【勇者配信】聖剣に選ばれたので世界を救います9【多分最終回】 その1

 それは闇を切り裂く光だった。

 

 漆黒の城、魔族領域の最奥に構える魔王城。その王座の間。

 そこに至るまでの魔族の手下も悪魔の兵士も四天王も全て蒸発し、1人の少女が今まさに魔王へと光の剣を振り上げていた。

 それは薄い水色の水晶でできた剣だった。

 ただの水晶ではない。その世界における最も魔力・魔法伝導率に長け、それ自体が膨大な量の魔力を蓄える特別な鉱物でできており、それを精霊の民と呼ばれる長命種のみが魔法で加工できる剣の形をした魔法具。

 おおよそ、数百年前からその世界に伝わる≪聖剣≫だ。

 それを握るのは金髪碧眼の少女だった。

 腰まで伸びる金紗のようなロングヘア。

澄み渡る青空のような紺碧の瞳。

 鎧は胸当てや腰、腕や脛といった最低限。しかし決して粗末ではなく、細やかな装飾はきらびやかに。道で通り過ぎる誰もが思わず振り返ってしまうような美貌の少女の魅力を引き出している。

 一国の姫君、高貴な貴族のお嬢様、そう言われても誰も疑わない。

 そして彼女は、輝く聖剣を握りしめ、

 

「超・絶!!」

 

 振り下ろす。

 

「スーパーハイパーミラクルアルティメットロイヤルスーパーファイナルメガトンホーリーシットダークネスオリジンスラァァァァァァッシュッッッ!!!!」

 

 『草

  小学生ネームなんよ

  スーパー二回なかった?

   ファイナルなのかオリジンなのか。

  ホーリーとダークネスも被っとる

  そしてホーリーシットも言うてたで

  うーんこの恵まれた顔と声と武器と防具から生み出されるくそださネーム』

 

「うっるっさいわねぇぇぇぇるぅぅおおおらあああああああああああああ!!」

 

 視界の端の表示されるコメント欄に反応を返しつつ、裂帛の気合いで振りぬき切って。

 

「■■■■■■■■――――――!?」

 

 3メートルはある魔王が、文字通りちりも残さず蒸発し、部屋の天井ごとぶち抜いた。

 その日、天へと上る光の柱を見たとその世界の多くのものが口にしたという。

 

「はぁ……はぁっ……」

 

 そして彼女は、荒い息を何度も繰り返し、息を整えて、誰もいない空間へピースを突き出した。

 

「みんなあああああああ!! 世界、救ったよ! 応援ありがとう!!」

 

 『おめ!! 

  ついにやった!!

  おめー!

  おめ!!

  くそださネーミングさえなければ完璧な配信だった!

  3か月で世界救っちゃったよこの勇者。

  強すぎる

  転生世界見ても上位ちゃうか』

 

「ありがとうみんな! この聖剣に選ばれた時はどうしようかなと思ったけど、リスナーのみんなのおかげでこうして世界を救えた! 勇者として、ちゃんとできたんじゃないでしょーかっ!」

 

 『あぁ! RTA並みのスムーズさだった

  ソロプレイでここまでできるとは正直思ってなかったよ

  ちょうど旅始めた時に新しくなった配信機能がよかったなぁ

  普通に才能が凄いし、学習能力も高いわ、チートもめちゃ強い

  正直羨ましい』

 

「あはは……いや、まぁ前世のあれこれからこうなったと思うと複雑だけどね」

 

 嘆息しつつ、聖剣を鞘に納める。 

 周囲は巨大な穴が開いた魔王の間。

 いかにもというか悪趣味な広い部屋だったが、玉座と天井は勇者が吹っ飛ばしたので見る影もない。

 聖剣の残滓の光と月明かりが淡く照らすだけ。

 

「ふぅ―――」

 

 改めて、長く息を吐く。

 これからどうしようかなと思案しながら、一度目をつむり、

 

 

 

「――――お見事。世界を救ったようだね」

 

 

 

「!!」

 

 いつの間にか、月を背にして城の穴に誰かが立っていた。

 赤いローブの小柄な人物だった。

 月明かりの逆光でフードの中は見えない。だが、微かに肩あたりまでの銀髪と形のいい小さな唇や顎から少女なのがうかがえた。

 人差し指にだけかけられたアームカバーに包まれた指は細く、左手の人差し指と中指には二つ、逆の右手には五指に指輪が。

 ローブの下、深い紺色の胴着のような服はこの三か月、この世界を駆け抜けた勇者にも見たことのない意匠の服だ。

 ゆったりとした動きで少女は手を叩き、

 

「何者?」

 

「……おや」

 

 次の瞬間、勇者は少女の背後に出現し、聖剣を首筋に突きつけていた。

 

「これはあれかな。我を倒しても第二、第三の魔王が……とかそういうあれ?」

 

「私が魔王に見える? ……瞬間移動、素晴らしい。良い特権だ。ノーモーション、無音、転移先指定は視線かな?」

 

「なっ……どうして私のグレートスペシャルテレポーテーションゴッドジャンプの詳細を……?」

 

「……………………」

 

 数秒、無言。

 嘆息し、少女は緩い動きで右手を掲げた。

 

「動かないでください」

 

「言っておくが」

 

 言葉のまま、右手首をくるりと返し、

 

「!?」

 

 次の瞬間、懐から少女が消え、さっきまで勇者のいた場所に立っていた。

 

「なっ……まさか私と同じグレートスペシャルテレポーテーションゴッドジャンプの使い手……?」

 

「違う…………よく噛まずに言えるな」

 

 再び息を吐き、

 

「私は敵じゃあない。まぁ確かに聊か風情がある登場をし過ぎたのは否めないが、私は敵ではないんだ。君の使っている転生掲示板……というか配信、あるだろう」

 

「え? どうしてそれを」

 

「あれを作ったのは私だ」

 

「えっ!?」

 

 肩をすくめた動きと逆光加減の変化から、目元までが見えた。

 人形のように整った顔つきに、暗い、深淵の様な黒紅の瞳。

 

「尤も、いきなり言っても信じられはしないだろうが……」

 

「ごめんなさい! 勘違いでした!」

 

「……」

 

 勢いよく勇者が頭を下げ、少女の言葉が止まった。

 背筋を伸ばした彼女は直角に腰を曲げた後、聖剣を鞘に納める。

 そして、まるっきり警戒を解いた様子で、

 

「いやー、ちょっと流石に魔王倒した後におかわりはよくあるやつと思っていたので! ちょっと警戒しすぎてました! まさかこの世界で掲示板使ってる人で出会えるなんて! リスナーのみんな、見てる? ……って、あれ。コメントが流れてない? オフにした覚えはないんだけど」

 

「私がオフにしたよ」

 

「あ、なるほど! 作った人ですもんね、それくらい簡単ってわけですか! 凄い!」

 

「………………やりにくいな」

 

「?」

 

 手を叩き素直に賞賛する勇者に、呆れたように少女は首を振る。

 その素直さや純粋さに、何かを思い出したかのように片手で少女は手を覆っていた。

 

「はぁ、まぁいい。それよりも君に用事があって態々次元を超えて来たんだ」

 

「あ! そうなんですか!? この世界の人ではなく」

 

「そうだ。私はこの世界の人間ではない。掲示板で発言している連中の数だけ世界はある。私はその一つから来たんだ」

 

「へぇ……凄い! そんなことできるんですか!?」

 

「できるからここにいるわけさ。―――無論、誰にでもできるわけじゃないがね?」

 

「おぉー」

 

 ぱちぱちと勇者が手を叩き、少女を褒めたたえる。

 それに気を良くしたのかふふんと、彼女は鼻を鳴らし、

 

「さて、本題に入ろう。―――私は、メンバーを集めている」

 

「メンバー? バンドでもやるんですか?」

 

「違う。……いやまぁ、ある意味サーカスみたいなものだが」

 

 苦笑しつつ、彼女は手を掲げた。

 

「―――世界は広い」

 

 少女は言う。

 幼いであろう外見からは想像もできない深みを伴って。

 

「私たちの生きる世界は無限に広がる平行宇宙。多くのものが生き、多くのものが死んでいく。掲示板が通っている世界ならば私はそれぞれの世界法則を理解し、読み解いているが、それでもその全て、というほどには程遠い」

 

 ま、掲示板を通じた世界は把握してるのだけどねと、彼女は笑う。

 そして、

 

「世界には―――敵がいる」

 

「敵?」

 

「然り。それと戦うために、私はある領域を超えたものを各世界から集め、平行宇宙を守っている」

 

 ぱちんと、少女が指を鳴らした。

 二人の間に白の火花が散り、それが広がって光の奔流が生まれた。

 少女は勿論、勇者が通っても十分な大きさの門のような空間の渦。

 

「話の続きはこの先で。興味があるなら通るがいい。勿論、強制はしない。興味がなければ、王都なりなんなりに帰って凱旋パレードでもすることだ。まぁ、私はそういうのは――」

 

「貴方の言うそれは」

 

「うん?」

 

「私は、求められていますか?」

 

「―――あぁ。勿論。君の領域まで至る転生者は少なく、それだけ強力な転生特権を持つものは少ない」

 

「ならば」

 

 澄んだ青い瞳が、暗く赤い瞳を真っすぐに見据え、胸を張り彼女は答える。

 

「行きましょう」

 

「いい返事だ」

 

 さぁと、少女は手を広げ、門へと促した。

 小さく頷き、勇者は足を進め、

 

「あ、その前に一つだけ聞きたいんですけど」

 

「何かな? 言っておくが、これから行く先におすすめのカフェはないよ」

 

「いえ、そうではなく……貴女のお名前は?」

 

「あぁ、そうだね」

 

 くすりと、少女は笑いながらフードを外した。

 現れるのは美しい銀髪と自信に満ちた笑み。

 

 

「天才。今はそう呼ぶといい。本名を聞くには、マスターキーが必要なのさ」

 

 

 

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