第11話 体力測定に波乱なんていらないんだよッ!!
報酬を貰うために屋敷まで行く道中、相変わらず肩にリンちゃんを乗せ、私たちは執事さんから話を聞いていた
「リンちゃん、領主の娘だったんだ…」
「なんとなくそんな気はしてたにゃけど」
そう。なんとびっくり、リンちゃんはバースの領主の娘だったのだ。最悪誘拐されて身代金…なんて可能性もあったのだという。物騒な話である。
「お嬢様は領主様に似て少々奔放でして…抜け出される度に使用人総出で捜索しているのです」
「初めてじゃなかったんデスね」
「えへへ」
バツが悪そうに笑うリンちゃん。可愛いがここは叱る場面だろう。
「リンちゃん。勝手に外に出たらダメだよ? せめて使用人さんには言わないと」
「だってじいや達に言ったら騎士のお兄さんもついてきて、自由に回れないもん」
聞く耳持たず。まあ、御守りする騎士からしたらそうなるだろう。目を離した隙に誘拐でもされたらひとたまりもない。なら最初から危険がありそうな場所には行かせないのが得策だ。
そうこう話すうちに、一際大きな門までやってくる。奥に見える建物が屋敷だろうか。
「「「お邪魔しまーす」」」
そう言って私たちは、屋敷の敷地に足を踏み入れたのだった。
***
「君たちが娘を保護してくれたんだね。本当にありがとう」
「いえいえ、当然のことをしたまでですよ」
応接室に通された私たちは、そこで領主さんと対面した。
テーブルを挟んで反対側に座っている領主さんはふわふわした雰囲気の男性で、今は膝にリンちゃんを乗せて頭を撫でている。
「普段から騎士が一人は就くようにしてるんだけど、路地に入って見失ってしまったみたいでね。まさか花束を買いに行っていたとは思わなかったよ」
「お母さんの誕生日デシたっけ。ちゃんと渡してあげてくだサイね」
「うん!」
元気のいい返事が返ってくる。私たちも領主さんも、これにはニッコリだ。
「ああ、それで謝礼だけど。これでいいかな?」
急に我に返ったように話し始めた領主さんが机に置いたのは、10歳の両手ではギリギリ持てなさそうなくらい大きな袋だった。
持ってみると、ジャラジャラと音がする。
「…多くないですか? 流石に貰いすぎだと思うんですけど」
「いや、娘の命よりは安いよ。それにそこにはちょっとした依頼料も入ってるんだ」
「依頼料にゃ?」
クエストが発生する感じかな、と身構えると、案の定目の前にクエスト発生の通知がくる。
「たまにでいいから、リンと遊んでやってくれないか? それと、その間の護衛も頼みたいんだ」
「それは…むしろいいのかにゃ? 領主さんからするとにゃー達、そんなに信用に足りるとは思えないにゃけど」
「うん、この目で見たから問題ないよ。君たちはリンを傷つけたりしないでしょ?」
「それはそうにゃけど…」
うーん、どうしようか。と言ってもさっきと同じく、クエスト拒否出来ないっぽいけどさ。
「…分かりました。その依頼受けます」
「良かったぁ! リン、このお姉さん達がまた遊びにきてくれるって」
「やったぁ!」
依頼内容はリンちゃんの護衛。期間は無制限…まあ友達になってついでに守ってくれって話だ。
「報酬は、資金援助と領主として僕が色々便宜を図ること。リンを守ってくれればいいよ」
「リンちゃん、よろしくね」
「うん!」
そんな和やかな雰囲気で、謝礼の受け取りは終わったのだった。
***
「ふぁ…おはよ、音夢」
「んにゃぁ〜あれ、寝落ちてた?」
気づけば朝。私たちは、ゲームチェアを置いた部屋で目覚めた。ええと昨日は確か…
「リヴさんの再提案で街を出たら、ウサギの群れに襲われたんだっけ」
「そうそう。そのままリスポーンして解散になって…またレベリングしようとして…?」
とりあえず、朝ごはんと学校の準備をしないと…って今何時!?
咄嗟に背後を振り向こうとして、体が固まる。
「音夢…私は今、後ろを振り返るのがすごく怖いよ」
「宙も? じゃあ同時に、いっせーのーで!」
くるりと後ろの壁に掛けられた時計に写っていた時刻は…八時二十分。朝礼の二十分前だ。
「音夢、バッグの用意お願い! 私は急いで制服にアイロンかける!」
「合点承知!」
学校までは走れば十分強。今から全速力で支度すればギリギリ間に合う…かもしれない。
普段の数倍の速度でアイロンをかけ、着替え、家を飛び出したのは三十分を少し過ぎた頃だった。
「ゲームで寝落ちとか音夢が移ったかなぁ!」
「それ酷くない!? 私はウイルスか何かなの!?」
「症状はダラけること! 厄介だね!」
「むきーっ!」
やいのやいの言い合いつつ、教室に着いたのは三十九分。
ギ、ギリギリセーフ。
「東雲、猫田。お前らが遅刻ギリギリとは珍しいな。早く座れ」
先生の指示に従って席に着くと、朝礼が始まった。今日の体育が体力測定になったことと、授業変更があることなどを説明している。
と、その時。右隣からメモ用紙が差し出された。
ええと…『もしかして寝落ちデスか?』うっさいわリヴさん。
顰めっ面をお返しするとクスクスと笑われる。どうやら寝落ちしたことは悟られたようだ。
「んじゃ、全員着替えてグラウンドに移動しろ〜」
そんな先生の一言で朝礼が締めくくられるまで、私とリヴさんの(一方的な)睨み合いは続くのだった。
「よし、体力測定を始める。まずは五十メートル走からな」
「頑張るぞー!」
「「「「オオオオォォォォ!!!!」」」」
わあ、すごい熱気。男子のやる気が度を超えてる。どうせ女の子にいいところ見せて好感度を上げる作戦だろう。音夢への視線もチラホラ…殺るか。
「こらこら物騒なこと考えない。そもそも一番視線集めてるのは宙じゃん」
「放せー、私が音夢を守るんだー」
「すごい棒読みデスね」
本気だけどね!
音夢は可愛いのだ。生来の明るい性格と愛らしい顔立ちで、猫のような雰囲気がある。自由気ままなところもそっくりだ。お陰でモテる。すっごいモテる。
だからこそ、集るハエは駆除しないと…!
「じゃあ宙がクラス一位取ればいいんじゃない?」
「あ、そっか。そうだね」
なんとも簡単な解決策が提示された。たしかに、私がクラス一位を取れば男子のプライドはお釈迦だろう。うん、そうしよう。
そして、私の番がやってきた。並走するのは順番的に男子、しかも音夢に腐り切った目を向けてたハエの一人だ。潰す。
「位置について、よぉい…」
ピッ!
ホイッスルと共に走り始める。全力で踏み込み地面を蹴ると、体が大きく押し出された。
例えるなら、一気に最高速度まで上がったというのが正しいだろうか。とにかく確かなのは、私がこの時、常軌を逸した速度で走ったこと。
「ぇ…六.五秒…」
記録係の生徒の表情が驚愕に包まれる。
私は大して鍛えてるわけではない。元から女子としては速い方だったが、それでも六秒台に足が掛からなかったのだ。
音夢が駆け寄ってきて、親指を突き出した。
「宙ー! グッジョブ!」
「いやぁ、なんであんなに速度出たんだろ…。音夢への愛がなせる技かなぁ」
「ちょっ、恥ずかしいこと言うなっ」
あ、照れた。こっちに顔が見えないようそっぽを向いてるが、耳を真っ赤にしてプルプル震えている。可愛すぎて今すぐ愛でたい気持ちにしっかり蓋をし、音夢に声をかける。
「ほら、列に戻るよ。音夢も私に勝てるように頑張れ」
「一凡人ゲーマーになんてこと要求すんの」
「いけると思うけどなぁ。音夢は別に運動音痴じゃないし」
VR世界であのピーキーアバターを使えるんだから、現実の効率的な体の動かし方も理解できると思うのだ。よし、ここは一つ発破をかけようか。
「私に勝ったらなんでも言うこと聞いてあげる」
「っ!? それ、本気?」
あ、音夢の目つきが変わった。目がギラギラとこっちを見定める。その目を見た瞬間、私はやり過ぎを悟った。
「やっぱn…」
「先生ー! 先に測っていいですかー!?」
「べ、別にいいぞー!」
いいの!? 順番って大事だと思うんだけど!?
と思ったが、よく見れば足が震えている。どうやら私からは見えない音夢の顔を見てビビッてるらしい。それでいいのか先生。男(四十五歳小太り)だろ。
思わずクラスメイトを見るが、リヴさん以外みんなそっぽを向いている。そんなに今の音夢こわいの?
で、行われた音夢の独走。結果は…
「ご、五.九秒」
それが、今日私が音夢のおもちゃになることが確定した瞬間だった。
ちなみに男子は音夢の記録はおろか、私の記録を破ることもできなかったとさ。
「ってことで今からハンドボール投げだが、男女共に無理はするなよ。特に東雲! 猫田!」
「「は、はい?」」
「全力は出してもいいが、無理はするな!」
え、なんか名指しされたんだけど? いやいくら運動系に心得があってもハンドボール投げは流石に…
「記録五十二メートル」
「あれぇ?」
いや、ほんとになんで? 再三言うが、私は別にアスリート選手でもなんでもない。特別鍛えてるわけでもなければ、強靭な肉体を持ってるわけでもない…はずだ。
隣では音夢が三十四メートルと、女子としては高すぎる得点を叩き出している。
「すごいね、宙ちゃんも音夢ちゃんも。二人とも運動してたの?」
「いやぁ、全然。私たちもなんでこんなに調子がいいのか分かんなくてさ」
「正直とまどってるny…んんっ」
休憩中、リヴさんと委員長が体力測定の結果の理由を聞きにやってきた。が、私たちが答えられるはずもない。あの場のノリで頑張ったら、異常な結果が出たのだと正直に話す。
「まるで体を改造されたみたいデスねぇ」
「怖いこと言わないでよ〜」
「私たちが寝てる間に誰か家に来てるってことでしょそれ。気持ち悪いよぉ」
なんてことを言うんだリヴさん。鳥肌立ったぞ。
「まあでも、今のところ実害はないし。原因も分からないから放っておくしかないかぁ」
「原因わかったら私にも教えてね」
「私も知りたいデス」
「一番知りたいのは私たちだよ」
本当になんなんだろうなぁ…
***
で、家に帰った後。
「音夢、今日はEGOするの?」
「うーん、今日はしないかな」
珍しくゲームをしようと声をかけてこない音夢に、こっちから話を振る。結果は芳しくなかったけども。
「今日はEGOじゃなくて別のもので遊ぶからね」
「べ、別のものって?」
音夢は笑顔だ。が、奇妙な圧が私の身を竦ませる。これじゃあまるで、捕食者と…獲物。
「もちろん、宙だよ」
その後何があったかは…正直、一生思い出したくない。
***
「すでに改変が進んでマスね…。お母さん、これからどうしマスか?」
『そのままでいいわよ。姫様のことだから、すぐに覚醒するでしょうし』
「デハ、このまま友人でいつづけマスね」
『あら、情でも持った?』
「まさかデスよ。姫様に情なんて持ったら、心が幾つあっても足りないデス」
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