File5 後日談

 ウィビウスがロクサナを捨てたという話を聞いたのは、彼から相場の五倍の報酬を受け取った三か月後のことだった。

 ユリカゴの危惧した通り、生まれて来た赤子は障害を持っており。生まれながらにして、片目の眼球が存在しなかったという。

 ロクサナはそれでも、我が子を愛おしく思ったそうだが。ウィビウスは愛を注ぐどころか不気味がって、ロクサナと言い争うようになった。

 その末に彼はロクサナと赤子をアトリエから追い出し、今は新たに見初めた貴族の令嬢と、近々正式に婚約を結ぶようだ。

 その話を聞いた時、俺は死に際のウィーラが言った言葉を思い出した。

『それじゃ、さようなら。地獄からあなたのことを呪ってるわね』

 生まれて来た赤子に障害が残ったのは、悪魔の瘴気と俺の実力不足のせいなのは間違いないだろうが。

 それでも俺は無意識に、塵となって消えたウィーラに囁いていた。

 ウィーラ、お前が地獄からどれだけ呪詛を投げかけようと、ウィビウスにそれが届くことはない。あの男は、そういうどうしようもない人間なのだから。

 もっとも。捨てられたロクサナの方はユリカゴに紹介された支援組合を頼り、今は自立してヴァルベロンから少し離れた小さな町で、花屋の店員をやりながら赤子を育てているという。

 ユリカゴは相変わらず、レクイエム横丁の最奥で産婦人科医をやっている。商売柄客足が途絶えることはないため、何だかんだで忙しくしているそうだ。

 そういえば今回の報酬を何に使うのかと、アトリエの外で煙草を吸いながら、俺がユリカゴに聞いた際に、彼女はこう答えていた。

「そうねえ。恵まれない子供たちの為に、寄付でもしようかしら」

 本気か冗談かは分からないが。ユリカゴは本当に心から、子供のことを想っているのだろう。彼女の過去に何があったかは知らないし、知るつもりもないが、その事だけは確かな事実に思えた。

 業務日誌を書き終えた俺は、ペンを置くと机に腕を乗せて、その上に顔を乗せる。

 今日は気持ちのいい晴天で。ウィビウスから依頼を受けた日とは、真逆の空模様となっていた。

 近くに置かれた新聞には、戦況がさらに悪化したという見出しがでかでかと掲載されていた。この瞬間も遠くの戦場では、誰かが誰かを殺しているのだろう。

 今のところヴァルベロンは無事だが、戦火が及ぶならば、この事務所を引き払う必要があるかもしれない。

 必要な書類を整理して、逆に必要のない物は出来る限り処分して。大家のスアンとも相談して、それから……。

 暗く重い思考とは裏腹に、気が付いたら俺の意識は、淡いまどろみの中に落ち込んでいった。

 それはまるで、過ぎ去った日々の愛おしい時間のように―――。

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