05――チャラ男の乱の後日談
結局チャラ男の乱とも言うべき今回の話は、上の人が仲裁に入って事なきを得た。
なんか聞いたところによると、指導担当の女性は昔にチャラ男と同じ様な感じのヤツと付き合っていたらしく、弄ばれて捨てられる様に別れたそうだ。その時の憎しみがどうしても抑えられなくて、チャラ男に辛く当たって嫌がらせをした事を涙ながらに認めた。
うーん、同じ女としては同情はするんだけど、だからと言ってチャラ男とそのクズ男は別人な訳だし。混同されて嫌がらせされたチャラ男は、徹頭徹尾被害者でしかないと私は思う。上の人達や周りの同僚もそう思ったのか、机を蹴ったりした事は怒られたけどそれ以外はお咎めなかったらしい。
女性も指導担当から外れて、他の同僚達と変わらず電話を取ってるからお叱り以外の罰は与えられなかったのかな? まぁ本人達がそれでいいなら部外者の私が口を挟む事でもないので、あちらの事は気にせず私は私がやるべき事に専念しよう。
伊藤さんとのマンツーマンでの受電も、そろそろ1週間が経とうとしていた。最初の頃は問い合わせ内容を聞いていちいち保留して対応方法を尋ねていた私も、よくある内容であれば保留なしでクロージングまで持っていける程度には成長した。まぁ1日30本ぐらい電話を取っていればね、イヤでも成長はするよね。でもここまで平穏無事ではなかったよ、タチの悪いクレーマーもいたし女性オペレーターばかりを狙うヘンタイからの電話もあった。
クレーマーは付けてないと料金がハネ上がるオプションサービスを自分が断ったのに『そんなの聞いてない』と激高して、耳が痛くなるぐらい1時間ぐらいずっと怒鳴っていた。こうなるともう契約したお店の店員さんとの言った・言わないの話だから、お客さんの言葉の合間にお店に行く様に誘導するんだけど、そうすると『責任を代理店に押し付けようとしている』ってまた怒るんだよね。
かと言って適当にはいはいって相槌打っていると、狡猾な客だと罠を仕掛けてくる時がある。『俺の金の事なんかどうでもいいと思ってるんだよな?』とか言ってくるから、ちゃんと聞いてないと『はい!』なんて言っちゃったら大変な事になる。内心は『知らないわよ』って感じなんだけど、それを表に出す訳にはいかないから。
そんな紆余曲折を経て、本日ようやく伊藤さんから独り立ちの許可が出た。不安もあるんだけど、それよりも努力が報われた嬉しさが勝る。だって頑張ったもん、そりゃ喜ぶでしょ。
「しかしあおちゃんは手が掛からない子だったなー、俺も楽していつも通りの給料がもらえてよかったよ」
伊藤さんは皮肉屋さんだからこういう事を言うんだけどその実、真面目な人だというのは一週間の付き合いだけどよくわかってる。
「一週間ありがとうございました!」
「まぁ、これからも同じ班で仕事するんだから、また何かあったら頼ってよ」
「はい、それはもちろん。頼りにさせて頂きますね」
ちょっとからかう様に言うと、伊藤さんはそれでいいとばかりに笑った。『明日からは頑張ってひとりで電話をとるぞー』と気合を入れていると、ロッカー室にあの日以来久々に姿を見たチャラ男がボーッと突っ立っていた。ちょっと、アンタがもたれ掛かっているロッカーは私の場所なんだけど。
「チョビ、今日はもう上がりか?」
「うん、チャラ男は残業?」
あれから遅れを取り戻す為に残業させられていたチャラ男に当てこする様に言うと、彼も上がりだという答えが返ってきた。だったら早く帰ればいいのに、と思っていたら、なんとチャラ男がこないだのお礼とお詫びに夕ごはんを奢ってくれるというのだ。なかなか殊勝な心がけじゃないか、とせっかくのお誘いだし受ける事にする。
「んじゃ、どっか近くの居酒屋にでも……ってイテェな、何で殴るんだよ!」
「居酒屋は却下、年齢確認しつこくされるの面倒だし」
「……なるほど、どう見ても成人してる様に見えないもんな、お前」
余計な事を言うチャラ男のボディに、もう一発渾身のグーパンチを放つ。恵まれた身長と年相応の顔をしてるヤツに、私の苦労はわからないのだ。
「あそこのファミレスでいいよ、私あんまりたくさんは食べれないし。ふつうに1食分の食費が浮くなら助かるもん」
有名チェーンのファミレスがこのビルの直ぐ側にあるのでそう言うと、なんだかチャラ男は変な表情を浮かべてポツリと呟いた。
「安上がりな女だな、お前」
うるさいよ、重ね重ね失礼だなコイツ。そんな感じでワーワー言い合いながらロッカーから荷物を出すと、すぐに横からチャラ男がカバンを奪ってくる。
「持ってやるよ、お前の身長でこのデカさのトートバック持たれてると、一緒にいる俺が非道い野郎に見られるからな」
「……本当にデリカシーがないね、アンタってヤツは」
思わずジト目で責める様に見てしまった私は悪くないと思う、私だって自分の身長に対してこのカバンは大きいと思っているけど、いっぱい荷物が入る方が楽なんだもん。仕方ないじゃんか。
私が帰る準備が終わったのを確認したチャラ男は、何も言わずに出口に向かって足を踏み出す。私は慌てて置いていかれないように、その背中を追いかけて早足で歩き始めるのだった。
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