09――お問い合わせ、お待ちしております!
「あれ、あおってば珍しい。今日はアイツと一緒じゃないのね」
休憩室でお昼ごはんを食べていると、通りすがった同期の女の子がからかう様にそんな事を言ってきた。あやうく吹き出しそうになったおにぎりをすんでのところで耐えて文句を言おうと思ったら、あの子は笑いながら出口のドアの前でひらひらと手を振っていた。おのれ、からかいおってからに。
ちなみにあの子が言ったアイツというのは、チャラ男の事だ。まぁね、あの子が言ってる事もまるっきり嘘という訳ではなくて、あの新機種体験会以降は事ある毎にチャラ男が私の傍にいるのだ。住んでるところが違うから出社はバラバラだけど、退社時は私の準備が終わるのをわざわざ待っててくれるのだ。そうなると私が早く帰れる時も待たないと、なんだか負けた様な気分になるのは当然の事で。
帰りは殆ど毎日チャラ男と駅まで一緒に帰ってる。懐かれてしまったのか、それとも何か他に理由があるのか。一応遠回しに聞いてみた事もあるんだけどね、返ってきたのは一般論だった。
『女の子が夜道を一人で歩くのは危ないだろ』って、アンタそれ出会ったばっかりの時に私に向かって『小学生』って言った自分が聞いたらどう思うか想像してごらんよ。絶対お腹抱えて笑うと思うんだよね、あの頃のチャラ男なら。
あとね、私の事をチョビって呼ばなくなった。最初にあおいって名前で呼ばれた時はそりゃあびっくりしたよ、びっくりしすぎて心臓が変なリズムで踊りだしたぐらいに。なんで急に名前呼びなのかって聞いたら、友達なんだから当然だろって。そんでクイッって顎で何かを要求されたんだけど、何の事かわからずに首を傾げてたら『俺の事も名前で呼んでよ』と言われた。
チャラ男は彰(あきら)って名前なんだけど、そんなの彼氏なんかいなかった私にとってはハードルが高すぎると思わない? どうしても恥ずかしくて呼べなかったので『私の事はあおって呼んで、私もアンタの事チャラ男じゃなくてアキって呼ぶから』と宣言して、なんとかその場をやり過ごした。短縮したのひと文字だけじゃんって思うかもしれないけど、そのひと文字が大きいんだよ。と自分に自己暗示をかけつつ、今のところなんとか平静を装ってアキって呼ぶことに成功している。
でも今の私とアイツの関係って、本当に友達なのかな。友達でいいんだよね、あっちが友達って公言しているのは、多分『お前とはそういう関係になるつもりはない』っていう意思表示なんだろうし。でもそれなら、時々車が来た時に私の腕を引っ張って抱きとめながら守ってくれたり、頭とか背中とかさり気なくボディタッチしてきたり、そういう勘違いムーブは本当にやめてほしい。
私だって自分がそんなにひどい醜女だとは思っていないけど、この見た目のせいで男の子に縁遠かったからね。最近のチャラ……じゃなくてアキはこれまでみたいに嫌な事も言ってこないしからかってもこないし、穏やかに話してくれるし外見だけじゃなく中身も若干イケメンに感じている。だからさ、自分でもちょっと気になりかけてるのかなって自覚もあるんだよ。でもあっちは私の事を友達としか言わないし、これまで気になった男の子には似た状況で見た目を理由にフラレてるんだから惑わせるのは本当にやめてほしい。
あー、こんな事を考えてたらモヤモヤしてきた。時計を見ると休憩時間終了の10分前だったから、私はそのモヤモヤを残っていたカフェオレで喉の奥へと勢いよく流し込んだ。
メールアプリのアップデートに何やら問題が発生したらしく、受信したこれまでのメールが全部消えるという障害が発生した。当然コールセンターは大パニック、待ち呼がパンパンに膨らんでいるし1件の対応に最低1時間はかかるという地獄の様な有様だった。ガラケーだったらこんな事起きなかったのに、責任者出てこいと私も怒鳴りたくなるくらいだった。
なんとか打開策が実施されるまで2週間、遅すぎる通信会社側の対応に解約したお客さまも結構いるんじゃないかな? それと同時にコールセンターでも『やってられるか』と辞めていった同期や先輩、後輩も結構な数に上った。そのせいでなんと現在残っている同期は私とアキのふたりだけという、なんとも寂しい結果に。アキに『あおは辞めないよな?』って帰り道で聞かれたけど、辞める訳ないじゃない。だって他に働くところがなくて、コールセンターで働いてるんだから。怒鳴ってくるお客様もいるけど、実際目の前にはいないんだから危害を加えられる事もないし。結構私に向いてる職場なんだと思うって答えたら、なんだかホッとした表情で『そうか』と彼は頷いた。
きっとこれからもアキのこういう思わせぶりな態度とか言動に心を揺さぶられるんだろうけど、これからだってふたりが同じ場所に勤めるならまだまだ時間はたくさんある。ゆっくりと彼の気持ちとか想いとか、あと自分の彼に対する想いもひとつひとつ確認していきたいと思う。
夢も仕事も……あと、淡い恋心も。全部抱えてこれからも仕事に邁進していく所存です。だからお客さま、これからもお問い合わせお待ちしております!
お問い合わせ、お待ちしております! 武藤かんぬき @kannuki_mutou2019
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます