Sid.10 幼女にとって幸せの形は
養子を得るための一般的な手続きは、児相やあっせん業者への申請、里親の研修を受講、里親登録、調査審議の上で認定。子どもの紹介、引き合わせと、三か月以内程度の交流期間を設ける。委託決定後半年間の同居生活。
その後、家裁による審議を経て、やっと成立する流れだそうだ。
法的手続きの前にやることが極めて多い。
日本は養子縁組が少ないと、かねてから問題になっているらしい。
法改正もされたらしいけど、それでもハードルの高さは変わらないし、手続きの煩雑さも変わりはない。
「これも養親になる側の覚悟を見る、ってのもあるんだろうけどな」
手続きの煩わしさと成立までの期間、すべてをきちんとこなせないと、他人の子どもの面倒など見られるわけがない。
犬猫でさえも面倒を見られず、捨てる人が多い現状を鑑みれば、相手は人であり捨てるなど不可能。ゆえに簡単に成立させられないのだろう。
そもそも子どもの幸福のための制度。大人の都合で振り回されるわけに行かない。
特別養子縁組の場合は法律上の親子関係になる。元の親とは離縁する形だし、引き受けた側は離縁できない。やっぱ要らない、とか言って放り出すことも不可能。
責任と義務が生じるからな。当然だが、義務が生じる以上は権利も発生する。
「特別養子縁組は、こんな感じでハードルの高さがある。他には普通養子縁組であれば、元の親との関係は残しつつ、養親とも親子関係になれる」
子どもにとってのメリットは意外に多い。
遺産相続にしても生みの親や親戚縁者から得られる。その上で育ての親からも相続できる。二重取りって奴か。
そして、生みの親にも監護義務はあるから放棄はできない。
「心変わりの可能性も考えて、普通養子縁組の線も考えておこう」
こっちの方がハードルが低い。元の親との関係が残るからだな。
と言うことで、話し合いは一旦終了。
特別養子縁組の年齢が以前までは六歳だったのが、法改正で十五歳まで引き上げられた。だから今すぐ慌てて行動せず、互いに考える時間を設けようってことで。
考えることは自分、ではなく子どものために最善なこと。乃愛にとって最良な選択になるよう、考える必要があるってことだ。
玄関まで池原さんを見送るが、乃愛に対しては、やっぱ愛情無さそうだよなあ。
乃愛も戸惑ってるし、これならうちで引き取った方がいいかもしれん。
でも、本当なら実の親に甘えられるのが一番だと思う。戸惑いってのは、本当は親に甘えたい、自分を見て欲しいってのもあるんだろう。
俺は所詮他人だし。実の親がいいに決まってる。
なんか、やっぱ乃愛が哀れだ。俺の手をぎゅっと握って見送ってるんだよ。
なんでこんな無責任な奴が、ほいほい親になるのか。
後先考えずやることだけやって、できちゃったから仕方ないってか? 考えが無さすぎるのも大概にしろと思わんのか。精神的にはガキのまんま。体だけ大人になっても意味が無いだろ。
見送ったあと、玄関先からリビングに戻るが、乃愛を見ると切ないなあ。
「ママと一緒になりたいのか?」
返事は無い。けど俺をじっと見て、その目はあれだ。一緒に居たいと思ってるんだろう。それでも状況は肌で感じ取ってると思う。四歳ともなれば周囲の状況も理解できるだろうし。空気も読める頃だろう。
マジで何とかしてやりたいと思うが、俺だってまだガキだし、何の力にもなれない。
せめて父さんと母さんが乃愛のために、最善の結果を選択してくれることを願おう。
でだ、思わず抱き締めた。
小さくて華奢な体、あどけない表情。幼い子が背負うには酷な状況だ。
「ぱぱ?」
「乃愛。俺じゃ力になれないけど、せめて愛情くらいは注いでやるから」
くっさいセリフだと思う。でも、そのくらいしか思い浮かばなかった。
こんなの哀れすぎるだろ。
「あんたも少しは自覚できたみたいね」
からかってんのかよ。
「お前の成長にも繋がる。その意味を少しは理解したか?」
「した」
「今後もしかしたら本当に妹になるかもしれんからな」
普通ではできない経験は今後、生かすこともできるだろうと。
確かにそれはあると思う。いずれ結婚して子どもが生まれた時に、子ども最優先で考えることができる、その可能性は高まったわけだし。少なくとも池原さんを反面教師にはできる。あんないい加減な親にはならないと。
貴重な経験をしてるのだと思う。
あの日以来、乃愛と過ごす日も増えてきて、俺みたいな奴でも自覚が芽生えたか。
面倒臭いとしか思わなかったのに、今日で大切にしてやりたい、なんて思うとは。
ただ、人間、そう簡単に急には変われない。
あとな、股間に執着するのを何とかして欲しい。
「ちんち」
「駄目」
風呂に入ると手が伸びてくるし、それをかわすのも面倒なほど。
かと言って遊ばせるわけにも行かないし。これが菅沢だったら、互いに楽しむとかあるんだろうけど。目の前の相手はな、幼児だ。手出し無用で手を出させない。
「ほれ、頭洗ってやるから」
「じぶんであらえるぅ」
「じゃあ自分でやってみるといい」
目にシャンプー入って暴れるし。できるようでいて覚束ないのも幼児ならでは。
結局、俺が洗ってやることになるんだが。
いつまで一緒に入っていればいいんだ? 股間に執着する変態だから、母さんが面倒見た方がいいと思うんだがな。
就寝はやっぱり俺と一緒。おねしょするなよ、と願うも朝になると地図を描いてるし。こっちのパジャマも濡れて気持ち悪いし。何度もこんなことを繰り返す。
あと何年続くんだか。
こんな俺でも隣で寝てる乃愛を見ると、可愛いと思えるようになってきた。
可愛いの意味は違うからな。あくまで妹のような存在としての可愛いだ。女を意識しての可愛いとは程遠い。
いや、愛しいってのが正しい感情かもしれん。
底辺のアホの態度を見たせいもあるんだろうな。
こんな俺にも一応、彼女できたみたいだし。地味でメガネの気にもしなかった奴だけど。
あれにも乃愛と同じように愛情を抱けるだろうか。別に嫌いでは無いし、単に気に留めなかっただけだった。付き合うとなると、気持ちも付いてくるかもしれない。
いつも通りの朝。
盛大なおねしょの後始末から始まり、時間ぎりぎりで学校に行き、帰宅すると乃愛のお迎えと相手をする。
お馬さんは無くなったが、ごっご遊びが増えてる。お医者さんごっごは危険だから、却下してるけどな。泌尿器科の診察ですとか言って、遊ばれたらまず過ぎる。
さすがに診療科目まで理解してないけどな。俺の勝手な妄想だ。
次の土曜日には菅沢と会う約束をしているが、場所はこの家になってるんだよ。
あいつもあいつなりに、俺の事情を察して無理に引っ張り出さない。乃愛の面倒を見てることもあって、そっちが最優先だと理解は示してくれているんだろう。
土曜日になると家に来て上がり込む菅沢だ。
「お邪魔します。あ、乃愛ちゃん、こんにちは」
俺が出迎えるとセットで乃愛も付いてくるからな。しかもしっかり手は握られている。
あの一件以降、乃愛の俺にしがみつく頻度が増してる。
どこかで気持ちの埋め合わせをしているんだろう。
「仲いいよね」
「いろいろあるんだよ。嫉妬でもしてんのか? 幼児相手に」
「してない、って言うと嘘になりそうだけど」
「無駄な嫉妬だと理解した方がいい」
乃愛と菅沢は根本から違う。
今回、リビングじゃなく俺の部屋、とも思ったが気まずくなりそうだし。結局リビングで健全なお付き合いとなった。そもそも乃愛が引っ付いてるから、不健全な遊びはできん。したいけど。
ソファに乃愛を転がし、その隣に俺が腰掛け、対面に菅沢が腰掛けるが。
「面談してるみたい」
「距離感は諦めてくれ」
そう言えば今日はあれだ、先日と違って少しマシな格好をしてる。ミニスカートで生足が曝け出されてるし。
上は上でぴちっとしたニットのシャツか。胸元の膨らみが。
「気になるの?」
「なにが?」
「視線が危ないよ」
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