04――チャラ男の乱
いよいよテレオペレーターデビュー! とは言っても最初はひとりで電話を取る訳じゃなくて、先輩が隣についてくれるんだけどね。
ということで出社すると、班の中で付き添ってくれる先輩を紹介される。私には無精髭を生やした茶髪の男性、チャラ男には真面目そうな黒髪ロングなお姉さまだった。チェンジ、チェンジを要求します! 絶対私と合わないよ、この人。
なんて思っていた頃が私にもありました。ヤバい、この人。すごく面倒見はいいし、新人さんの面倒を見慣れてる感じがする。
伊藤さんという名前なんだけど、彼はいかなる時も慌てずに悠然と構えている感じがして、緊張して落ち着かない私もつられて落ち着いてしまった。伊藤さんは本当にすごい。
新人教育を頼まれる事が多いので、ホームセンターで材料を買って自分で指示用のプレートを作ったそうだ。『保留!』と書かれている反対側には『ゆっくり!』とあって、他の指示はないんですかと尋ねたら必要がないと返事が返ってきた。
とりあえず保留している間に他に必要な指示は伝えられるし、通話中はゆっくり丁寧に話す事ぐらいしか心がけなくていいと言われて、なるほどと思わず納得してしまった。
こうして横についてもらってお客様の対応をするのも3日目、ちょっとずつ様になってきたと思う。伊藤さんからも、
「今回は楽でいいわ、村田さんは言葉遣いも丁寧だしお客さんを怒らせる事も今のところないから、ゆったり聞いてられる」
とお褒めの言葉を頂いた。どうやらあんまり喋る事や電話に慣れてない人だと、結構酷いやらかしをしてしまう事が多い様だ。
これがやる気を出させるためのお世辞だったとしても、褒められて悪い気がする人はあんまりいないと思う。私はむふーっと鼻息荒く専用システムにさっきのお客様の質問内容と私が行った対応を簡単にまとめて打ち込むと、対応可能な状態にするボタンをクリックしようとした。
ガァンッ!!
その瞬間、フロア全体にものすごく大きな音が鳴り響いて、思わずびっくりして飛び上がってしまう。慌てて音のした方に視線を向けると、チャラ男が立ち上がって付き添いの先輩を睨みつけていた。チャラ男が座っていた机が不自然にズレているところを見ると、さっきの音は多分チャラ男が机を蹴っ飛ばしたのだろう。
「……やってられっか!」
吐き捨てる様にそう言って、チャラ男はフロアを出ていく。ええーっ、帰っちゃうの? まだ勤務時間中なんだけど、とオロオロしていると、伊藤さんが私にこそっと聞いてきた。
「あの子、村田さんの同期?」
「そ、そうなんです。いや、普段はあんな事するヤツじゃないんですけど。チャラチャラしてて嫌味とかも言ってくるけど、結構いいヤツで……」
私が詰まりながら言うと、伊藤さんは小さく笑った。そして10分間の休憩を私に言い渡すと『行ってあげなよ』と私の背中を優しくポンと叩いた。
本当ならステータスを休憩に変更しないとダメなんだけど、私は急いでチャラ男が出ていったドアへと向かう。歩幅が違うからエレベーターホールで追いつけなかった場合、多分そのまま見失ってしまうだろう。
一生懸命足を動かして駆け足で進むと、なんとかエレベーターホールにいるチャラ男を発見。そのままチャラ男に向かって体当たりする。
「なにやってんのーっ!」
チャラ男の胸に飛び込む感じになってしまったが、これは頭突きだから問題ない。しかも身長差があるせいか、私の頭がうまくコイツのみぞおちに当たったみたいで、うめき声を上げながらしゃがみ込むチャラ男。
「お、おまっ……なにし……」
「アンタこそ何してんのよ! いきなりあんな大きな音立てたら、みんながびっくりするでしょうが!!」
私がそう言うと、チャラ男はバツの悪そうな顔をしてポツリポツリと経緯を話し出した。チャラ男の指導を担当していたあの真面目そうな女性、チャラ男みたいなチャラチャラしたヤツが嫌いなのか、それとも男性自体が忌むべき対象なのかはわからないけど、チャラ男の一挙手一投足にダメ出しばっかりしてきたそうだ。
お客様の質問にちゃんと答えられてもダメ、丁寧に対応して『ありがとう』と言ってもらえてもダメ。どうでもいいところばかりをネチネチと責め立てられたらしい。さすがにそれを3日もやられたら、私もちょっと『やってられないな』って気分になると思う。チャラ男はよく耐えたんじゃないかな?
でも、いきなり机を蹴るのはどうかと思う。チャラ男が悪者になるだけじゃん、こういうのはちゃんと上の人に話を通して根回ししてから担当の先輩を変えて欲しいとかお願いするべきだよ。
私がそう熱弁すると何故かポカーンとした顔で聞いてたチャラ男が、何が面白いのか小さく『プッ』と吹き出して笑い出した。何笑ってんだコノヤロウ、アンタのこれからについて話をしてるって言うのに。
ムッとした私は、『カッとなったからってすぐ物事を投げ出すな』ってチャラ男の頭をペシンと叩いてやった。そうやって逃げ続けても、いつかは嫌な事と向かい合って戦わないといけない時がくるんだから。
「チョビ……お前、男前なヤツだな」
笑いすぎて涙が出てきたのか、目元を拭いながら言うチャラ男の頭をもう1回叩く。私はどこから見ても可愛い女の子だってば、というかいつまでチョビ呼ばわりするつもりなんだろうか、こいつ。
もういいや、無理矢理にでも連れて戻ろう。起き上がったチャラ男の手を無理矢理に取って、引っ張る様に歩き出す。私の力でこいつを引っ張れる訳がないので、チャラ男自身の力で歩を進めているのだろう。戻るのが照れくさいとか恥ずかしいとか色々思うところがあるのだろうが、時間が経てば経つほどこういうのは戻りにくくなるのだ。今ならまだ笑い話で済むと思う。
とりあえず伊藤さんにも話を通して相談かな、上の人がちゃんと話を聞いてくれればいいけど。ちょっとだけ不安に思いながら、私はフロアに繋がる扉の横にあるカードリーダーに自分のIDカードを押し当てた。
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