Sid.9 今後幼女をどうするのか

 学校から帰ると玄関に見慣れない靴が一足。ど派手なエナメルパンプスだな。女性用だから池原さんが来てるのだろう。母さんと話し合ってるのか?

 リビングに行くと、父さんと母さん。そして池原さんの三者で話し合いか。


「おかえり」

「ただいま」

「お前も加わるか? ずっと世話してきた当事者だし」


 軽く会釈してくる池原さんだけど、なんかケバくなってないか? すっかり夜の蝶って奴だな。しかも肌も荒れてそうだし、以前の雰囲気はすっかり影を潜めたな。

 如何わしい世界に染まったのかもしれん。もうこっちには戻れないような。

 とりあえずダイニングにある椅子に腰掛ける。

 すると、父さんが話し始めた。たぶん続きからだろうけど。


「それで、娘を今後どうしたい?」


 少し俯き加減で「できれば現状維持でお願いしたいです」とか言ってる。


「無責任だと思わないのか?」

「おもい、ます」

「自分で世話できないなら、施設に預ける選択肢もあるだろ」


 自分の両親は駄目、親戚も駄目、と言って面倒を見れない、と言ってるらしい。

 夜の仕事も本格的になると、早朝帰りになり疲労も溜まり、優しく接することができないと。

 これはあれだ、娘が邪魔。


「施設は……可哀想で」

「今の状況も幼子にしてみれば、親の愛情を充分受けられない、その点で極めて不幸だが?」


 説教も込みだな。俺から見ても、いい加減過ぎると思うし。

 俺を見てる。助けを求められても無駄だぞ。


「あの、息子さん。蒼太さんですけど、乃愛に懐かれているので、一緒の方がいいかと」

「それはあれか? 親としての責務を放棄するってことか?」

「いえ。そうじゃなくてですね。私としても蒼太さんと一緒の方が」


 俺に押し付ける気満々じゃねえか。


「自分の娘に愛情が無い」

「あ、あります」

「じゃあなんで引き取れない?」

「それは」


 父さんと母さんの追及でゲロしたのは、他に男ができて今は娘を見る余裕がない。と言った実に身勝手な話だった。

 やっぱ低学歴は、こんなもんだ。学歴ってのは何も勉強だけじゃない。そこで学ぶものは他にもある。その時は無駄と思えることの積み重ね。それを熟して自己管理をする術も身に着ける。

 集団生活の中でわがままを押し通すのは不可能。押し通せばクラス内で浮く。

 多くの人と触れることで、様々な考え方も知ることになる。当然軋轢もあれば仲良くできる存在も居る。対人関係を円滑にする術も得られる。

 だが、こいつは。


「歳だけ食ったガキだな」


 池原さんが俺を見てる。


「その男は娘の面倒も見れないアホなのか? 今どきらしいと言えばらしいけどな」


 カスみたいな男としか縁がない。そしてそんなカスを好む。

 底辺同士馬が合うのかもしれんけど、それなら子どもなんて生むべきじゃない。可哀想なのは、そんなカスの如き連中に邪魔扱いされる子どもだ。

 こいつに子どもを育てるのは無理だな。施設に預けた方がましだ。


「自己中。何で子どもなんて生んだ?」


 腹立つ。

 頭の中は中学生のまま。自立した大人とは到底言えない。


「施設に預けた方が幸せになれるだろ」

「あんたはそれでいいの?」

「俺?」

「他に誰が居るの。蒼太に一番懐いてるでしょ」


 子どもにとって、もっとも幸せな形を提供するのが、大人の役割だとすれば。

 慕ってくる子を放り出すのは違うと理解はする。けど、その子は俺の子どもじゃない。親に育児放棄された子。

 本来なら施設で面倒を見るべき存在。安易に俺が、なんて言えるわけがない。

 ましてや俺だって未成年者で、親の庇護下に居る子どもだ。頭で理解しても行動が覚束ないのも自覚してる。


「と思うが?」

「他にも手段はあるけど?」

「手段?」

「養子縁組」


 そう言うものもあるのか。

 施設に入れても先が知れている。高校卒業までしか面倒を見ないところがほとんど。大学進学を目指すとなると茨の道。

 高卒で良ければ構わないが、それだと実の親と同じ道を歩みかねない。

 負の連鎖を避けるには、愛情をたくさん受け取れる環境が望ましい。


「だからね、うちがもらい受けるの」

「覚悟は必要だけどな。ただ、蒼太が居ることで案外うまく行く、そう思ってる」


 もともと子どもはふたり欲しかったと。

 だよなあ。幼児用の布団、いつまでも持ってたくらいだし。


「施設に入れるより愛情を注げる分、子どもがまっすぐ育つ可能性があるの」

「お前も離れ離れは嫌だろ?」

「俺は別に」

「居なくなると寂しくなるぞぉ」


 いや、そんなことはない。と思いたい。


「それに、あんたもすっかり慣れたでしょ。育児」

「慣れてない」

「しっかり面倒見てるじゃないの。今まで外に連れ出しても事故も無いし」

「良く面倒見てるようだしなあ。可愛いだろ? 乃愛ちゃん」


 養子縁組が成立すれば乃愛は俺の妹になる。身内で妹なら可愛がるのも当然。

 血の繋がりは無くても、ここまで一緒に過ごしてきた。急にどこからかもらい受けるのとも違う。

 すぐに馴染めるようになるだろうと。


「そこのアホ女は……聞くまでも無いか」


 要らないんだよな。乃愛。

 可哀想だと思うし、だったらうちに居た方がいいのかもしれない。


 幼稚園の送迎バスが来る時間になってた。


「じゃあ迎えに行ってくる」

「すっかり慣れてるじゃないの」

「慣らされたんだよ」

「これなら安心して任せられるな」


 結局、俺が面倒見るのかよ。なんだそれ。

 でもあれか、池原さんが面倒見ることになると、新しい男からの虐待もあるかもしれない。それの行き着く先が虐待死だ。こんな理不尽が今の世の中に溢れ返ってる。

 だったら。


 道路に出て待っていると送迎バスが来て、乃愛が降ろされる。


「ぱぱぁ!」


 いつもの光景。駆け寄る乃愛。そして抱き着いてくるんだよ。


「良かったねえ。パパが待っててくれたよお」

「パパじゃないんですけど」

「でも乃愛ちゃん、パパって呼んでるでしょ」

「近い将来、兄になるかもしれないですけどね」


 驚いてるけど、その可能性が出てきてるし。


「苗字、変わります?」

「変わるかもです」

「そうなのね。でも、それで幸せになれるならね」


 幼稚園の先生も実の親が面倒を見ないことで、不安もあったらしい。

 送迎バスを見送り家に入ると、乃愛が母親の元へ行きたそうだけど、遠慮してる感じが。俺にしがみ付いてるし。

 避けられてることを肌で感じ取ってるんだ。

 哀れだな。実の親に見放されてるなんて。


「あのさあ、養子縁組って父さんと母さんで大丈夫なのか?」


 養子縁組とひと口に言っても、特別養子縁組、普通養子縁組、里親の三つがあるらしい。

 中でも特別養子縁組は実子と同じ扱いになる。そのため養親ようしんになるためには、いくつかの条件をクリアする必要があるそうだ。

 条件をクリアし家庭裁判所で成立を決定すれば、晴れて養子となれる。

 ただし、元の親との縁は切れる。親権の完全移行を伴うからだそうだが。


「それでも良ければ、うちで引き取る」


 特別養子縁組の条件のひとつ。実の親からの同意。これをまず得る必要があるわけで。


「はい」

「後悔しないのか?」

「しないと思います」

「親を名乗れなくなるけど?」


 それでもいいそうだ。マジで愛情皆無なんだな。カス野郎の方が大切なんだ。

 養親になるには一方の年齢が二十五歳以上。これはクリアしてる。

 養子の年齢は十五歳未満。これも問題無い。


「監護期間が半年必要なんだが、これは聞いてみないと分からん」


 通算すれば半年以上の間、面倒を見続けてきた。通算で良ければクリアするそうだ。そうでない場合は、改めて半年間の監護期間が必要になる。

 たぶん条件面はクリアしているに等しいと。

 あとは家裁に審判請求して認められればいい。


「その前に家裁の調査は入るけどな」

「どんな?」

「俺や母さんのこと、育てるに相応しい家庭かどうか、調べるらしいけどな」


 本来は児相やあっせん業者を介して、申請するものらしい。児相やあっせん業者を介した場合、乃愛を引き受けられる可能性は無い。

 そもそも、うちはイレギュラー。

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