06――ファミレスにて


 このファミレスはビジネス街にあるため、夜はあまり混んでいない。お昼は順番待ちのお客さんがいっぱいいて、中に入れないくらいなんだけどね。


 入店してすぐに席に案内してもらって、ボックス席の角っこによいしょと座る。チャラ男が座る前に水を入れてくる、とドリンクバーのところに歩いていったので、素直に『ありがとう』とお礼を言って待機する。水が入ったふたつのコップを持って戻ってきたチャラ男はコトンと私の前に水を置いてくれたので、もう一度お礼を言ってまずは一口だけ口に含んだ。


 さて、何を頼もうかな。せっかくのオゴリなので、普段は食べないちょっと高めのところを攻めていきたい。悩んだ結果、ハンバーグとエビフライのセットをお願いした。チャラ男はミックスグリルにライス大盛りか、やっぱり男の子はよく食べるね。


「お前、その小ささでちゃんと全部食べ切れるのか?」


 お姉さんが注文を取ってから下がったところで、失礼な質問が飛んできた。でも顔にいつもからかってくる時の薄ら笑いが浮かんでないので、純粋に疑問に思ったのだろう。ならばこちらもツンケンせずに答えてあげよう、悔しいけど私が全体的に小さいのは事実なんだしね。


「これくらいなら食べられるよ。さすがにご飯を大盛りにしたら、お腹がはちきれそうになると思うけど」


 私が普通に答えると、チャラ男が意外そうな表情でこちらを見た。多分私が噛み付いてくると予想していたんだろうけど、そちらがケンカを売ってくるつもりがないなら、こちらだって普通に対応するさ。なんか狂犬みたいに扱われている様で、モヤッとする。


 それから料理が来るまでは、当たり障りのない事をポツリポツリと会話する。仕事の内容については、当然の事ながらこんな誰が聞いているかわからない場所では話せない。研修の時にも注意喚起があったんだけど、仕事場が入っているビルには別の会社のオフィスも違う階に入っている。その公共のエレベーターの中で仕事内容やお客様についての悪口をはばかることもなく言ったスタッフがいたらしく、他の会社から凄まじいクレームが入ったんだとか。


 他にも私達が使っている業務端末には、派遣先の携帯電話会社と契約しているお客様の情報がほぼほぼ入っていて、私達でも閲覧する事が可能だ。もちろんひと操作ごとに登録している指紋を読み取らないと画面は先に進まなかったり、誰がどの顧客の情報を見たのかというログを取られたりと対策はされているんだけど。


 ある時、有名な芸能人の人から電話が掛かってきたらしく、その人のファンだったスタッフがたまたまその電話を偶然に受けた事があったらしい。ちゃんと疑問にも答えて電話対応は完璧と言っていいレベルで終わらせたんだけど、その後がマズかった。なんとそのスタッフはその人がやっているSNSに『今日お電話で対応させて頂きました、また何かあれば連絡ください』みたいな事を書いてしまったらしい。


 問題にしない人もいるのだろうが、その芸能人の人は『まるで監視されている様でイヤだし、そもそもスタッフのリテラシー教育はどうなってんだ』と訴訟寸前にまでいったらしい。もちろんそのフタッフさんは解雇、なんとか損害賠償請求は免れたらしいけど、問題になるってわからなかったんだろうかと呆れてしまう。


 そんなあれこれを聞かされれば、私達も普段の言動に慎重にならざるを得ない。オペレーターの仕事をしている事は話すけど、通話内容やお客様への愚痴とかは業務フロアと休憩室以外では口に出さない。それがこの仕事を長く続けるコツだと、伊藤さんからも教えてもらった。


 お互いの地元の話とか、趣味の話とか。料理が運ばれてきて、それをモソモソと食べながらも続ける。へー、ギター弾けるんだ。私は下手くそだけどピアノがちょっとだけ弾けるよ、手がちっちゃいから1オクターブが届かなくて、色々練習したんだけどどうしようもならなくて最終的に先生から引導を渡されたけど。


 しかし普段はからかわれてケンカ上等でやり合うチャラ男の会話が、こんなに穏やかだったことがあっただろうか。いや、まだ初めて会ってからまだ2ヵ月経ってないんだけどね。それが短いって感じるぐらいには密度の濃い研修の日々だったから。


「そうか……そんなつもりはなかったんだけど、俺がチョビをからかいすぎてたんだな」


「なに? 突然そんな事言い出すなんて」


「いや、こうして普通に話なんてしたことなかったじゃん、俺ら」


 突然改まった感じになったから何を言うのかと思えば、すごく当たり前の話だった。私は思わず深いため息をつく。


「あのね、チャラ男。今までのアンタの周りがどんな感じだったのかわからないけど、普通はコンプレックスに思っている事を面と向かって言われたら、傷ついたり怒ったりするものだよ?」


「俺としては悪口って意識じゃなくて、イジってるだけだったんだけど」


「そういう言い訳もよく聞くけど。結局は言われてる側がどう思うか、だからね」


 チャラ男がこれからも今日みたいに普通に話すなら、数少ない同期だしトゲトゲせずに話せると思う。でもチビをイジってくるなら話は別だ、これまで通り思う存分トゲトゲさせてもらおう。


「……俺さ、お前と普通に友達になりたいから。今日からイジりは封印するわ」


「うん? それなら私は別に友達になってもいいけど」


 チャラ男がどういう意図でそういう事を言ったのか、本当のところは私にはわからない。でも普段あんまり見せない真面目な表情で真摯に頭を下げられたら、これまでの事は水に流してやってもいいかなって思うよね。


 ファミレスのテーブルの上でお互いに右手をにぎにぎと握手して、私はチャラ男という友人を手に入れた。でもよくよく考えたら普通の友人より同期の方が親密度が高そうな気がしないでもないけど、チャラ男的にはそれでいいのだろうか。


 『男の子の考える事はよくわからないな』と思いながら、私はドリンクバーでもらってきたカフェオレをこくりと飲むのだった。

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