【13話】竜を屠る英雄 〜side:シグルズ〜
妖術師ルナローネの襲撃事件から半月が経とうとしていた。
地下水路の復旧工事は順調に進み、竣工式が昨日執り行われた。ストロマ村を救ってくれた恩人であるベアトリアは大々的に表彰された。
準備が整い次第、オールドマン男爵から褒賞が贈られることになった。
——赤竜ベアトリアは終始、居心地が悪そうだった。
その様子をルーファは心配していた。
ちょうどルーファは16歳の誕生日を迎えようとしている。求婚に対する返事を正式に返す期日。そのことが不安なのかとルーファは気にしていた。
両親も同じだった。女っ気のなかった1人息子がドラゴンと結婚する。どんな結婚生活になるのかと思い悩む。
「息子が結婚か。ほんのちょっと前まで雇われの傭兵に過ぎなかった俺が父親になって⋯⋯。次は祖父? はははははっ⋯⋯! 人生どうなるか分からないな」
早朝、ガルシモッドは裏庭で薪割りをしていた。森に仕掛けた罠を確認してから薪を作る。
冬に向けて、配給用の薪を作っておくのが普段の日課だ。余裕ができたら木炭作りにも手を出そうかと考えていた。
「——っ!? おいおい! 驚かせないでくれ」
汗を拭ったガルシモッドは、わざとらしく咳払いをする。傭兵時代に培った気配を読む能力が、この男にはまったく通じない。
「心臓に悪い。近くにいたなら声をかけてくれたっていいだろ。薪割り斧の手元が狂ったぞ」
この世にはドラゴンなど、一般的には上位種と呼ばれる強き者達がいる。
ルーファのようなヒュマ族は何の特徴もない短命種。繁殖力程度しか取り柄がないと思われがちだ。
——しかし、その認識は間違っている。
この世には〈英雄〉と呼ばれる超越者が現れる。たった1人で世界を救う英雄譚の主人公。ヒュマ族の中から出現する規格外の絶対強者。
「申し訳ありませんでした。声をかけたかったのですが、集中されているようでしたので⋯⋯」
「他人行儀だな。しかも、なんで武装してるんだ?」
「気配を遮断するためです。赤竜ベアトリアはゴーレムで家の周りに索敵網を築いています。さすがの私でも潜り抜けるのは難しい」
「まあいいさ。何の用だ。——シグルズ?」
竜墜のシグルズ。6年前、街を襲ったドラゴンを一撃で葬ったドラゴンスレイヤー。悪行を重ねていた剣鬼を征伐し、その名は大陸全土に知れ渡っている。
「ルーファのことで相談があります」
ガルシモッドはどういう反応をすれば良いのか迷う。
「ルーファのこと⋯⋯か」
「ええ。ガルシモッドの息子ルーファを今後どのように扱うべきか。私も頭を悩ませているのです」
シグルズには恩義がある。迷宮の最下層で重傷を負った妻のアンドラを救い出してくれたのはシグルズだった。
シグルズがいなければ、ガルシモッドは無謀な救助を試みて、妻のアンドラともども死んでいた。
受けた恩を何らかの形で返したい。そう思っていた矢先だった。シグルズは新婚のガルシモッドとアンドラに養子縁組を依頼した。
そして、ルーファを引き取り、実子として育ててきた。
「真面目な話だよな? 誕生日プレゼントの話だったなら、気楽なんだが⋯⋯。ちなみに俺はナイフを送るつもりだった」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「なんだ⋯⋯? 息子への贈り物としては駄目か?」
「喜ぶと思いますよ。ともかく、私が話したいのは赤竜ベアトリアの件です。貴方はルーファの父親ですから、話し合いは必要でしょう。それといくつか報告事項があります」
「それでわざわざ? ご苦労だな。シグルズ。貴方はルーファの遠い親戚、ってことになってる。だが、この秘密、いつまでも隠し通せないだろ? いっそ誕生日に教えてやったらどうだ」
「ルーファの出自を明かすのは時期尚早です。私との関係を知った場合、本国に強制移住となりますよ。その場合は
「ヴェリタス・シルワァ森林国の保護が得られるんだ⋯⋯。自由はないが安全なのは確かだろ。なにせ世界最強の軍事大国、妖精帝国——あのドラコニア連邦を打ち破った覇権国家だ」
「我々はドラゴンを保護していますが、教会と神殿の竜滅宣言が撤回されない以上、表立った活動はできません」
「後で教えるのは、それこそ恐ろしくないか? 貴方は6年前の竜退治で有名になった。剣鬼征伐の件で、吟遊詩人が触れ回ってるくらいだ」
「困ったものです。とにかく必要以上の情報は開示しません。不信感を持たれる可能性が高い。そもそも現状で問題は起こっていません」
「⋯⋯だが、貴方自身、迷っているんじゃないのか?」
全身鎧の騎士は沈黙する。
「ドラゴンにとって住み良い時代とはとても言えません。ですが、幸せになってほしいです。暗い山奥の廃鉱で孤独に百年以上も暮らしていたそうではありませんか⋯⋯。私のような詰まらない人間が持て囃され、迫害された弱い人々は孤独に耐える。そんな世の中は間違っています」
「竜退治は英雄の象徴だからな。貴方がそうであるように⋯⋯」
「英雄なんて虚像です。——私は単なる人殺しだ」
「それは自虐しすぎだよ。貴方のおかげで救われた人間もいる。俺や妻がそうだ。シグルズ、貴方は俺に新しい生活を与えてくれた。こうして田舎で望んでたスローライフだ。可愛い息子と一緒にな」
「そう言っていただけると心が救われます⋯⋯」
「悲観主義は程々にな。老け込むぞ。俺だけじゃないはずだ。貴方に助けてもらった人達は⋯⋯」
「私は自分の力が及ぶ範囲で、やれるだけのことをしただけです」
「そいつは心強い。貴方の後ろ盾は、世界最強の妖精帝国だろ。英雄シグルズともなれば、相当な権限を持っている。力の及ぶ範囲か⋯⋯。うちの息子は最高の幸せ者だ」
「宮仕えの身です。身内贔屓や公私混同はしませんよ?」
「お堅いな。他人事には首を突っ込むくせに、私事となると堅物ってのは良くない。損な生き方だぞ」
「正しく人生なら、私は損をしたって構いません。人々の幸福が私の幸せです」
シグルズはガルシモッドに小袋を押し付けた。
「待て⋯⋯これは⋯⋯。多くないか? 全部金貨だ」
「金貨は駄目ですか? それなら銀貨に両替しましょうか?」
「そういうことじゃない」
「受け取ってください。襲撃事件での活躍を評価し、臨時報酬が出ました。今回の件、よく働いてくれました。ありがとうございます。私が戦えれば一番良かったのですが⋯⋯」
「はは⋯⋯。何でだろうな。金貨の重み。傭兵時代は嬉しかったが、こうもポンポン渡されるとありがたみが薄れる」
ルーファの養育費については受け取りを拒否していた。しかし、シグルズは有無を言わさず押し付けてくる。
その結果、手付かずの箪笥貯金が相当な額に積み上がっていた。
「お金はあって困るものではありません。お納めください。協力者に報酬を支払っていないと、私が上から叱られます」
「もらっても使い道がないんだよ」
「偶には仕事を忘れて遊んでみてはどうです? 旅行もいいでしょう。私は都市部で生まれたので、ここのような大自然よりもあちらの方が過ごしやすい。良い物ですよ。街の活気も。ご夫婦で旅行に行かれては? 家族旅行も良いかもしれませんね」
「気が向いたらな。人混みはうんざりだ」
「そうですか。人混みが恋しくなったら私の祖国へ、ヴェリタス・シルワァ森林国に来てください。美味しいケーキのお店を紹介できますよ。アランベール王国では一般的ではありませんが、アイスクリーム屋もオススメです」
「あ、ああ。ありがとう。いつかな」
「それと⋯⋯お伝えすべき件としてもう一つ」
シグルズは最後の伝達事項をガルシモッドに話し始める。
「⋯⋯ルナローネと名乗っていた例の妖術師。我が国の諜報員が調べたところ、有名な殺し屋でした」
「そもありなんだな。あれは殺し専門の魔術師って感じだった。傭兵時代にもああいう奴がいた。人間の命を研究材料か何かと思っているような連中だ」
「その表現は的確です。人を殺しを請け負いながら、死霊術の腕を磨く犯罪者。魔術師連盟から破門を言い渡されていました。アンクハースト辺境伯は顧客の1人だったようです」
「物騒な奴を雇ったもんだ。こっちに過剰な戦力があったから倒せたが⋯⋯。村の人間だけだったらと思うとゾッとする。かなりの被害が出てただろうな。⋯⋯次はどうなる。アンクハースト辺境伯の報復を俺は憂慮しているよ」
「アンクハースト辺境伯は処刑されました」
「⋯⋯急な話だな。商会発行の新聞には載ってなかったし、ストロマ村に来た行商人は何も⋯⋯いや、貴方が言うなら、事実はそうなんだろうな」
「まだ公にはなっていません。表向きには病死と発表するそうです」
「⋯⋯やったのは貴方か?」
「我が国は何もしていません。アンクハースト辺境伯を殺したのは、教会の異端審問官です」
「異端審問官だって? なんでまた?」
「汚れ仕事を任されていた秘書官が死に、さらにルナローネが死んだことで、隠蔽していた過去の悪事が露見したのです。詳しい内容は不明ですが、教会の異端審問官を激怒させました。脳天に鉄槌が下るほど」
教会との情報取引があったため、シグルズは真相を伏せた。
異端審問官は行方不明の宣教師を追っていた。
アランベール王国を訪れた宣教師が行方不明となり、心配した知人が捜索に動いた。しかし、その知人も行方知れずとなった。
教会は異端審問官を現地に派遣し、内偵を開始した。そして答えに辿り着いた。
アンクハースト辺境伯の居城、その地下にあったルナローネの魔術工房で死体が発見されたのだ。
聖職者の死体を加工し、おぞましい
同時期、オールドマン男爵の代理人は、アンクハースト辺境伯の悪行を王に告発しようとしていた。
シグルズは教会の異端審問官に情報を提供した。
激怒した教会の動きは早かった。アンクハースト辺境伯に王が征伐に向けて、国軍を再編成していると吹き込んだ。
そして、教会がアンクハースト辺境伯を保護し、王から守ってやると持ちかけた。
教会の敷地内なら国軍も攻め込めないと、もっともらしい理由で誘き出し、アンクハースト辺境伯の首を刎ねた。さらに犯行に関わった者達も処断したという。
「天罰ってことか。人の死で喜びたくないが吉報だな」
明らかな内政干渉であった。しかし、教会を敵に回す余裕が、今のアランベール王にはない。
アンクハースト辺境伯は悪臣であったし、教会の関係者を殺めていた。未然に防止する義務が最高統治者たる王にはある。
王は事後承諾で教会の私刑を正当化した。宗教勢力に屈する形となったが、国を蝕む巨悪を掃除できた意義は大きい。
「それで、アンクハースト辺境伯の後釜はどうなりそうなんだ? あれより酷い奴が後継なら同じことの繰り返しだ」
「今回の騒動も踏まえ、アンクハースト辺境伯家は爵位剥奪。残された領地ですが王家直轄領しようと動いています。実現すればアランベール王の地位は確固たるものとなるでしょう」
「ほほう。そいつは好都合だ」
ラデイン河の水利権を王家が持つわけだ。国境沿いを流れるラデイン河は、農業用水だけでなく、隣国との交易にも使われている。
「我が国としても歓迎しています。アランベール王国は王権が弱く、政治情勢に大きな不安がありました。現王の改革が進めば、私利私欲で動く貴族達は減っていき、民の暮らしは良くなっていくでしょう」
その全権を握っていたからこそ、アンクハースト辺境伯は財政的に恵まれていた。
「期待しておこう。ところで、うちの凜々しいオールドマン男爵と国王陛下が親しいって噂。あれは本当なのか?」
「そうやって他人の色恋を冷やかしたりするのは、ガルシモッドさんの良くないところですよ」
「貴方ならどんな秘密でも知っているんだろ? 教えてくれたっていいだろうに」
「ガルシモッドさんの仕事には関係ない情報です。当人にお聞きしては? 身分を偽ってこの村に来ているのですから、直に質問することもできるでしょう」
「そんな勇気はないな」
「引き際を知っているのが、ガルシモッドさんの優れている点ですね。それは私は戻ります」
シグルズは話を強引に切り上げる。
伝えるべきことは話した。これ以上、無駄話をするつもりはないようだ。
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