02――機種変更しよう
この研修には3段階の項目があり、段階が終わる毎にテストがあるらしい……というか、ある。私達は用語とかプランとか、専門用語だらけの研修をなんとか乗り越えて見極めテストを受けた。
結果、一緒に研修を受けていた中で10人の仲間が脱落してしまった。え、ちょっと待って。この減り方だと3段階目の試験の時に、誰も残ってない可能性が高くない?
腹立たしい事に隣の席のチャラ男も残っている、まぁあれからも色々教えてもらったしね、邪険にするのはやめてやろう。呼び方は多分どちらかが辞めるまで、ずっとチャラ男だろうけど。
2段階目は機械についての研修だ。私達が操作案内をするスマートフォンには、アンドロメダというOSが搭載されている……って資料に書いてた。これはスマートフォンを支配する親分みたいなもので、その配下にインターネットやメールを見るソフトがいるらしい。
それぞれに研修用の機械が渡されて、私の手にも青い機械が握られている。うわ、画面が大きい。今使ってるガラケーの2倍はありそう、でもボタンは3つしかないんだね。あれ、電源ボタンはどれだろう?
私が百面相しながらあっちこっち触っているのを見ていたのか、チャラ男が隣から体を私の方に乗り出して、横の方にあったボタンを長押しする。なるほど、そこか。
画面に通信会社のロゴとか色々文字が出てくるのを見届けた後、チャラ男にこっそりとお礼を言った。
「チョビ大丈夫なのか? 電源もすぐに入れられない様じゃ、この研修でお別れかもな」
「そ、そんな事ないもん。ちゃんと先生の話を聞いてたら、使える様になるんだから」
チャラ男の嫌味になんとか強気に返した私だったけれど、内心では焦りしか浮かんでこない。だって画面にマークがいくつか出てるんだけど、どれを触ったらいいのか全然わからない。パソコンだと青いeのマークをカチカチすればインターネットが出てくるけど、これは全然何をどうすればいいのかが予想できない。
「それでは、まずは電源を入れてみましょう」
先生(品質管理部という部署の人らしい)がそう言うのを聞いて、私はキッとチャラ男を睨んだ。ちゃんと手順を踏んで教えてくれるんじゃん、不安になって損した。メモにスマートフォンに見立てた縦長の長方形を描いて、右側面の部分に矢印を向けて『電源ボタン』とメモしておこう。
電源が入るとそれぞれのアプリの説明が始まり、画面の下にあった3つのボタンの役割も判明した。真ん中のボタンがホームボタン、アプリを使ってる途中でもこれを押せば最初の画面に戻れるらしい。そして左側のボタンが戻るボタン、画面をひと操作分前に戻してくれるらしい。更に右側のメニューボタン、これはアプリによって違うけどメニューを表示するらしい。
らしいばっかり言ってるけど、ちゃんと自分で触って確認したよ。こうして実際に触って動作を確認しないと納得できない性質なので、この研修のやり方は非常にありがたい。
でも今日1日の研修を思い出すと研修以外でも触れる様に、自分の携帯をスマートフォンに変える必要があるかも。自分を追い込まないと、多分この2段階目の研修はクリアできそうにない。
就業後に駅の近くにある大きな家電量販店に入って、携帯電話コーナーに向かう。まだ3分の2ぐらいはガラケーだけど、以前に比べるとスマートフォンの売り場面積は増えている様に思える。
「おっ、チョビじゃねーか」
「……チャラ男、何しに来たの?」
私がスマートフォンを物色していると、後ろから軽薄な声が飛んできた。振り向くまでもなく、さっきまで一緒に研修を受けていたチャラ男だとわかる。まさか仕事場以外でも会うとは、と思いながら尋ねると、チャラ男は飾ってある見本を手にとった。
「いや、使ってみたら結構いいなと思ってさ。研修でやった事も復習できるし、いっその事機種変しようかなって」
まさか同じ事を考えているとは、チャラ男のくせに意外と真面目なんだなとほんの少しだけ見直す。しかし、値札を見たらちょっと怯むなぁ。だって5万円だよ、分割で買うつもりだけどお財布へのダメージがツラい。
覚悟を決めて店員さんを呼ぶと、なんとチャラ男も便乗しやがって、結局ふたりで一緒に機種変の手続きをする事になった。しかも機種も同じで色違い、本当にありえない。
店員さんがチャラ男の事を『彼氏さん』って呼んだ時には、ふたりで『彼氏じゃない!』ってハモっちゃったのも最悪だった。
なにはともあれ、スマートフォンを手に入れる事に成功した私は、ケースとフィルムも一緒に買って意気揚々と帰宅できた。前の携帯電話に入ってたデータは、全部移してもらってるから、早速今日の復習をしようっと。
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