Sid.11 慈愛の精神は幼女のために

 じろじろ見ていたようで、菅沢に気付かれたようだ。

 付き合うとなっても、エロい視線はご法度ってことか? 面倒臭い。

 菅沢から目を逸らして乃愛に視線を向ける。


「あのね」

「悪かったよ。エロい視線を向けて」

「じゃなくて」


 好きという感情とエロは別。そこを一緒くたにすると嫌われるってことか。なんか男としては納得しがたいけどな。

 そこへ行くと何ら意識しない乃愛は楽だ。手が伸びるのは勘弁だけどな。


「乃愛。お絵描きでもするか?」

「する!」

「あの、横倉君」

「なんだよ? エロい目で見たのは悪かったって言っただろ」


 画用紙とクレヨンを用意し、乃愛と一緒にお絵描きをするのだが。


「それはなんだ?」

「おはな」

「真ん中に居る奴はなんだ?」

「のあ」


 その右隣に俺らしき人物? が描かれ左にはあれか、池原さんか。今の乃愛が望む姿が描かれてるのかも。

 どれだけ母親がクソでも、子どもにとっては母親なんだよ。その隣に俺が居るってのは、ある意味嬉しくもあるが、相手が良くないな。池原さんは無い。

 小さな手でクレヨンを使い、絵とは言い難い落書きレベルではあっても、まあ見ればなんとなく認識できる程度には形になってる。


「上にあるのはお日様か?」

「うん」

「飛んでるのは蝶々みたいだな」

「うん、ちょーちょ」


 花に囲まれ日の当たる場所で、三人が笑顔で並ぶ。乃愛にとっての理想の姿。

 相手がクソ過ぎるから、誰か違う存在が居るといいんだけどな。池原さんは駄目だ。責任感も母性すらもなくなってる。だからと言って、乃愛に対して否定するもんじゃないし。

 こんな状況を将来どう思うのか。自分を捨てた親を憎むか、それでも大切な存在と見るか。


「横倉君」

「なんだよ」

「あたし、帰るね」

「ああ」


 エロい視線で怒ってんのかよ。めんどくせ。

 やっぱ相性は良くないな。元より気にしなかった相手だし。今日は珍しく目を引く格好だったけど。そんな格好しておいて見るなって、だったら全身隠しとけっての。

 ソファから立ち上がって玄関に向かうようだ。


「蒼太」


 今度は母さんかよ。キッチンから声掛けてるし。


「なんだ?」

「帰すの?」

「仕方ないだろ」

「あのねえ。あんたもほんと鈍いんだから」


 知らねえっての。俺の青春の貴重な時間は乃愛に費やされた。彼女を作る暇すら無かったんだよ。いちいち察してくれ、と言われて理解できるかっての。なんかあるなら、はっきり言葉にすればいい。


「ちょっと、こっちに来なさい」

「乃愛と絵を描いてるんだけど」

「少しくらい問題無いでしょ」


 早くしろと催促されキッチンに行くと、母さんから「視線に怒ってるんじゃないの」と言われた。

 相手も多少は期待してるし、きちんと見て欲しいからこそ、肌の露出も増やしてる。問題なのは、感想のひとつもなく見てることだと。


「せめて似合ってるとか、可愛いとか言ってあげないと」


 その上で関心を示せば喜ぶのが乙女心だと。好意を持って接してるのだから、いずれは体の関係もある。その前段階で躓いててどうする、と言われてる。

 菅沢にしてみれば、自分の体が武器になる、そう思うからこそ露出度を上げてきた。そこまでは目論み通りだったけど、俺の感想は無く気持ちの無い謝罪で、相当傷付いたらしい。


「彼女要らないの?」

「居れば居たでいいと思うけど」

「だったらしっかり捕まえておきなさいよ」


 なんか、女子と付き合うのって面倒臭いな。

 今は乃愛のこともあって、いちいち構っていられないし。

 母さんが菅沢を引き留めてるから、まだリビングに居るんだよ。でもさあ、俺にすべてを察してくれってのは、無理があると思うぞ。

 まあ、母さんが言ってくれたから、何を望んでるかは分かった気もするけど。


 めんどくせえ、が先に立つ。


「面倒だから要らない」

「あんたねえ」


 呆れる母さんが居るけど、面倒なものは面倒。それでなくとも手の掛かる存在が居るんだし。乃愛の場合は単に手の掛かる存在じゃないけどな。俺にとっても大切な家族になってるわけで。だからこそ、きちんと向き合う気になってるし。

 そこに乙女心とか、面倒極まり無いっての。


「乃愛ちゃんはあたしが見るから、あんたは少し彼女と散歩でもしてきなさい」

「でも、俺の」

「いいから。あんたより世話するのは慣れてる」

「そりゃそうだろうよ」


 少なくとも俺をここまで育てた実績はあるし。

 強制的に乃愛から引き剥がされ、菅沢と一緒に外に放り出された。


 路上で暫し。


「あのね、なんかごめんね」

「なんで謝る」

「勘違いさせちゃったから」

「勘違い?」


 怒ってたわけじゃない。好きな相手からの視線が嫌なわけが無い。ただ、やっぱり少しは服や格好にひと言、欲しかったなと。

 見ることを拒む気は無いし、見たくなるであろう格好をしてきてるわけで。

 少しでも気を引きたいからだそうだ。


「あたし、面倒臭いよね」


 女子が面倒臭い存在なんだろ。菅沢に限らないと思うがな。


「無理して付き合わなくていいから」

「そうか。菅沢がそれでいいなら」


 すげえ落ち込んだ感じで俯いてる。ここはあれか、引き留めて欲しいとか。だからさあ、それが面倒なんだっての。素直に気持ちをぶつければ、それに応えることも容易い。けどな、なんかはっきりしない、遠回しな態度だと考えるのも面倒だっての。


「今は乃愛が居て手も掛かる時期だ。だから察しろなんて言われても無理」


 俺自身、いっぱいいっぱいなんだっての。幼児を相手に完全に手探りだった。母さんはろくに教えてくれもしない。そんな中で関係性を深めてきてる。

 母さんから文句が出ない程度に、そこそこ育児もできてきたんだろう。


「余裕だって無い。今後乃愛をどうするのか、そんな問題もある」


 大学合格目指して勉強して乃愛の面倒見て、一介の高校生如きが手に余ることをしてる。

 意思疎通ができるようになって、これから少しずつ余裕も出るだろう。


「だからな、なんでも察しろとか言うなら、俺じゃなく他の奴にした方がいい」


 生活の中心に乃愛が居る間は、他に気を遣う余裕なんて無いんだよ。

 こんな俺でも慈しむ気持ちもある。大切にしたいと思う。もっと言えば乃愛の幸せを願う気持ちが強くなった。

 これが父性って奴かもしれないし、ただの勘違いかもしれないけど。


「まだおしめも取れない頃から面倒見てたんだよ」

「そうだったんだ」

「知らなかっただろうし、そんなことまで察しろなんて、言う気は無かったけどな」

「言ってくれて良かったのに」


 そうすれば自分がもっと気を遣って、邪魔にならない程度に付き合ったと。


「他人の子どもなのに、愛情持って接してるんだね」

「やっとだけどな」

「でも、そこはすごいと思う」


 顔を上げてこっちを見て、ぎゅっと手を握り締めてる。


「ちゃんと伝えるようにしたら、まだ希望はあるのかな?」

「言わなきゃ理解できん」

「じゃあ、言えばいいの?」

「だからそう言ってる」


 結局、言いたいことは互いに言う、で決着ついた。


「改めて、あたしと、お付き合いしてください」


 そう言って手を差し出す菅沢だ。

 手を取ってやると笑顔になってるし。ついでに「今日の格好、感想聞かせて欲しいな」とか言ってるし。


「露出が高くて可愛さもあっていいと思う。少なくとも目を奪われたし」


 エロい視線なんて誤魔化せてなかったわけで、だったら正直に言った方がいいだろ。

 まあ笑顔になってるし「少しは効果あったんだね」と。


「もっとエロくていいんだけど」

「外だと恥ずかしいよ」

「じゃあ、中ではエロくて外は厚着」

「もう……エッチだ」


 男なんて頭の中はエロしかねえ。気取って、無いとか眠たいこと言う奴が居たら、俺の前に連れて来い。全部曝け出してやる。


「そう言えば、太ってるわけじゃないんだな」

「太ってないって言ったよ」

「前に着てた服のせいで太って見えた」

「体形隠してただけなんだけどな」


 胸とか尻が目立つと男の視線が集まるからと。


「俺はいいんだ」

「好きな人だから」

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