フォンー誰が為の翼 その2ー


 

 だからいくらでも頑張れると、「彼」は言った。

 そして、その言葉通りに真っすぐに獅子獣人に疾走するのをフォンは見た。

 獅子の獣人の男は、今回の代表選で優勝候補と言われた男。戦闘力的には今回の6人の亜人の中でもとびぬけているだろうし、フォン自身、最も大きな壁として見ていた相手だ。

 その獣人に向かって、「彼」は駆ける。

 そして、拳をカチ上げ、

 

「!!」

 

 獅子が浮いた―――というか、上に跳ねた。

 アッパーの拳の先にリング七種が先んじていたのだ。獅子の腹に接着し、拳が叩き込まれた瞬間にそれらが爆発するかのように跳ね上げさせた。

 その上で、彼もまた跳ぶ。

 宙に浮いた獅子の周囲にリングが広がった。

 獣人にも劣らず、鬼種の姫とも拮抗する身体能力によりそれらを足場に高速で、スーパーボールのように連続で体をはじき出しながらの超加速。

 その動きは、

 

「―――昨日見せた、フォンさんの」

 

 隣で、トリウィアが小さく零すが聞こえた。

 そう、それは一度だけフォンが見せた高速機動。羽根と体の軽さを活かした鳥人族秘伝の戦闘技術。

 たった一瞬、一度見せただけの動きを、彼は7つのリングと身体能力で再現する。

 

 それは、翼を持たず、飛べぬはずの人間が見せる空中舞踏。

 

 昨日は最後まで見せることはできなかったが、本来は蓄積させた加速を最後にぶち込むのがフォンの奥義の一つでもある。

 それを「彼」は知らない。そもそも蓄積加速は体重の軽い鳥人族が威力を出す為のものだから。

 肉体構造、骨格や衣服までも飛行に特化させた鳥人族の技は人間には合うはずもない。

 

 だからこそそれは、「彼」に頑張れと言った誰かが「彼」にもたらしたものに他ならない。

 

 実際にリング同士を経由した加速は一瞬だった。

 浮かばされた獅子は空中で身動きは取れない。

 彼には翼はないから。

 けれど「彼」には翼があった。

 戦うための、目的に向かって飛ぶだけの翼が―――全ての扉を開く鍵が。

 

「――――綺麗」

 

 心からの声が、フォンの口から零れる。

 そしてリングが「彼」と獅子を繋ぐように一直線に繋ぎ、

 

「≪キティウス・アルティウス――――」

 

 落下と共に、腕に嵌りながら加速。

 とっさの反応を見せた獅子の防御の上から打ち抜き、

 

「フォルティウス≫――――!」

 

 天から百獣の王を大地に墜落させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ≪七氏族祭≫が終わり数日後。

 氏族交渉も御影やトリウィアが手伝ってくれて、上手に着地した。皇国との繋がりもできたので鳥人族の未来も明るくなるだろうという話だ。

 小難しいことはフォンには分らないけれど。

  

 気になると言えば―――結局のところ、フォンを襲撃した相手は分らなかった。

 

 まぁいいや。

 

 結局翼は治ったし、鳥人族の将来も守られた。

 自分の研鑽はそれに繋がらなかったが、結果的に全て丸く収まったのでヨシとする。

 各氏族でも調べてくれるので余計にヨシだ。

 それよりも大事なのは、フォン自身の未来で、

 

「主殿! これからよろしくね!」

 

 帰り支度をしてた「彼」の部屋に突撃したフォンは弾けるような笑顔でそう言った。

 対して「彼」は苦笑で返す。

 今回、「彼」が氏族代表になるためにフォンは彼の所有物になった。

 それは今回きりだけのつもりだったようだが、

 

「氏族を救ってもらって、私の翼まで救ってもらったんだもん! 恩返しにはまだまだ足りないよ!」

 

 鳥人族は、翼の恩を決して忘れない。

 

 魂にも、命にも等しいものだから。

 それだけでも一生をかけて恩返ししたいというのに―――「彼」の鍵はあまりにも鮮烈で、目に焼き付いている。

 もっと見たいと思う。だから、「彼」についていきたい。

 ふと、それどうしたんですかと、「彼」が何かに気づいた。

 

「あっ、流石だね主殿! 流石に未成人を他人の所有物で里から追い出すのはやべーんじゃねってなって、私も成人にしてもらったよ! 元々、今回の≪七氏族祭≫の後には成人になる予定だったし、あんま変わらないんだけどね!!」

 

 そうか……? と「彼」が首をかしげたが、今それではなく。

 

「これが、私たち鳥人族の入れ墨。代表戦でも見たと思うけど、私たち亜人氏族は成人した時や、結婚した時、子供を産んだ時とか、そういう大事な時に入れ墨を入れるんだ」

 

 獣人ならば爪や牙を模したものを。

 ドワーフならば金槌や鋼を模したものを。

 エルフならば木々や蔓。

 ハーフリングはその名の通り半円の組み合わせ。

 リザーディアンは鱗、魚人族であれば水と鱗を示す涙型。

 そして鳥人族であれば風を模した流線形の入れ墨だ。

 フォンの場合、肩から二の腕にかけて、臍のラインと鼠径部をなぞり、太ももから足首までの数本のラインになっている。

 それまで揃えていた太もものバンテージを左右で高さをずらしたのはフォンなりの御洒落である。

 そして、背には大きな翼を模したものも。

 

「普通、鳥人族は背中に入れないんだけどね。翼はあるし」

 

 けれど、

 

「私の翼は、これから主殿に捧げるから。だからこれは、そういうこと」

 

 腕を広げて、背中を見せる。

 なぜかちょっとだけ顔が赤くなった。

 そういう顔は初めて見た。

 もっと、色々な顔を知っていこう。

 きっと、これから色々な表情を知って、色々なことを知ることができるから。

 それも「彼」が、路地裏で傷ついた鳥を助けようとしてくれた優しさがあるから。

 フォンにとってはそれだけで十分なのだ。

 だから、

 

「これから私は――――貴方の為に羽搏くね!」

 

 

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