第7話 ボス戦にゃ!

 にゃがタイトルにつくとユメ/音夢視点です。


 ◆◆◆


「んあ?」


 パチパチと松明の火が弾ける音で目を覚ます。シエルはまだ調べ物をしているのだろうか。


「柔らかいにゃあ」


 なんて上等な枕だろう。柔らかくて、暖かくて、



 ん?



 ちょっと待て? 私たちがいるのはダンジョンの中だ。枕なんてあるはずがない。

 恐る恐る目を開けると。


 銀髪に隠れた端正な顔立ちが見えた。


「んにゃ!?」

「ユメ、起きたの?」


 十歳くらいの少女、シエルに膝枕されていた。突然のことに意識が完全に覚醒する。


「シ、シエル? 何してるにゃ?」

「ユメが寝苦しそうだったから、膝枕してみたの。固くない?」

「だ、大丈夫、です、にゃ」


 思わず片言でしゃべってしまい、恥ずかしさが倍増する。


「変なの。あれ? ユメの顔、真っ赤だよ?」

「にゃ!?」


 ゲームでも顔赤くなるの!? とにかく、話を逸らさないと!


「そんなことよりシエルは調べ物終わったのかにゃ!?」

「終わったよ」

「じゃあ、そろそろ出発するにゃ!」


 そう言って、シエルの膝から飛び退くと、私たちは部屋を後にしたのだった。


 …バレてないよね?


 ***


「多分ここがボス部屋にゃ。攻略動画にあったのと少し構造は違うにゃけど」

「広いね」

「そうにゃね」


 直径百メートルはあるかと言うような石造りの祭壇が、このダンジョンのボス部屋だった。


「出てくるのはどんな奴?」

「でっかいドラゴンにゃ」

「それって、全身真っ赤の?」


 ん?


「そうにゃけど…」


 もしかして、シエルが昨日会ったドラゴンって…


 ***


「おお、姫さま! こんな辺鄙な場所までよくぞおいで下さいました」

「き、昨日ぶり、爺…」

「こんなにも早くお会いできるとは、爺は感激ですぞ。して、そちらの方は?」


 ドラゴンの顔が私に近づいてくる。うおっ、でっかい!


「し、シエルの友人のユメって言います」

「ユメ殿でございますか。姫さまがお世話になっております」

「いえいえ、こちらこそ先日はシエルがお世話ににゃったようで」


 そんなご近所さんのような会話をしているが、相手は二十メートルはあるドラゴンだ。怖くないわけがない。

 さっきから尻尾は体に巻き付いて、体を守ろうとしているし、無意識に姿勢が低くなろうとしているようだ。


「ははは、そんなに警戒しなくても良いですぞ。姫さまのご友人に手を出すことはありませぬ」

「頭ではわかってるんですけどにゃあ…」

「ところで、お二人はどうしてここへ? わざわざこの老骨に会いにきたわけではありますまい」

「いにゃあ、会いにきた、と言うか」

「ダンジョン攻略に来たら、爺がいた、と言うか」


 それを聞いて疑問が氷解したのか、納得顔(だと思う)になったドラゴン。


「昨日やって来たものがおったので予想はできていましたが、遂に見つかりましたか」

「案外あっさりしてるんですね。てっきり隠れているのかと」

「いえ、隠れてはいますよ。まあ、人間種が混乱しないようにという側面がほとんどではありますが」


 そう言うと、爺が笑った気がした。


「それで、どういたしますか? お二人で挑んで来られますかな?」


 え? このドラゴン相手に? それなんて無理ゲー?


「シエル、やめとこうにゃ! 流石にこれ負け確定にゃ!」

「うーん、そうだよね…」


 よかった、理解してくれ…


「よし、やろう!」

「にゃへ?」


 今なんて言ったにゃ?


「わかりましたぞ。お二人とも。準備ができ次第声をかけてくださいませ」


 そう言うと、ドラゴンは部屋の中央に寝転がり、瞳を閉じた。


 ***


「ばかシエル! なんで受けたにゃ!? いつもならシエルはにゃーを止める係にゃ! どうしてシエルが暴走してるにゃ!?」

「まあまあ、いい経験になるから」


 確かにドラゴンに瞬殺されるっていういい経験にはなるけど!


「あーあ、デスペナ確定にゃ… せっかくのドロップアイテムがぱーにゃ」


 このゲームデスペナは一定時間のステータスデバフに加えてそのエリアで獲得したアイテムが全消去になるという鬼畜仕様になっている。そのせいか、死亡するのを極力避けるように動くのが普通だ。


「ユメは攻略動画見たんじゃないの?」

「ボス部屋であのドラゴンが出てきた以降は非公開になってたにゃ」

「なるほどね。多分、確証はないけど死なないと思うよ」

「なんでにゃ?」

「内緒」


 ニヤリとを笑うシエルを見て、彼女が楽しんでいるのがわかった。


「さあ、そろそろやるよ!」

「あーもう、どうにでもなれにゃ!」


 前に立った私たちの気配に気づき、ドラゴンが鎌首をもたげる。


「それでは始めますかな。お二人の勝利条件は、私に一つでも傷をつけること。よろしいですか?」

「「はい(にゃ)!」」


 その返事と共に竜の咆哮が祭壇に響き渡った。


 ***


「やばいにゃ!? これ普通に死ねるやつにゃ!?」


 そう文句を言いながら、飛んでくるブレスをギリギリで《回避》する。


 レベリング中にゲットしたこの回避スキルは、使用すると一瞬だけ無敵時間になる便利スキルだ。もちろん無敵時間だけで攻撃を受け切ることは出来ないので自分自信が攻撃を避けないといけないが、これがあるだけでだいぶ回避に余裕ができる。


「シエル、無事かにゃ!?」

「大丈夫! ただ、こっちも余裕はない!」


 私よりもAGIの低いシエルはさらに余裕がないのか、逃げ回る以外の行動が取れていない。私がどうにか標的になって、シエルの負担を軽くしないと。


「こっちにゃ!」


《挑発》を発動し、ドラゴンのターゲットを…




 取れない!?




「爺にはその怪しげな術は聞きませんぞ!」


 お返しとばかりにブレスが飛んで来たのを慌てて《回避》する。


「遠距離からブレスなんて卑怯にゃ!」

「ははは、勝つためなら手段は選んでおれませぬからな。そちらも逃げ回っているばかりでは勝てませぬぞ?」


 どうする!? このままではジリ貧だ。だからと言って、この弾幕の雨に突っ込んでも、すぐに死ぬ上に私ではダメージにならないだろう。なんとしても、シエルをドラゴンの近くまで連れて行く必要がある。


 その時、シエルが叫んだ。


「ユメ!」


 その声は、自信に満ちていて。

 勝てる。そう思わせてくれる。


「一瞬!」


 その一言。一単語だけで、大まかな作戦が決まる。


『私が一瞬隙を作るから、あなたが一瞬隙を作って』


 あの掛け声はそういう意味だ。長く一緒にいて、心を通わせた無二の親友だからこそ、その作戦が、彼女の考えていることが、手に取るように分かる。


「さて、何を見せてくださいますか! 爺は楽しみですぞ!」


 ブレスが放たれる。向けられた先は、棒立ちになったシエルだ。

 その、ぶらん、と垂れた剣がブレスの直撃する一瞬に煌めいて。


「なぬ!?」


 その声はドラゴンから。それもそのはず。今まで回避し続けていたシエルが、急に迫り来るブレスを切り裂いたのだから。


「《パリィ》」


 収束した熱線が周囲に放散し、一部がドラゴンに跳ね返る。


「ぬお!」


 これはたまらない、とばかりに、翼を交差させてブレスの余波を防ぐドラゴン。その、一瞬の隙があれば。




 届く!




「もらったにゃ!」

「いつのまに!」


 ガードを開けた瞬間、ドラゴンの目の前には私が現れる。


「《夢遊》!」

「何!? 《竜結界》!」


 夢猫の種族スキル《夢遊》。それは0.2%という極小確率の状態異常付与スキル。でも、ドラゴンは万が一のために対処しないといけない。


「これで終わりですぞ!」


 スキル発動後の硬直。そこをドラゴンの尾がむちの如く唸り、迫って来る。






 絶体絶命? 






 いや、私の、私たちの、






「勝ちだ!」


 その瞬間、突っ込んできたシエルの剣が、



 確かにドラゴンの額を切り裂いた。



 ***



「ははは、まさか負けるとは思いませんでしたぞ!」

「私たちも、勝てるとは思いませんでしたよ」

「まったくだにゃ…」


 ギリギリで勝てたからよかったものの、死んだらどうするつもりだったのだろうか。


「そういえば、シエル。何か変なこと言ってたにゃね。多分死ぬことは無いとかなんとか」

「そうそう、それだけど。爺、私たちを殺すつもりなんて毛頭なかったんですよね?」


 へ!?


「その通りですぞ。私が姫さまを殺すなどあろうはずがございませぬ」

「え、じゃあ、私が心配してたことって…」

「まったくの杞憂だった、ってことだね」


 なるほどなるほど。これは、


「シエル、そこに正座にゃ」

「え? でも、ここ石だたm…」

「問答無用」


 その後、小一時間の間、ユメはシエルを叱り続け、それをドラゴンが微笑ましそうに見ていたとか…


 ***


 彼女たちが帰った後、暫くして。


 ドラゴンはその巨躯を縮め、とある部屋に入っていた。


「そうだ。ついに見つかった」



「あの方が我らの希望。人と竜の架け橋だと、私は思っている」



「あの方は先代というより、初代様に似ているな」



「そういえば! お主と同じ、夢猫にあったぞ」



「そういうところも初代様と重ねてしまう理由なのかもなぁ」



「いつ目覚めるのかのう。はよ起きい。のお、リーヴィス」




 

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