08――お客様からの手紙と新機種体験会


 着台してからそろそろ3ヵ月、離職率の高いこの業種ではそろそろ一端の戦力としてリーダーとかSVからは期待される頃だ。


 私も過大な評価をもらえているのか、新人さんが着台前に先輩の対応を聞くモニタリング研修に駆り出される事も多くなり、普段より緊張しながら対応をする日々を送っている。


 まぁ、教育担当の部署である品質管理の新人教育チームも気を遣って、隣で対応を聞く新人さんは女子ばっかりにしてくれているから少しは気が楽なんだけどね。出会ったばかりのチャラ男みたいな奴の担当になったら、うっかり手を出しかねない。(暴力的な意味で)


 超レアな案件以外はサラッと案内して対応を終わらせられる様にはなったんだけど、たまにお客さま個人の事情で『これどうしたらいいんだろう』って悩んで対応時間が伸びる事がある。この間受けた電話であったのは、田舎に住んでらっしゃるお客さまの家の周りに携帯電話ショップがなく、お客さま自身も機械に明るくないから電話での操作案内が難しいという困った案件だ。


 たまにいない? 画面のこの部分についてどう表示されているのか教えてほしいのに、全然違う明後日の箇所の事を言ってくるお客さま。画面について答えてくれるならまだいい方で、質問と全然違う話題をこっちに振ってくるお客さまもいる。そうなったらもうこちらとしてはお手上げだ、対面で実際に画面を確認しながら話せる様にショップへの誘導しかできなくなる。


 でもこのお客さまの家からうちの携帯会社のショップは100km近く離れていて、そこにご足労頂くのもなぁと悩みながら1時間ぐらい対応していると、うちの班のリーダーが様子を見に来てくれた。普段はどんなに長くても10分以内で対応を終了させている私が、珍しくロングで対応していたので心配してくれたのだろう。


 お客さまは年配で操作が心許ない事や、お住いの地域にショップがない事。特に威圧的な態度でもなく、返答が明後日の方向に返ってくる以外は普通のお客さまなのでどうにか解決の道を探っていた事を告げると、リーダーはそのまま通話を引き取ってくれた。あのまま私が対応していてもただ時間を無駄にしていただろうからありがたかったけど、どんな結論に落ち着くのかがすごく気になった。


 休憩時間前にリーダーに聞くと、結局ショップに行ってもらうように誘導して対応を終了したらしい。近所にショップがないというお客さまの声は承れるけれど、現状はこうするしかないという事だった……確かにそうだよね。携帯電話会社のコールセンターとしても、対応できる事には限界がある。お客さまの不満を受け止め、それでもできない事はできないとやんわり断る……このさじ加減が難しい。


 次に同じ様な案件がきたら私がちゃんと終話まで一人で出来るように頑張ろうと思ったその1週間後、本社のお客さま相談室にそのお客さまから直筆のお手紙が届いたそうだ。ひとつは親身になって話を聞いて寄り添った対応をした私への感謝状、そしてもうひとつはこちらの都合を無視してバッサリと切り捨てたリーダーへのクレーム。実物を見せてもらったけど、こんな内容が達筆な筆文字で書かれていて、その迫力に圧倒されてしまった。こちらで答えられる事は決まっているけれど、無理だと断る前にどれだけお客さまに寄り添うのかが大事なんだなという事を学ばせてもらった一件だった。


 まぁ実際はリーダーの対応の方が一般的だと思うんだけどね、私達だって対応件数や通話時間、後処理時間が給料に直結するんだから。なかなか一件一件の対応に心を砕く事は難しい、でも余裕がある時にはじっくりお客さまに向き合いたいと改めて思った。




「あれ? チャラ男もこの回なの?」


 毎年春と秋に発表される携帯電話会社の新商品、それが発表される前に私達テクニカルサポートに務めるオペレーターには、世間に先駆けて商品に触れる機会が与えられる。全員が一度に集まると誰も電話が取れる人がいなくなっちゃうから、何日か掛けて数人ずつが仕事を抜けてこうして集まるのだ。


 チャラ男は隙あらば私をからかってくるから油断ならないけど、機械についての知識は確かだ。隣にいればわからない事を教えてもらえるだろうから、気は進まないけど隣の椅子に腰掛ける。


「おう、チョビ。この回は俺らだけらしいぞ、端末も複数あるらしいし触り放題だな」


 無邪気にそう言って笑顔を向けられると、なんだか照れてしまう。あのチャラ男の乱とも言うべき出来事から、なんか世間を斜めに見ていたこいつのスカした態度が鳴りを潜めていて、私が気を張って心の中で壁を作っておかないと、するんと私の心に無遠慮に入ってきて変な気持ちになりそうだから。


 ふたりで他愛もない話をしていると、商品部の人が大荷物を持ってやってきた。そしてまず最初に机の上に出されたのは誓約書、新商品の事は発表日まで家族であっても話しちゃダメ。SNSなんてもっての他、もし書いてるのがバレたら解雇はもちろん損害賠償も請求するからよろしく。そんな当たり前なんだけど脅しに聞こえる内容が、重苦しい文字で書かれていた。


 私はなんだか緊張してしまって、ごくりとツバを飲み込んでからその誓約書に署名をする。それを回収すると同時に、数枚綴りのレジュメが私達の前に配られた。あ、私とチャラ男が使ってる機種の後継機が出るんだね。


 商品部の人が実機を持って色々と説明してくれるけど、どの辺が変わったのかよくわからない。テレビ機能がついたくらいかな? 説明が終わって自由に端末を触っていい時間をもらったので、その時にチャラ男にそう言ったら、呆れた様にため息をつかれた。


「それだけしか変わらないなら、新商品出す必要がないだろ。ほら、カメラの画素数や機能が増えてるし、チップセット……ええと、端末の処理のスピードとか動画再生を補助する部品が高性能になってる。画面の解像度も上がってるし……これ、機種の選定相談のお客様への訴求ポイントとして、チェックしておいた方がいいですよね?」


 ひとつのスマートフォンをふたりで顔を寄せ合って見ているから、チャラ男の顔がすごく近くにある。資料と実機を照らし合わせながら説明してくれるチャラ男の顔がいつもと違ってすごく真面目なのと、商品部の人への意見や提案が理路整然としていて。そのギャップに何故だか私の心臓が大きくとくん、と音を立てて跳ねるのがはっきりとわかった。

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