第4話 ウサギって…怖いね

逃げ続けること一時間ほど。


ウサギの数は千以上に膨れ上がっていた。

始まりの街バース周辺は見晴らしの良い草原になっていて、出現するモンスターは弱いウサギ系がほとんどだ。


ただ…


「無理無理無理無理!? 勝てるわけないって!」


ただでさえレベル1なのに、追いかけてくるウサギは千体以上。少々ステータスが高い程度では、リンチされるのがオチだ。数の暴力という言葉をこれほど強く感じたことはない。


あれ、これ積んでね? この大群連れて街に戻るわけにもいかないし。

デスペナルティ覚悟で突っ込むか?


うん、そうしよう。このまま逃げても意味ないし。一匹ぐらい狩れるでしょ。


「かかってこいウサギ共!」


***


「もうやだ。うさぎこわい」


無事に死んだ私は、広場のベンチに座りウサギへの恐怖で疲弊した心を癒していた。


考えてみよう。千羽のウサギが群がってくる。体に噛みつかれ、肉を削がれ、最後は目もガブリといかれた。


VRだからってなんでもしていいわけじゃない!

体の痛みはほとんどないけど、心へのダメージが深刻だよ!年齢制限必須だよ!


「「はぁ」」


私のため息に誰かのため息が重なった。


「あれ? 昨日のおじさん?」

「誰かと思えば嬢ちゃんじゃねえか」


昨日鏡を見せてくれたおじさんだった。


「嬢ちゃん、どうしたんだ?」

「ちょっと死んじゃってね」


嘘は言ってない。ただ、無数のウサギに惨殺されたことを言っていないだけだ。


「まじかよ。嬢ちゃんのレベルがいくつか知らないが、そっちには死ぬほどモンスターがいたんだな」

「おじさんのところにはいなかったの?」


おじさんの装備は私と同じ、最初からつけている初心者装備だ。つまり狩場はこの街の周囲だろう。


あれ?


「ああ、とりあえず湧きまくってるウサギを狩ろうと思ったんだが、絶滅したみたいに一羽もいなくてな」


もしかしなくても私のせいじゃん。


「リポップもしないから、二時間くらい無駄足になっちまって…」


これは、正直に言うか?


「あー、おじさん?」

「ん? どうした?」

「それ、多分私のせい」

「は?」


おじさんが口をぽかんと開ける。


「いや、だからそれ、私がこの辺りにいたウサギ全部に追いかけられてたからなの」

「いやいや、何したらそんなにヘイトが溜まるんだよ」

「多分、種族特性」

「ああ、なるほど」


おじさんが納得したように手を叩いた。この世界には様々な種族がいるので、モンスターに追いかけられまくる種族だって不思議ではない…はずだ。


「しっかし嬢ちゃん、俺にそれを言っても良かったのか? 俺が嬢ちゃんの情報を他に話すとは思わないのか?」

「あっ」

「はぁ、なんも考えてねぇのか。大丈夫。そんなことはしねぇよ」


そう言っておじさんは、こっちに向き直った。


「嬢ちゃん、俺のパーティのレべリングに付き合ってくれねえか?もちろん、俺らも嬢ちゃんのレべリングを手伝うし、追加で報酬も出す。このままじゃ、嬢ちゃんも俺らもろくにレべリングできないだろ」


うーん。魅力的な提案ではある。むしろ、レべリングできて報酬まで、というのは貰いすぎな気もするけど。


「わかった。手伝うよ。私もこのままじゃどん詰まりだし」

「よっしゃ! 助かるぜ。俺はガンツ。それと、おーい、お前ら!」


おじさんが声をかけた方にいたのは、三人の男女。


「おい、リーダー。もう少し絵面を気にしろ。遠目から見たら犯罪者だぞ。お嬢さん、はじめまして。俺はクロという」


盾を担いでいる黒髪の青年。昨日遠目で見ていたプレイヤーの一人だ。


「かわいいお嬢さんね。私は魔法士のメイよ」


杖を持った赤い髪の女性。まさしくお姉さんという風貌で、自然に私とガンツの間に腰掛けた。


「あっ、えーっと、シロです… よろしくお願いします…」


修道服の気弱そうな少女。年はこの世界の私とあまり変わらないだろう。顔はフードでよく見えないが、短めの白い髪がフードから溢れている。


そこに、大きな剣を持ったガンツを入れて四人。バランスの取れたパーティ構成だ。


「お前らも話は聞こえてただろ? この嬢ちゃんをパーティに入れてもいいか?」

「別に構わないが、お嬢さんはいいのか?」

「むしろ願ったり叶ったりよ。私はシエル。よろしくね」

「よろしくね。シエルちゃん」

「よ、よろしくおねがいします」


こうして、私の臨時のパーティ加入が決まったのだった。


***


街を出てしばらくすると、案の定ウサギの群れがやってくる。今回は前回より少なく、百羽くらいだ。まだこの場所に戻ってきていないのだろう。結構遠くまで逃げてたしね。


「マジで来やがった。戦闘準備!」


それと同時に、四人が私を守るように展開する。


「嬢ちゃんはしばらく俺らの中心にいてくれ。ヘイトの基準がわからない以上、下手に動かれると困る」


出発前にそういわれてしまったのだ。渋々、五分ほど待機する。その間は四人の撃ち漏らしを狩ったりしていたのだが…


「嬢ちゃん! こいつら嬢ちゃんに恨みでもあるのか!?」


そうガンツが泣き言を言うほどに、ウサギは私しか狙わない。どれだけ瀕死の重症でも私に突貫してくる。


「よし、このまま俺らは嬢ちゃんを守る。嬢ちゃんはいけるか?」

「いつでも」

「よっしゃ、MP切れるまで狩り続けろ!」


一度に千羽も来なければ、ウサギなんか敵ではない。初心者用の剣を振り回し、奴らを骸に変えていく。元々、剣を数回降っただけで倒れるようなモンスターだ。集団でリンチされなければ負ける要素などないのである。


そうして、十分が経ち…


「お疲れさん」


ウサギは全滅した。その数二百十四羽。私どれだけウサギに狙われてるんだ…


「お嬢さん、狙われすぎでは?」

「途中で増援が来た時は焦ったわ。MPもスッカラカンよ」

「回復も打ち止めです…」

「あはは…」


パーティ機能の一つ、経験値共有で全員相当レベル上がったようだ。


ーーーーーーーーーーー


パーティメンバー


・ガンツ lev8

・クロ  lev12

・メイ  lev14

・シロ  lev10

・シエル lev5


ーーーーーーーーーーー


レベルが四人よりも上がりにくいのは、種族の違いと最初の方にほとんど攻撃しなかったためだろう。


そしてさあ帰ろうとした時、


「何か聞こえないか?」


クロが何かに気づき、それに釣られてシロが足を止めたその瞬間、



金属を擦り合わせたような不快な音が上から響いた。



あまりの不快感に痛くなる頭を抑え、見上げたそこに、奴はいた。


「え?」


硬質な鱗とギラリと光る牙。大きな羽を動かし、空中に静止しているのは


「ドラゴン…」


なんで?こんな初心者フィールドにこんな奴がいるの?


ドラゴンは私を見据え、ゆっくりと地面に着地する。そして、もう一度咆哮した。


***


今日、この日。


ここが最大の転換点だったのだろう。この世界を正しく世界と認識し、私が彼らとの交流を始めるまで、





あと七日。





***


ドラゴン


数十年に一度目撃されるかどうかと言う希少性から、その存在を疑うものも多かった幻の種族。しかし、竜姫の存在が世に知れ渡り、それと同時に我らと交流するようになる。

普段は温厚で余程のことがなければ攻撃してくることはない。しかし、その怒りに触れれば最後、国ごとこの世から存在を抹消されるであろう。かの邪竜大戦初期のように。[王立図書館蔵『種族図鑑 その一』より抜粋]

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