第9話 転校生来たる
「バグがないってどういうこと!?」
「音夢、落ち着いて。ここ高校だよ」
「だって…」
朝方、運営からのメッセージが返ってきていたことに気づき、教室で確認したのだが、
『此方では不具合は確認されませんでした』
という容赦ない一文により、私たちの希望は潰えた。
確認していないんだろうな、とは思うし、こんな対応をされるとやる気すら無くなりそうだ。怒った音夢を宥めてはいるが、内心私も怒りが湧いている。
「せっかく、宙がはまってくれそうだったのに…」
「どうする? やめる?」
「…」
答えは出ないまま、先生の到着と同時にホームルームが始まり、私たちは会話を中断することになった。
***
過去に、ここまでクラスが騒然となったことがあっただろうか。
「突然だが、このクラスに転校生が来た」
先生から投下されたその爆弾は、教室を見事に混乱の渦に巻き込んだ。
かく言う私も突然のことに驚いている。
「入ってこい」
クラスの全員が固唾を飲んで見守る中入ってきたのは…
「…わぁ」
純白の髪を腰で切り揃え、真紅の瞳を携えた美少女。外国人だろうか。
「神代リベッドと言いマス。よろしくお願いしマス」
「神代はアルビノで日光を避けた方がいいから、廊下側の席に座ることになる。東雲。お前の隣だから、いろいろサポート頼むぞ」
え、まじ?
窓⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎廊
側⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎下
⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎側
⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎
⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎
↑↑
音私
夢
そうですね。私の隣しか空いてませんね…
「よろしくお願いしマス、シノニョッ…」
あ、噛んだ。外国人に東雲という名前は言いにくいみたい。
「宙でいいよ。よろしくね神代さん」
「なら、こちらはリヴと呼んでくだサイ。よろしくデス、ソラさん」
***
学校に来たばかりで教科書がないリヴさんを手助けしつつ、午前の授業はつつがなく進んだ。昼休みに入る頃にはリヴさんも教室になじみ始め、現在は数人で談笑している。
「ほんっと、神代さんって綺麗だよね」
「そんなことないデスよ」
「いやいや、そんなことあるって。肌真っ白でシミひとつないし…。まさしく天使って感じ!」
「アハハ…」
一方で私はというと、
「音夢、そろそろ退かない?」
「やだ。もうちょっといる」
「授業の準備したいんだけど…」
膝の上に乗って私を抱きしめる音夢をどかすのに四苦八苦していた。音夢は軽いので苦しくはないが、私と向かい合わせになっているせいで無茶苦茶顔が近い。
「お二人は仲がいいデスね」
「リヴさん…。助けて…」
「…」
ちょっ、絞めるな! 苦しい!
慌てて音夢の背中をタップすると、拘束が緩んだ。危ない…。
「宙ちゃん、大丈夫?」
声をかけてきたのはこのクラスの委員長。名前は…なんだっけ。委員長としか呼ばないから覚えてないや。
「今すっごく不名誉なことを考えられた気がする」
「そんなことより。委員長、私のカバンからスマホ取って」
「ん? これ? 古いの使ってるね」
取り出されたのは十年以上前の型のスマートフォン。簡単に持ち運べるカメラとして使っているが、正直なところそろそろ買い替えどきだと思っている。
「ロックかかってないから、開いて」
「ふむ」
「なんデスか」
「写真アプリ開いて」
「ふむふむ」
「お二人の写真デスね」
「非表示欄を…
「ちょっと待ったあ!」
その瞬間、音夢が委員長の手からスマホをひったくった。必然、私の上から退くことになるわけで。
「なんてもの見せようとしてるの、宙! うわ、消したはずの写真まである!?」
「ちなみにどんな写真があるんデスか?」
不思議そうなリヴさんがそんなことを聞いてくる。
「言うわけ…
「私のマッサージでだらけきった音夢の写真とか」
「宙!?」
「「へぇ〜?」」
リヴさんと委員長がニヤリと笑うのを、まずいと思ったのか、音夢は強引に話を変えた。
「そんなことよりEGOの話! どうするの?」
「えご?」
委員長は頭にハテナを浮かべている。一方、リヴさんは目を輝かせていた。
「お二人もEGOをなさっているんデスか?」
「お二人もってことは、リヴさんも?」
「ハイ! 最近よくやってマス」
へぇ。意外。お嬢様って感じだからゲームとかしなさそう。
「よろしければ、一緒にプレイしませんか?」
「あー、でも、やめようかどうか迷ってるんですよね」
「え?」
「バグに遭遇したんですけど、運営が対応してくれなくて。このままだと、チーターだと思われちゃいそうだなって」
「な、ナルホド」
「だから、どうしようかなって音夢と相談してたんですよ」
「絶対一緒にやりましょうすぐやりましょう今日やりましょう待ち合わせはどこにしますか!?」
「えーと…。まだ始まりの街にいるので…」
「バースデスね!? なら広場の噴水にしましょう! 学校が終わった後すぐにログインして待ってマス!」
「えぇ…」
押しが強い…。
そんなこんなで、私たちはEGOのプレイを継続することになったのだった。
尚、リヴさんのお近づきになろうとしていた男子どもは、女子に妨害されて話すことすらできていなかった。ドンマイ。
***
「広場に来たはいいものの…」
どれがリヴさんだ?
広場を埋め尽くすほどの人の群れが広場を占領していた。
「昨日見つかったレイドクエストの待ち合わせにゃね。人多すぎにゃ。分かるわけないから今日はログアウトし…」
「あ! あれじゃない?」
人の群れの真ん中辺り。〔待ち合わせ中!〕の看板を持った少女がいた。周囲には彼女に声をかける二人の男の姿。ゲーム内でナンパですか…。
「ねぇねぇ、俺たちと一緒に来ない?」
「レアドロップあげるからさあ」
「あの、本当にすみません。待ち合わせ中なので」
ナンパ中の男二人はぐいぐい少女に詰め寄っていく。相手が嫌な顔してるの気づいていない。
「そんな奴のことなんか放って置こうぜ。俺たちと来た方が絶対楽し…」
「あのーすみません、リヴさんですか?」
「ソラさん!? ソラさんデスね!?」
声をかけた瞬間、パァっと笑顔になったリヴさん。相変わらずハイテンションだなぁ。
「うん。こっちではシエルね。それと…」
「にゃーが猫田改めユメだにゃ」
「猫耳! 可愛いデス!」
「にゃ!? 触るな! 気持ち悪いにゃ!?」
「もふもふデス」
むう、私だってもふもふしたい。
「なんでシエルは不満そうな顔してるにゃ!? 早く助けてにゃ!?」
今度思う存分もふもふしようと心に決める。そんなことより、
「ねえ、君たちなんなの? 今、俺たちがそのこと話してたんだけど」
「っていうか、君たちもかわいいね。一緒に来ない?」
うわぁ。私の見た目にそれ言う? 正直めっちゃくちゃ気持ち悪いけど、我慢我慢。
「すみません。この後は三人で遊ぼうって言ってたので」
「そんなこと言わないでさあ。仲良くしようぜ?」
「いえ、結構です」
「一緒に遊ぼうぜ? じゃないと、君たちに関する変な噂が流れるかもよ?」
あ゛?
私の中で何かが切れた音がした。それには気付かず、男達は喋り続ける。
「俺たちはEGOの中でも高ランクのプレイヤーだ。ちょっと噂を流せば君達がこの街に居られなくなるかもしれないし、狩場に入れてもらえないかもしれない」
「後から謝罪に来ても知らないよ〜?」
こいつら、なんて言った?
私はどうなったっていい。だけど、リヴさんや、何よりユメに危害を加えるのはダメだ。それだけはダメだ。許してはおけない。
「君達だって周りから白い目で見られたくないでしょ? だから大人しく、一緒に… ブギャ!?」
《戦闘不可能領域です》
その瞬間、私の放った渾身の右ストレートが男の顔面を捉えた。ユメ曰く四十レベルと同格という筋力値が、男をピンボールのように跳ねさせる。
「テメェ、やりやがったな!」
「制限領域内だからって容赦しねぇ!」
頑丈だなぁ。今さっき吹っ飛ばされたばかりでしょうに。
「シエル、ここは街中だからいくら殴ってもダメージにならないにゃ。やるなら外にゃ」
そんなことを言ってくるユメ。なるほど、それなら、ダメージを与えてデスペナさせるのはなしだね。
「うらぁ!」
大振りな拳を最小限で回避し、腹パン。衝撃で男の体が浮き上がり、顔が下を向く。そこに膝蹴りを叩き込み、そのまま男の顔面を膝と地面でサンドイッチした。
「なめんなぁ!」
馬乗りになった私にもうひとりの男が拳を振り下ろすが、紙一重で回避。攻撃をうまく逸らした結果、
「あぎゃ!?」
拳は男の急所にクリーンヒットした。こいつら、弱すぎでしょ…。本当にトッププレイヤーなの?
まあ、まだ立つだけの気概があるみたいだから、もう少し付き合ってあげますか。
***
乱闘の少し外では、ユメとリヴが観戦していた。
「シエルさん、強いデスね」
「まあ、シエルだからにゃあ。あれでも相当手加減してるにゃ」
二人の視線の先では、容赦なく男たちをボコボコにするシエルの姿があった。
「シエルさんは何か武術をされていたんデスか?」
「親が有名な冒険家で、サバイバル術から武器の使い方、格闘術まで叩き込まれたらしいにゃ」
「冒険家デスか。珍しい職業デスね」
「最初はにゃーもそう思ったにゃ。昔は気づいたら一家丸ごとして居なくなって、一ヶ月後にボロボロになって帰ってくるなんてザラだったにゃ」
「それって、シエルさんが幾つの頃デスか?」
「さあ? 小学校に入る前にはもうそんな状態だったにゃ」
流石に驚いたのか、リヴの目が見開かれる。
「危険ではなかったんデスか?」
「親が強すぎたにゃ」
「なるほど…」
そう言われて仕舞えば、リヴに言えることはなくなる。そこまで考えた上で、ユメは話を切った。
「ひとつだけ、忠告しておくよ」
ユメではなく、猫田音夢の口調になった少女はリヴに釘を刺す。
「絶対に、彼女の前で、親、家族、旅という言葉を使わないで」
「どうしてですか?」
「今の彼女は親も旅も、大嫌いだから」
黒く濁った目。今日一日を通して見てきた、元気っ子と言った音夢のイメージからかけ離れた彼女の様子にリヴは息を呑む。底知れない怨嗟に、寒気すら感じる。
「どうして、彼女は、親を、旅を、嫌ったのですか?」
詳しい説明なんてなかった。ただ、一言。
「置いて行かれたから、だよ」
◆◆◆
お久しぶりです。
最近話の展開に疑問を持ち始め、改稿していた結果、ここまで更新が遅れてしまいました。その改稿作業も終わってないです(汗)。
まだしばらく不定期更新になりそうです。
面白いと思って下さった方は、★や応援を頂けると嬉しいです。
特に★★★やコメントは作者が泣いて喜びます(誰得)。
今後ともEverlasting Garden Online をよろしくお願いします。
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