03――研修終了


 やったよ、機械音痴の私でも端末の段階をクリアできたよ!


 いやー、この1週間は本当に辛かった。友達にも協力してもらってメールのやり取りをたくさんしたり、とにかくスマホに触り続けた甲斐があったというものだ。


 すごく悔しいけど、チャラ男ともアドレス交換して色々とスマホの事を教えてもらったりもした。ヤツのおかげとは絶対に言いたくないけど、少しだけヤツの貢献があったから合格できたのかもとは思わなくもない。


 ガラケーでの文字入力はボタンを押す度にあ→い→う→え→おと変わっていくトグル式――そう呼ぶ事をこの研修で知った――を使っていたのだけど、スマホになって新しく追加されたフリック方式を練習している。慣れるとこっちの方が早いらしいんだけど、私はまだまだたどたどしくて文字を打つのに時間がかかる。


 でもきっと問い合わせをしてくるお客さん達も私と同じスマホ初心者だから、新しい事にチャレンジしておかなくちゃ。聞かれた時に困るもんね。


 そしていよいよ研修も最後の段階、お客様対応に入った。最初は敬語の復習から始まったんだけど、尊敬語とか謙譲語とかおぼろげにはわかってるけど咄嗟には出てこないよね。


「村田さん、また『よろしかったですか』が出てるよ。それは間違った敬語だから使わない」


「は、はいっ!」


 この段階の教育担当は、これまでと同じ品質管理部の人なんだけど、キリッとしててカッコいい感じの女性だった。癖になってるのかお客様に尋ねる時にどうしても『よろしかったですか』と言ってしまって、ピシャリと注意されるというのを繰り返している。まずいなぁ、ちゃんとしないと。


 私の失敗を見てニヤニヤしているチャラ男は、語尾を伸ばすなと教育担当さんに強めに怒られていた。確かに語尾が伸びてるとなんかバカにされてる感じがするもんね、わかるわかる。


 最後の研修までに残った同期生は10人、それを5人ずつに分けてふたりの先生が担当する感じで研修が進む。先生と5人のうちの誰かがロールプレイングという対応練習をしている間も、ぼんやりなんてしていられない。だってどんな問い合わせ内容を言われるのかわからないんだもん。


 画面が点かない、音が鳴らない、フリーズして動かない等、機械だからこそ起こるトラブルは様々だ。例えば音が鳴らないって問い合わせでも、何をした時の音なのかをお客様からうまく聞き出さなきゃいけない。着信音なのか、動画の音なのか、思い込みで案内したらクレームになる可能性だってあるのだ。


 傾聴の姿勢が大事だと、先生はよく言う。私も自分の話ばかりで友達の話を聞き流してる時も多々あるので、これからは傾聴を座右の銘にして生きていきたいと思う。


「それでは、今日の研修はこれまで。最後に実際にあったクレーム事例を紹介します」


 先生はそう言うと、訥々と語り出す。その電話を受けた人は新人さんで、まだ初々しい感じが残る女性だったそうだ。それを客に感じ取られ、付け込まれたらしい。


 『スマホが壊れている、どうしてくれる』と詳しい症状を言わずに補償しろ、弁償しろと捲し立てたらしい。彼女の様子がおかしい事に気付いたリーダーさんがモニタリングに入ったが、取り付く島もなかった為に自分に代わる様に言ったが、客側が代わる事を許さなかったそうだ。


 1時間程彼女は頑張ったが、一向に進展しない話にしびれを切らし、強引に保留にしてリーダーさんが通話に割り込んだ。普段ならそんな事はしないそうだが、あまりにこの客が悪質だった為にこの様な措置をとったらしい。


 電話では状態が確認できない為、近くにあるショップへ誘導するも客は納得しない。そんなこんなで4時間程話した結果、客側も面倒になって自分勝手に電話を切るというなんともモヤモヤする結果になったそうだ。


 正直なところなんだかよくわからない話だなぁと思っていた私だったけど、最後に先生はこう言葉を続けた。


「実際に着台して電話に出る様になると、常識では考えられない様なクレームを言ってくる人や、セクハラみたいな事を言ってくる人もいます。でもそんな時は班のリーダーに何かしらアクションを起こしてください。リーダーは班の皆の事をちゃんと見てます、問題が起こった時は対処法を教えてくれたり電話を代わってくれたりもします。ひとりで抱え込まずにどうか仲間を頼ってください」


 その言葉に、なんだか胸の中にあった不安がスゥッと解けて無くなる様な、そんな不思議な感覚を覚えた。そうか、そろそろ本当にお客様からの電話に出る日が近づいてきて、私はきっと不安だったんだ。知識も経験もまったくない私がちゃんと対応できるのか、ひとりでやり切れるのかって。


 でもひとりで何から何まで頑張らなくてもいいんだ、リーダーさんやSVさんが助けてくれるんだと思うと気が楽になって、頑張ろうっていう気持ちになってくる。上手にできなくてもいい、とにかく最初は時間が掛かってもお客さんの疑問や要望に応えられる様に。


 その日以降の研修もその言葉を思い出しながら、私なりに努力を続けた。先輩の対応を実際に隣で聞くモニタリングでは、どんな案件で先輩はどんな風にお客様から状態を聞き出して、どういうアドバイスをしているのか、1件ずつメモに書き出す。もしかしたら私がひとりで電話に出た時に、同じ内容の問い合わせがくるかもしれないもんね。そう考えると、このメモは後に宝に化けると思う。


 その他にもロールプレイングや敬語の練習などを繰り返して、ついに最終段階の確認テストの日。私はなんとか合格を掴み取る事ができた、本当に嬉しい。


 ……あ、一応チャラ男も合格してたよ。最終的に残った同期は6人、男子4人に女子2人と男子の方が多いんだけど、仕事の内容的に男子の方が機械に詳しいから仕方ないよね。


 所属する班も発表になって、いよいよデビューだ……って思ったら、なんでチャラ男が一緒の班なのよ。すごく納得がいかない!

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