Sid.25 二度目の調査官で監護終了

 咲奈は一緒に住めないか、親に聞いてみるそうだ。

 大学卒業してからと言われそうな気もする。学生の内から男の家に住み込む、なんてのは世間一般の常識から見てもおかしい。

 俺個人としては常識がどうであれ、一緒ってのは望ましいとは思うけど。


 何度も来ている屋内型遊園地。

 楽しそうに遊ぶ乃愛と咲奈なんだよな。一応参加させられるけど、ふたりほどには弾けられない自分が居る。

 他所の親子を見ると父親がはしゃいでる、なんてのも多いようだけど。代わりに母親が休憩してたり、見てるだけだったり。まあ、あれなんだろう。普段家事育児に参加しない父親の唯一の育児参加。

 頑張ってますよアピールと捉えられるな。点数稼ぎで夫婦円満ってか。


 昼飯を食って休憩して遊び倒して、夕方になる前に家に帰る。

 家に帰ると汗を流すために風呂に入るのだが。


「三人まとめて入っちゃって」


 母さんが問答無用で風呂に押し込む。

 咲奈と顔を見合わせて「あたしはいいんだけど」と言うのも定番だな。

 乃愛なんだが、以前と違い俺の股間に執着しなくなった、と思ったんだが。どうやら気のせいだったようで、三人で入ると大騒ぎになる。


「いいのかよ」

「バラバラに入られると、その分ガス代が掛かるの」

「そんなの大したこと」

「塵も積もれば、だからね」


 乃愛が思春期を迎える頃には、どうせ一緒になんて入れなくなる。だから今のうちに目いっぱいスキンシップを図れと。触れ合うことで愛情も深まるのだから、だそうだ。ガス代も節約できて一石二鳥じゃねえっての。

 じゃあ俺はどうだったのか。


「覚えてないの?」

「覚えてない」

「毎日お風呂に入れて、出なくなってもおっぱい吸ってたのに」


 きっとその記憶は忘却の彼方だ。

 俺にとって忌まわしい記憶だろうから。


 結局三人で入るが、狭いだけじゃない。それに乗じて暴れる乃愛が居るんだからな。握られ放題は避けなければならん。咲奈が居ることで俺の股間も暴れる。だから余計に乃愛が喜んで手を出してくるんだよ。ちっとも風呂で寛げない。


「ちんちー!」

「咲奈の乳を吸え」

「ぱぱのちんちがいい」

「あたしじゃ駄目なんだ」


 咲奈がそこで落ち込むな。幼くてもやっぱ女子なんだろう。関心は男に向くわけで。

 それにしても、いつまでこんな状態が続くんだか。手の出し方が上手くなってるから、かわす方も大変なんだよ。そもそも狭いからな。


 風呂から上がると髪を乾かし、服を着せて夕飯になる。

 夕飯の支度を手伝う咲奈が居て、母さんから「蒼太にもやらせないと」とか言ってるし。

 徐々に慣らさないと、食事ひとつ作れないボンクラ亭主になる、だそうだ。

 すっかり、こんなのが日常になった。


 後日、再び調査官が訪問してきた。

 その前に一度家裁に行って現状報告や確認をしてきてる。


 今回の訪問で監護期間終了と、裁判所で最終判断が下されるそうだ。

 およそ半年間。養親となる父さん、母さんと乃愛の関係性。そして兄となる俺と乃愛の関係性を見て、極めて良好な関係を見て取れると。

 以前に来た時も良好で、そのまま維持できていることから、間違いなく養子縁組は成立するらしい。


 今回の特別養子縁組では、実親との縁が完全に切れる。そして俺の両親が実親となるわけで。家裁で決定してから異議申立期間が終了すると、完全に親子関係となるのか。

 法律上も戸籍の上でも横倉乃愛になる。

 決定したら乃愛と離縁することはできなくなる。一生、親兄妹の関係を持つわけだ。


 もう少し時間は掛かるが決定したらしたで、幼稚園だの役所への届け出だの、まだやることはあるが。

 それでも父さんも母さんも喜んでるし。俺も嬉しく思う。

 乃愛を連れていても誘拐とかならないからな。今までは少し不安もあったけど。決まってしまえば、堂々と妹だと宣言できる。

 乃愛を見ると甘えてくるんだよな。それもあって愛しく感じられる。


 乃愛の居場所として、すっかり定番になった俺の膝の上。そこでアニメソングを歌ってみたり、人形遊びをしてみたり。

 俺に人形を押し付けて「こどもの、めんどうをみるんですよ」とかな。人形に話し掛けて「きょうはぁ、なにしてあそぼうかぁ」なんてことも言ってる。時々お姉さんになってみたり、親になってみたりと、ごっご遊びも多くなってる。

 微笑ましい光景だ。だがな、体格の向上と体重増加は、いずれ俺の膝を圧迫して、無理が来るだろう。今はまだ耐えられるけど。


 調査官が俺と乃愛を見ると、笑顔になって「良いお兄さんになってますね」と言ってる。

 安心して任せられると、俺に対して感心してるようだった。

 最初の頃を見てたら、不安しか無かっただろうな。先にしっかり馴染んでおいて正解だったわけで。母さんはいずれこうなると、分かっていたのかもしれん。

 心構えの部分で成長したと、我ながら思う。


 調査官には極めて良い印象を与え、二度目の訪問を終えた。

 調査官の印象からは太鼓判を押せる状態だそうだ。


 思わず笑顔になる父さんと母さんだ。

 ある程度確実と言われていても、不安は拭い切れなかったんだろう。それも今日の調査で太鼓判を押され、無事に乃愛を迎え入れられる。

 まだ家裁の審判は残っている、とは言え、調査官は多数の家庭を見てきてる。

 成立した家庭も同様に見てるわけで。ほぼ成立間違い無しなんだろう。


「乃愛ちゃんの部屋だけど」

「調査官に見せた二階の空き部屋でいいだろ」

「これからのことがあるから、ベッドとか机とか本棚も」

「次の週末にでも買いに行くか?」


 服や下着類は、成長に合わせて買い替えている。靴も同様。

 家具なんかも揃える必要があるわけだ。今まではリビングで済ませていたが。寝る時は俺と一緒か母さんと一緒だったし。


「来年辺りから自立を促す意味でも、ひとりで寝てもらう必要があるしね」

「もうひとり寝するのか?」

「あんたの時も同じだったでしょ」

「そうだっけ?」


 五歳になってから部屋が宛がわれ、ひとりで寝ることが多くなってた、かもしれん。


「ただ、それでも少しずつ、慣らす必要があるからね」

「急に毎日、なんてなると結局、母さんの部屋に行ってたからな」

「泣きそうな顔して指咥えて、ママと一緒に寝るの。とか言って」

「そうだったか?」


 覚えてないわけがないと言われてもな。それもまた忌まわしい記憶だ。


「ひとりで寂しくなると、あたしのところに来て、結局おっぱい吸ってたんだから」

「それは無いと思う」

「あったから言ってるの。都合の悪い記憶だから覚えてないんでしょ」


 あの頃は本当に可愛かったのに、今じゃ憎まれ口の方が多い、とか言って嘆いてるし。

 おっぱいなら、いくらでも吸わせてあげるのに、じゃねえっての。四歳児でも五歳児でもねえ。その萎びた乳は父さんにでも与えておけっての。


「あ、でも今はあれね。咲奈ちゃんのおっぱいあるから」

「赤ちゃんみたいに吸わないぞ」

「良かったねえ。甘えられるおっぱいがあって」


 おっぱいおっぱいって、うるせえなあ。

 別にそれだけに執着してるわけじゃない。多少口に含むことはあるけど。目的が幼児の頃とは違うんだよ。母さんも分かってて言ってんだろうけど。父さんが実践してただろうからな。

 散々父さんに吸われて、幼児の俺に吸われりゃ萎みもするか。


「萎んで無いからね」

「いや、この前見た時、すでに腹まで垂れさがってた」

「そんなわけ無いでしょ」


 あんまり言うと吸わせるぞ、じゃねえ。気色悪いっての。


 こんな冗談も出るくらいに、やっと安堵の空気が漂う感じになった。


「乃愛。いよいよ俺は乃愛のお兄さんだ」

「ぱぱじゃないの?」

「パパは俺の父さんだ。俺はお兄さんだぞ。ほれ言ってみ?」

「ぱぱ」


 違う。


「おにいさん」

「ぱぱ」

「あのなあ」

「ぱぱわ、ぱぱだよ」


 マジで直らんのか、これ。

 長期間パパ呼ばわりで定着し切ったのか。


「じゃあ、咲奈はなんだ?」

「おねえさん」

「俺は?」

「ぱぱ」


 父さんも母さんも笑ってる場合じゃねえ。

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