第10話 制裁と迷子

「本当にすみませんでした…」

「まあ、あそこに声をかけた僕も悪かったからね」


 そう言って笑うのは金髪の青年。私が思わず殴ってしまった相手だ。

 何があったのかと言うと…


 ***


 件の私闘?制裁?をやっていた時、声をかけて来た人がいた。


「キミ、気持ちはわかるけど、それくらいにしてくれないか?」

「は?」


 そこで素直に話を聞けばよかったものの、完全にキルマシーンと化していた私には彼の言葉が聞こえていなかった。


「何? あんたもナンパ野郎?」

「いや、僕は…」

「問答無用!」


 次の瞬間、私の拳が男に突き刺さり、あっけなく男は吹き飛んだ。


「シエルー! その人ナンパ男じゃないにゃー!」



 ………え?



 ***



 高そうな全身鎧に、豪奢ではあるが過美ではない大剣を背負う姿は、まさしく物語の勇者と言った風貌だ。


「流石にここまで人が集まると、暴走する奴も出てくる。それを嗜めるのがレイドのリーダーである僕の仕事なんだけど、ちょっと目を離した隙にそこのお嬢さんに絡みはじめたみたいだ。すまなかった」

「大丈夫デス。シエルさんが助けてくださいマシタし」


 どうやら、リヴさんもそこまで気にしてないらしい。


「それでこいつらどうするのよ」

「もちろん、レイドには行かせないよ。パーティ追放の上、追加で罰則をつける」

「罰則?」


 頭に?を浮かべた私に、すぐにわかるよ、というと、男は縛られているナンパ野郎どもに近づいていった。


「さぁ、今の話は聞いただろう? 何か弁明はあるかい?」

「ごめんなさいお願いしますそれだけは!」

「嫌だ! く、来るなぁ!」


 ひどい怯えよう。そこまでパーティを追放されたくないのか、それとも罰則が重いのか。


 どちらもだろうなと思っていると、男はナンパ野郎どもの首を片手ずつで持ち、


「《吸収》」


 そう唱えた。


 後はもう、ナンパ野郎どもの汚い懇願と罵詈雑言が響くだけだった。それすらも少しずつ小さくなっていき、最後には啜り泣く声に。


「こいつらのレベルを吸えるだけ吸った。また、レベル一からやり直しだね」


 二人を邪魔にならない場所に放り投げながら男が説明する。

 え、強!? なんなのよ、レベルを吸うって。


「じゃ、僕らはそろそろ出発するよ。また会えたら、今度は戦ってみたいな」

「私は遠慮したいなあ」

「ははっ、そう言わないでよ。似たもの同士、仲良くしようじゃないか」

「どこが似てるってのよ」

「だって…」


 君達もバグってるだろう?

 そう言い残して、男は帰っていった。


 ***


「なんだったの、あいつ」


 私たちのステータスがバグってることに早速気付かれるとは…

 どうやって気づいたんだろう。それに、君達『も』って。


「どうしたの、ユメ。黙り込んじゃって。らしくないよ」

「だって、これ…」


 ユメが見せてきたのはゲーム情報を発信するニュースのウィンドウだ。


「この前見たやつね。それがどうかしたの?」

「ここ! この部分!」

「ん? なになに、プロゲーマー『U』、EGOに参戦?」


 そこにいたのは、さっきの勇者もどき…


「はああああ!?」

「プロゲーマーにゃ。あー! サインもらっとくんだったー!」

「ユメさん、口調戻ってマス」

「しょうがないじゃん。かっこいいんだよ推しなんだよ!」


 普段はあまり見せないが、ユメは重度のゲームオタクだ。それこそ、私がいないと食事や睡眠を忘れてゲームを続けたり、食費をゲーマーに貢ぎそうになるくらいには。あの時は必死で止めた覚えがある。


「シエル…」

「ダメ」

「まだ何も言ってないにゃ」

「どうせレイドについて行きたいとか言い出すんでしょ? 迷惑かかるし、リヴさんがいるからダメ」

「むう」


 そう言うと、不服そうな顔でユメも頷いた。


「それで、どこに行くにゃ?」

「うーん、リヴさんは行きたいところない?」

「そうデスね…本当ならダンジョンに行きたいところデスが」

「あ〜、難しいね…」


 なんでって、主に私のせいで。リヴさんには悪いが、デスペナ覚悟の全力疾走をそう何度もやりたくはない。


「ナラ、街を散策しまショウ。珍しいクエストが見つかるかもデスし」

「いいね。私たちもあんまり街は周ってなかったし」

「よく考えたら初めてにゃね」


 話しながら歩くこと十数分。広場からだいぶ離れたところに来るまでに、色々リヴさんに聞いた。

 リヴさんが言うには、街の中のクエストはお使い系がほとんどなんだとか。あとは掃除とかが多いらしい。一応迷子探しもあるそうだが、数は多くなく報酬も少ないため倦厭されてるのだと。


「迷子探しのクエストはなんと言うか…簡単にはいかないんデスよね」

「どういうこと?」

「この世界って、写真もないノデ、口頭の説明から探すしかないんデス。しかも迷子になる子はみんな似たような見た目ナノデ、余計に探し辛いんデス」


 はへぇ〜。それはそれは、なんともめんど…ゴホンッ、一筋縄ではいかなそうだ。


「まあ、そうそうクエストに当たることは…」


 そこで突然、リヴさんが会話を止める。


「どうしたにゃ?」

「あの子、見えマスか?」


 リヴさんが指差した方向。見れば、風船を手に持って泣いている女の子が…って。


「もしかして、迷子?」

「っぽいにゃあ。先に迷子の子が見つかるパターンもあるのかにゃ?」

「私の知る限りはないデス。レアクエストデスね」


 とりあえず、声をかけるために近づいてみると、女の子がこっちを向く。


「お姉ちゃん達、だれ?」

「えっ…」

「リヴデス。隣にいるのがシエルさんと」

「ユメにゃ〜。お名前教えてくれるかにゃ?」

「…リン」


 そう自己紹介が始まったのだが…私はそれどころではなかった。


「ユメ、これ見えてる?」

「にゃ?」


 リヴさんがリンちゃんと話している間にユメに見せたのは。


「なんにゃ、ただのクエスト画面にゃんか。報酬も条件も特におかしいところはないにゃよ?」

「いやこれ、ここ!」


 私が指差したのは、クエストの受領ボタン。左側にYESボタン、右にNOボタンがあるのだが…NOのボタンが灰色になっている。まるで、受ける以外の選択肢がないみたいに。


「んーまたバグかにゃ? それとも仕様で絶対やらなきゃいけないのかにゃ?」

「どうなんだろ。クエスト拒否できない仕様なんてあるのかなぁ」


 そう首を傾げつつ、リヴさんとリンちゃんの会話に混ざる、まもなくリヴさんが大体聞き出したらしい。


「どうやら路地を通っていたら迷子になったらしいデス」

「なるほどね、家の形とか大きさとか、場所は?」

「場所は…分かんない。でも、家はすっごいおっきいよ! 周りよりもたっかいの!」


 元気が戻ってきたのか、誇らしげに答えるリンちゃん。可愛い。


「身なりからしても、そこそこいい家柄デスかね」

「みたいだにゃあ。バースに貴族の家ってあるにゃ?」

「一応あるみたい。リンちゃん、おうちの近くに広場ってある? 噴水があるところ」


 マップを開きつつリンちゃんに聞くと、元気な返事が返ってきた。


「うん! 今日人がいっぱいいたせいで通れなかったの!」


 あ、確定だねコレ。どうやらさっきの広場がレイドのメンバーで塞がっていたせいで通れず、路地を通って迷ったようだ。


「じゃあ、戻りマスか。あの広場の奥デスよね?」

「マップだとそうだね」

「んじゃ、決まりにゃ〜。リンちゃん、にゃーの手握っててにゃ」


 それとなくユメが手を差し伸べる、が。


「やっ」


 首をぶんぶん振るリンちゃん。ユメは打ち拉がれた顔をしている。


「じゃあ、私と繋ぎマスか?」

「やっ。ん!」


 そう言って指さされたのは、私である。なんで?


「じゃあリンちゃん、よろしくね?」

「お姉ちゃん、肩車して!」

「…え」


 ***


「〜♪」

「ご機嫌だね…」


 幼子のお守りの大変さを実感する。いや、現実でやるよりはマシかもしれないけどね。

 私の頭上で鼻歌を歌うリンちゃんの両手には、露店で買った串焼き肉が握られていた。お腹が空いたようで、たまたまあったのを買い、食べてもらってるのだ。


「シエルに懐いてるにゃね〜」

「なんででショウね。クエストを受けたのがシエルさんだからでショウか」

「案外見た目のせいかもにゃよ?」


 悪かったね見た目十歳ようじょで!

 なお、私がリンちゃんを肩車しても百五十センチメートルほどである。なんとリヴさんより小さい。そのせいか、周囲の人の反応は倒れないかという心配と微笑ましいものを見る目ばかりだった。


「そういえば、リンちゃんはどうしてこんなところまで来たのにゃ?」

「んぇ? えーっとね、今日お母さんの誕生日でね、お花を買いに来たの。って、あ!」

「もしかして買うのを忘れてマシた?」

「う、うん…」


 なるほど。暗くなった声を聞いて、それとなくユメとリヴさんに目配せする。二人とも頷いてくれたので、リンちゃんに一つ提案することにした。


「リンちゃん、このままお花屋さん行こうか?」

「え、いいの!?」

「シエルのお世話癖がでたにゃね」

「お母さんに喜んでもらいまショウね、リンちゃん」

「うん!」


 一度広場に着いてから、リンちゃんの案内で進んでいく。見つかったのは、こじんまりとした花屋だった。


「お花屋さんのお姉ちゃん! これください!」

「あらリンちゃん、と…」

「あ、我々のことはお気になさらず」


 花屋さんに断りを入れて、リンちゃんの指示に従い動く。やがて出来上がった花束を纏めると、リンちゃんはご満悦だった。


「お代はいらないわ。あの子が赤ちゃんの頃からの付き合いだし、今回はプレゼント」

「ありがと!」


 そんなこんなで再び広場に戻ってきた。あとは屋敷に向かうだけ…


「お嬢様ー!」

「あっ! じいやー!」


 と屋敷に向かう前にお迎えが来たみたいだ。執事服の老年の男性が走ってやってくる。


「お嬢様、ご無事でしたか」

「うん! お姉ちゃん達が案内してくれたの!」

「さようでございましたか。お嬢様を保護してくださり、ありがとうございます」

「いえ、たまたま見つけたから連れてきただけです」


 そう言いつつリンちゃんを肩から下ろす。長い時間肩車していたが、あまり疲れはない。流石ゲームである。


「謝礼をお渡ししたいので、屋敷へおいでください」

「え、いいんですか?」

「むしろ是非。恩人はもてなす決まりですから」


 予想外である。元々三人で話していた時は、精々そこそこの報酬が出て終わりだろうと思っていた。


「どうするにゃ?」

「予想外デスね」


 顔を見合わせ相談するが、三人とも意見は一緒のようだ。


「分かりました。お邪魔します」


***


ペナルティ『自己犠牲』


効果:その一 モンスターのヘイトを広範囲から異常に買うようになる。

   その二 クエストを断れなくなる

   その三 解放されていません




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