【9話】キノコは全てを知っている?

 翌朝、僕とベアトリアは蓋付き水瓶を抱え、山道を一緒に歩いていた。


 ストロマ村の人々は、井戸水を飲用水としている。近くに河川はなく、地下水脈が唯一の水源だ。


 真水は生活必需品。水不足は人の生死に直結する問題だ。村では大勢の人が井戸を使う。


 人口が増えていくにつれて、清潔な水が足りなくなっていた。


 森番として村外れで暮らす僕らは、山峡の湧き水を生活用水にしている。


 岩石を削って作った貯水槽に湧き水を溜めて、必要な分を水瓶や樽で汲む。


 山中に家を構える森番の一家にだけ与えられた恩典の一つだ。


「あの貯水槽に溜めた水は、いざというときに村の人達に飲み水となる備えなんだ。でも、僕らが独占してるとストロマ村の人達には思われてるっぽい」


 現場で工事をしている村人の飲み水として、僕らは山峡の湧き水を運んでいた。


 湧き水で満杯にした水瓶を届けて、空の水瓶を回収する。


 その翌朝に空の水瓶に水を注いで再び届ける。


 あとは繰り返しだ。


「おや⋯⋯? あれは歩き瓢茸ひょうたけかな? 久しぶりに見た」


 ガサガサと草を踏み付ける音の先に、大きなキノコがテクテクと歩く姿があった。


 茶色の傘に白い斑点が特徴的な巨大キノコ。胴体部から短い手足が生えている。


 ジメジメしたところを探して森を歩き回る無害な菌類だ。実害があるとすれば、たまに柵を壊すことくらい。


 愛らしい見た目なので、飼育している好事家もいるそうだ。


「子連れのウォーキング・マッシュルームだな。水路の工事で村人達が山中に入ってきたから住処を移すつもりなのだろう」


「頭のあれ、植物の種かな? カサに木の実をたくさん乗せてる。なんでだろ」


「奴らは腐葉土や樹木の根から栄養を得ている。種を運ぶのは森林がなければ、奴らも生きていけぬからだ。植物の種を運ぶ習性は、森を広げるためとされている」


 先頭を歩く大きなキノコは僕と同じくらいの背丈だ。


 その背後に小さいキノコが隠れていた。子供達も頭の上に木の実を山積みにしている。

 

 大人しい生き物なので、人を襲うことはまずない。


「こちらを警戒しているようだ」


「わざわざ捕まえたりしないけどね。毒キノコは食べられないし、鹿や猪みたいに農作物を荒らすこともない」


 歩き瓢茸の一群は木の陰で様子を窺っている。目がないのでどちらが正面なのかは分からない。だけど、僕とベアトリアをずっと見ているように思える。


「逃げようとしない。いつもなら、逃げていくのに⋯⋯。キノコって知性があるの? 僕の言葉を理解してくれたりするかな?」


「意思疎通はできぬ。言語を解しない生物だ。ウォーキング・マッシュルームは原始的な精霊に近しい。フェアリーのような幻想種や霊的な種族であれば感情を伝え合うことができる。あるいは特殊な異能持ちなら話は別だ」


「ドラゴンにはできないの?」


「私はできない。できるドラゴンもいるにはいる」


「そっか。でも、意思疎通ができなくても分かり合えることもあるよ」


 僕は水瓶の蓋を外した。


「何をする気だ? ルーファ⋯⋯?」


「たぶん⋯⋯、逃げない理由は僕らの運んでる水が目当てなのかな」


 中に入っていた水を地面に流した。乾燥してひび割れていた土が水を吸って茶色に染まる。


 このあたりは日当たりが良いせいで、地面がカラカラに乾いていた。


 十分に育った草木であれば問題なく耐えられるが、発芽したばかりの幼いキノコには辛い場所だ。


 水の気配を感じ取り、親キノコに隠れていた小さな子どもキノコが飛び出てきた。


「ベアトリアが持っている水瓶の水も地面に流して。やっぱりだ。僕らが運んでた水がほしかったんだよ」


「⋯⋯いいのか? 私達が運んでいた水は、村の人間どもに与える飲み水だろう。こいつらに恵んでやったら、私達は汲み直して運ばなければならないぞ」


「うん。そうだね。もう一度、汲み直せばいい。たいした手間じゃないよ。それにさ、彼らが何か恩返しをしてくれるかもしれない」


「分不相応に二足歩行しているが所詮は下等な菌類だ。連中に知能はない。期待できぬな」


 そう言いながらも、ベアトリアは歩き瓢茸の子ども達に水瓶の水を浴びせかけた。


 意思疎通はできない。でも、喜んでいるような仕草をキノコ達はしてくれている。


「理由もなく誰かを傷つける人がいるんだ。だったら、理由もなく誰かを助ける人がいたっていいはず、と僕は思うんだ」


「私はそう思わぬ」


「うん。うん。ベアトリアもそう思ってくれ⋯⋯ぇ⋯⋯? あれれ⋯⋯?」


「ルーファは学ぶべきだな。清く正しく生きた者が必ず報われるとは限らない。私が水を捨てたのは、好感度を稼ぐためだ。こうしてルーファを手伝っているのも、見返りが期待できるからだ」


「そんなの捻くれてるよ。あ〜、やだやだー。僕はもっと楽観的に物事や世の中を考えるよ。だから、報われるように努力し続ける」


「度し難い。ルーファは私の父と同じ種類の人間なのだな⋯⋯。その生き方は損をするぞ」


「買いかぶりだよ。僕はベアトリアのお父さんほど立派な人間じゃない。でもね、僕ができる範囲で頑張りたい。できることより、できないことのほうが遥かに多いよ。それでも⋯⋯僕は頑張り続けないといけない」


「偽善とは言わぬ。だが、感心できぬ道楽だな。短い間しか共に過ごしていないが、もっと自己中心的な欲求を露わにすべきだと思うぞ」


 ベアトリアは何やら不安そうな表情を浮かべている。


 昨夜、ベッドの中で教えてくれた父親の話を僕は思い出す。


 きっとベアトリアの父親は自己犠牲を厭わない高徳の人だった。そうに違いない。


 そして、僕を心配するアトリアもそうだ。父親の気高い精神を受け継いでいる。


「つまり夜這い? ベッドで夜襲しろってこと?」


「そういうことだ。『据え膳食わぬはオスの恥』という言葉がある。それとも受け身なのか? 私から手を出すのを期待しているような気もしてきた」


「まだ我慢してよ。人気のない山林だからって乱暴したりしないでほしいな」


「分かっている。襲うにしても場所は選ぶ。キノコどもに見られるのも興が乗らぬ。そもそも野外では身体が汚れてしまう」


 ベアトリアの言い方を借りれば、僕らは短い間しか共に過ごしていない。だけど、僕の意思を尊重して手篭めにしないあたり、やはりそうなのだ。


 ——悪ぶっているだけで、ベアトリアは優しい女性だ。


 僕とベアトリアは空になった水瓶を抱え直し、進んできた山道を引き返す。歩き瓢茸の子ども達は湿った地面に両足を突き刺して水分を補給している。


 一番大きな親キノコは、去っていく僕らの後ろ姿をジッと見つめていた。


(何であのキノコ達、まだ僕を見てるんだろう。さすがにもう水はあげられないよ⋯⋯)




 ◇ ◇ ◇



 

「いつもご苦労様。ルーファ君、それとベアトリアさんも」


 工事現場に到着すると護衛騎士のギャリーが迎えいれてくれた。寝泊まりする拠点は地下水路の入り口付近に設置されている。


「水瓶はあっちの天幕テントに運んでくれ。それと次に来るとき、松明用の獣油や松脂を持ってきてほしい。私は昼過ぎまで休憩する」


「了解。空になった水瓶は回収していくよ。それとギャリーさん。無理はしないでね」


 水瓶を交換して天幕を出ると、思わぬ人物と遭遇した。


 僕はちょっと苦手にしている相手。でも、挨拶しないわけにはいかない。


「こんにちは。村長さん。工事の視察ですか?」


 目の悪いストロマ村の村長がいた。村で一番の知恵者。そして、地下水路の復旧工事には否定的な意見を持っているらしい。


 そんな噂を聞いている。数年前に奥さんを亡くしてからは奇行が目立つ。だから、そろそろ村長の交代を誰もが考えていた。


「——お前。誰じゃ?」


「彼女はベアトリアです。僕の父さんの遠い親戚の友だ——」


「——違う! お前じゃ!」


「え。僕ですか?」


「そうだ。そっちは知っておる。ずっと昔からおった!」


 僕とベアトリアは顔を見合わせる。


「だが、お前は誰じゃ!? いつ村にきた!!」


 怒鳴られた。ベアトリアじゃなくて僕に質問してたらしい。


 覚えられていないなんて⋯⋯悲しかった。というか、忘れられたのかな。

 

「村長さん。僕はルーファです。ルーファ! 森番夫婦の息子ですよ!」


「⋯⋯儂は知らん。お前なんぞ知らんぞ。皆、お前なんぞ知らんと言っておるぞ」


「えぇ。皆って誰ですか村長⋯⋯?」


「儂の友人達じゃ。村の人間は知っておる。ちゃんと覚えておるんだぞ!」


「⋯⋯親戚の家に預けられてた時期もありましたけど、忘れないでくださいよー。村長」


「おかしな奴じゃ⋯⋯。まったくおかしい。理屈に合わん。誰も知らんのに、いつの間に入り込んだ⋯⋯。不気味なガキだ。森番の息子なぞ、儂は知らんぞ」


「じゃあ、今日から覚えてください」


「はぁ。困ったことになった。あれを掘り返してはならんのに。どうしたもんか⋯⋯。問題が山積みじゃな。若輩どもめ。儂をボケ老人扱いしよって。言葉に耳を傾けん。説得すらできん。頭がおかしくなってしまったのか? まったく、まったく⋯⋯」


 ぶつぶつとぼやきながら村長は去っていった。何だったんだろう。


「⋯⋯あの老人。ボケてるのか?」


「うん。最近は酷いみたい。森を彷徨いて、1人で喋ってたりするそうだから⋯⋯。父さんは村長が村で一番、賢い人だって言ってたけど、歳には勝てないんだよ」


「ヒュマ族は短命種だからな。哀れなことだ」


 そんな感じのプチイベントがあった。あの村長はいつになったら、僕を受け入れてくれるんだろう。


 ずっとあのままだとしたら、会う度に質問をされてしまうのかも。


「行こう。今日も仕事がたくさんある」

 

 土砂で塞がっている地下水路の復旧と並行して、村まで水を引く用水路の工事も行われていた。


「おい! この邪魔な岩をテコで動かすぞ! 下敷きになるなよ!! うぉっ⋯⋯!?」


「危なっかしいな。斜面を転がっていきそうだ。もっとロープ持ってこい! 岩をしっかり固定してから動かすぞ!」


「そっちに回れ! ちゃんと縄を握ってろよ?」


「たりめーだ! さっさとこの邪魔くさい岩をどかしちまおうぜ!!」


「いくぞ! 野郎ども! せーのっ! もっと力を込めろ!! いくぞ! せーの! どうした! もう一度だ! せーのぉッ!!」


 邪魔な大岩を運び出し、地面を深く掘っているのは、溜め池を造っているからだ。


 用水路に安定した量の水を流し続けるためには、大きな人工池を整備しないといけないそうだ。


「工事は順調そうだね。今のところ大きな事故も起こってないみたいで安心だ」


 怪我人の治療は神官のハルトラさんが行っている。今のところ、突き指や腰を痛めたとか、その程度の負傷者しか出ていない。


「どうしたの? ベアトリア? 珍しいね。足を止めて工事風景を見ているなんてさ」


 空の水瓶を持ち帰ろうとしていると、ベアトリアが汗を流す村人達に視線を向けていた。いや、そうじゃないみたいだ。


 ベアトリアが見ているのは岩だ。


 注意深く観察すると地中に埋もれていた岩石はがある。自然の造形ではなさそうだった。


「変な岩だね。あの岩がどうしたの?」


「動かさないほうがいい。あの岩は」


「どうして? 水路の邪魔になるんだ。あの岩は何日も前から退かすって言ってたよ。砕こうとしても割れないから、転がして移動させるんだってさ」


「⋯⋯岩が倒れて下敷きになるぞ」


「え? たくさんのロープで括ってるけど、それでも危険?」


「あの細縄では強度が足りぬ。そもそも縄の結び方が間違っている」


「普段は農作業をしてる農民だもん。工事は素人だからね。あのさ、僕⋯⋯。怪我人が出るのを見たくはないかな」


 僕がボソッと呟いた。それを聞いたベアトリアは僕の顔を見る。


 数秒間、彼女は何かを考える。


 そのあと、諦めたように短い溜息を吐いた。そして、持っていた水瓶を地面に置く。


「分かった。すぐ戻る。そこで待っていろ」


「うん。待ってるよ。ありがとう」


 ベアトリアは大岩を動かそうと悪戦苦闘する村人達のもとへと足を進めていく。ストロマ村で暮らす人々からすると、ベアトリアは謎の女性だった。


 開拓村であるため、土地を求めて新しい住人が増えることはよくある。


 他の農村に比べれば新参者を歓迎する土壌がある。しかし、ベアトリアは王族の如き風格を持つ美女だ。


 流れてきた入植者とは雰囲気がまったく違う。


 すれ違った村人は美貌に見蕩れて、呆けた表情で工具を手から落としてしまった。しかし、すぐさま正気を取り戻し、慌てた様子でベアトリアに声をかける。


「お、おい。近付くな。斜面の岩を動かしてるんだ。危ないぞ!」


「——邪魔だ」


 善意で注意をしてくれた相手に暴言を浴びせかける。


 刺々しい口調で放たれたベアトリアの言葉は、僕まで凍てつきそうになる。僕に見せている普段の表情とは違う。


 おそらく僕が何も言わなければ、ベアトリアは手を差し伸べなかったに違いない。


 ドラゴンは冷酷な種族なんだろうか⋯⋯。身内贔屓? いや、どの種族であろうと親しい人物には優しいものだ。批判はできない。


「うぁっ! あっ!? まて! やっ、やばい! 動かすのを止めろ!! 動かすな! そっちに倒れるのは不味いッ!!」


「え? 何なんだ?」


「ぼさっとするな! 岩が傾いてるんだよ! 離れろ!」


「ちょ、ちょっとまってくれ! 足! 靴紐が挟まっちまった!」


「バカ野郎! このままだと岩に押し潰されるぞ! ロープだ! ロープを持ってる奴! はやく引っ張れ!! 別の方向に転がせ!」


「うぐぅううおおお! もうやってる! 引っ張ってるぅ! だめっ! 手伝ってくれっ⋯⋯!」


「もっと踏ん張れぇええっ!」


「くっ、くそぉぉ! はやく離れてくれよぉ! なにやってんだよぉぉ!」


「もう無理だぁあーっ!」


「待って! 置いていかないでくれよぉっ!! くそっ! くそっ! 靴が脱げない! なんで脱げないんだぉ!!」


 大岩のグラつき大きくなる。


 岩の下敷きになろうとしている村人を助けるため、ロープを懸命に引っ張る。だが、非常にもロープは千切れてしまった。


(なるほど。これは不味い⋯⋯)


 靴紐を挟まれたせいで逃げられなかった村人は、死を覚悟したはずだ。


 巨大な岩石が軋み音をたてながら、自分の方向へ倒れてこようとしているのだ。


 咄嗟に持っていたスコップを支え棒にして巨岩の動きを止めようした。


 木製の工具はすぐさま砕け散る。スコップの切っ先で靴紐を切るほうが賢明だった。でも、緊急時に誰もが正しい判断を下させるわけじゃない。


「貴様らも邪魔だ。怪我をしたくなければ退い——」


 巨岩の前に立ったベアトリアは、怪訝な顔で硬直していた。信じられないものを見るような目だった。


 僕の特技は足が速いこと。岩が傾くのと同時に駆け出していた。


「——待て! 何している!? ルーファ!?」


 岩と地面の隙間にスライディングで突入し、取り残された村人を蹴り飛ばす。幸運にも靴が脱げてくれたようで、上手い具合に転がっていった。


 ——ごめんね。


 視線でベアトリアに謝る。


 ——縛りつけておくべきだった。


 ベアトリアの表情にはそう書いてあった。呆れ果てている。無謀な行為に及んだ僕を責める顔だ。


 僕は罪悪感を覚える。けれど、間違ったことはしていない。僕はベアトリアのを信じている。


 ベアトリアは卓越した魔術師である。だが、それ以前に最強種の竜族だ。


 ドラゴン族の特別な種族だ。不老でありながら、同時に病では死なぬ頑強さ。体液には強力な毒を宿し、口からは鋼をも溶かす灼熱の息吹を吐く。


 大神にも匹敵する強大な力を持つドラゴン。


 竜殺しの勇者は歴史書で語っていた。


 竜の誇るもっとも厄介な力。それは基礎的な身体能力の高さ。すなわち、単純な筋力であると。


「そのまま伏せていろ」


 ベアトリアは体躯をしならせ、右脚を大きく振った。助走無しの立ち蹴りで、巨岩を吹き飛ばした。放たれた一撃は轟音と暴風を発生させる。


 さながら対要塞用の大砲が発射されたかのようだった。


「——へえ。すごいね。大岩が粉々だ」


 地面に身を屈めていた僕は無傷だ。ベアトリアが破片ごと蹴り飛ばしてくれたおかげだ。


 周囲にいた村人は何が起こったか分からず、呆然と立ち尽くしている。


(こんなの見せられたら、唖然とするしかないよね)


 ベアトリアが蹴り飛ばした巨岩は木っ端微塵に砕け散った。凄まじい勢いで弾け、細かな石片が後方の木々に突き刺さっている。


 前方にあった何本かの木は薙ぎ倒されてしまっていた。


「ルーファ? 怪我は? 大丈夫なのか?」


「無傷だよ。心配しすぎ。大丈夫だって。ちょっと耳が痛いくらいかな?」


「どうして飛び込んできた? なぜだ⋯⋯? どうしてこんな危険なことを⋯⋯。下敷きになりかけたあの男はルーファの親類か?」


「ん? 別にそういうわけじゃないよ。怪我人を出したくなかったんだ」


「愚かな行為だ⋯⋯。ルーファが何もしなくても、私は助けてやるつもりだった。見殺しにすると思っていたのか?」


「ごめんね。でもさ、僕とあの人だったら、ベアトリアは助ける本気度が違うでしょ。意地悪をしてごめん。保険をかけたんだ。僕だったらベアトリアは絶対に無傷で助けようとしてくれる。そう信じてた」


「⋯⋯⋯」


 ベアトリアは何かを口に出しかけるが言い淀む。


 僕はベアトリアの言葉を待ったけれど、そのまま口を噤んでしまった。


 騒動を聞きつけて、他の作業をしていた人達も集まってきた。


 注目を集めるのは、隠れ住んでいたベアトリアにとって好ましくない。といっても、今回の一件はすぐストロマ村で噂になる。


「たぁ、助かったよぉ〜っ! 貴方は命の恩人だぁ!!」


「黙れ。私に近付くな。殺すぞ」


「ひっ!」


 半泣きで駆け寄ってきた村人を威圧する。


「もっと優しくしてあげたら? 怖がってるよ。って、うわぁっ!」


 ベアトリアは悪さをした子猫を捕まえるかのように僕を抱きかかえた。問答無用で爆乳に押し付けられ、身動きを封じられた。


「ベアトリア⋯⋯?」


「度過ぎている。もっと自分を大切にしろ」


 僕にしか聞こえない小さな声だった。ベアトリアの嘘偽りのない吐露だった。


「ごめんなさい。大人しくしているべきだった」


 ベアトリアの顔は真っ青になっていた。愛するパートナーが危険に晒されるのは、ドラゴンにとって耐えがたい苦痛のようだ。


 触れ合っている僕には分かる。ベアトリアの動悸は激しく乱れ、僕を抱きかかえる両手は震えていた。

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