」
肩をすくめながら前学園長―――その姿を取った何かは言う。
「1年前、お主を見つけた時エサになると儂は思った」
「彼」を見据えながら、聞き逃すことができないようなことを。
「20年前にこの体を乗っ取って、≪ネクサス≫に嗅ぎ付かれないようにこの世界の範囲内で準備をしてきた。もうそろそろ大詰め、というあたりで見つけた時、これは面白くなると思ったものよ。その全適性資質に特権はあの魔術師ならば貴様ら転生者ネットワークで見逃さない。その上で行動を起こした時、世界を渡れないようにすればこの世界を食らう様を見せつけてやれるとのぅ」
僕を学園に呼んだのは、と「彼」は息を零し、ソレは頷いた。
「いうなれば当てつけと嫌がらせじゃな」
頷き、髭を撫で、
「思ったよりも入れ込み具合が激しかったが。まさかこんな時も主と視界共有しててワシに気づき、すぐに次元移動してくるのは意外じゃった。早めに次元ロックをかけておいてよかったのぅ、カッカッカ」
笑い、そしてその男は窓の外を見た。
日が沈みつつある空。
学園校舎と王都の街並み、その先にある沈みゆく太陽。
「――――我々はのう、少年。この世界のモノではない」
視線の先、夜が来る。
少しずつ、少しずつ、光を闇が駆逐していく。
「アースゼロを発端とする貴様ら転生者たちとはそもそも発端が違う。別の宇宙から来訪した別の知的生命体。世界そのものを喰らう頂点捕食者」
太陽が沈み―――空と大地の境界に黒い点が残った。
遠近感も滅茶苦茶で、近いようで遠いようで。
「20年前の大戦の敵は我らの種子だった。尖兵、幼体とも言っていい。各次元の敵性種は得てしてそういうものがおる。ま、実るかどうか我らに繋がるかはマチマチじゃ。世界によっては種が種のままに滅ぼされることもある。実際この世界はそうでのぅ。たまたま意識リンクだけワシがしていたからそれなりに頑張ったものの、ダメだったんじゃなこれが。―――仕方ないので、当時≪魔族≫と呼ばれた敵性種を最も滅ぼしたこの男の体を、終戦時に乗っ取ったというわけじゃ」
とんでもないことをなんでもないように口にしながら、ソレは外を眺めていたし、「彼」も空の遺物を見ていた。
遠近感のおかしくなった黒点はいつの間にか学園の空に。
「この一年は、適当にお主の成長を見ていた。半年前の亜人どもの祭りで鳥の娘を傷つけたのもワシじゃ。どう動くか見たかったのよな。一番転生者らしい展開になったのでわりと満足したのぅ。今回は純粋に好感度を上げようと思ってたんじゃが。お主ら転生者相手に仲を深めるのは割と気を使ってのぅ。男であるだけでそもそもダメという展開もあるのだ。性欲強すぎじゃろ」
空に浮かんだ黒点に―――亀裂が入った。
ピシリピシリと、音を立てて。
「あぁ、そうそう。少年。改めて名乗っておこうかのぅ。この体ではなく――ワシ本体の個体名、≪ゴーティア≫。ま、アースゼロでいう悪魔使いのようなものよな」
―――空の黒点が割れて、漆黒が溢れ出した。
それは黒い靄と瘴気と泥に覆われたアースゼロの動物を模した何か。
一体や二体ではない。空の亀裂から濁流のように何十何百とあふれ出した。
「そしてあの天才は我らをこう呼ぶ――――ディメンション・イーター、通称≪D・E≫とな」
ゴーティアは笑う。
これからこの世界を喰らうために。
「―――メリー・クリスマス」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます