【7話】閉ざされた地下水路
なんやかんやあって、ドワーフ族が残した遺構を復旧させるプロジェクトが立ち上がった。
山向こうの大河から水を引く治水事業が始まろうとしていた。ストロマ村に住む村人達には労役が課された。
水路が完成すれば、農業用水がふんだんに手に入る。
村の農産業は加速度的に発展していくはずだ。
将来に繋がる投資だと分かっているから、重労働を言い渡されても村人達は大喜びしていた。
村人たちが喜んでいるので、僕も嬉しい気持ちになる。
お祭り騒ぎの中、1人だけ無表情で浮いている人物がいた。余所者のベアトリアだ。
「先ほどアンクハースト辺境伯を罵る者がいた。その貴族は村人から嫌われているのか?」
「まあ。好かれてはいないね。それに、あの人はアンクハースト辺境伯の領地から逃げてきたんだ」
「⋯⋯そうか。貴族に対する不敬罪くらいはあるだろうに」
「アンクハースト辺境伯は、山向かいの領地を治めているお隣の貴族様だよ。河川の水利権を牛耳っている大貴族。とってもお金持ちらしい」
「領主としての評判はそれだけか?」
「住民に課される税が高い。耐えかねて逃げ出す農民も多いよ。一方で、僕らの村を領有するオールドマン男爵は、優しい領主様だ。税をあまり取らないから、農民や商人から人気がある。そのせいで、貧乏貴族なんだ。優しすぎるのも考えものさ」
「そうか。ならばオールドマン男爵とアンクハースト辺境伯の仲は最悪なのだろうな」
「らしいね。いろいろ噂は聞くよ」
「アランベール王国の王は、どちらに肩入れしている?」
「答えをしっているような聞き方だね。お察しの通りだよ」
「オールドマン男爵のほうか」
「アンクハースト辺境伯の統治は苛酷だ。河川を使う商船に高い通行税を課して荒稼ぎ。水利権で巨万の富を得ていながら、農民からもきっちり高い税も絞りとる。商人でさえ呆れ返る金の亡者。その噂は王都にまで届き、王様も眉をひそめて⋯⋯。どうしたのベアトリア?」
「やけに詳しいのだな。そう思っただけだ」
「商人さんから僕はそう聞いてる。受け売りだよ」
ストロマ村を訪れる行商人から噂は伝わってくる。
高すぎる通行税について商人達は腹を立てていた。商会の頭取達が国王へ直談判したという噂もあった。
「——少年の話は事実だ」
見知らぬ剣士が僕とベアトリアの話に割り込んできた。
「アンクハースト辺境伯は金の亡者だよ。領民に対して生産物の4割、さらに人頭税と河川整備の賦役まで課している。重税と労働義務に耐えきれず、荘園から逃げ出した農奴は後を絶たない」
冒険者や傭兵が商人の護衛として同行してくることはある。だけど、この若い剣士は装備がとても立派だ。自由戦士のようには見えない。
「こいつはルーファの知り合いか?」
ベアトリアは僕に訊ねる。だから、僕は正直に答えた。
「ストロマ村に住んでいる人ではないね。村で見かけたことは一度もない」
「名乗っておこう。私はギャリー。神官の護衛騎士だ。以後、お見知りおきを。アンクハースト辺境伯の悪口を耳にして、つい口を挟みたくなった」
金髪の若い剣士はギャリーと名乗った。
細身で背丈が高い。ベアトリアには及ばないが、僕の父さんよりも長身だ。
(近くで見ると大きい⋯⋯。僕もこれくらい身長が伸びてほしいなぁ)
腰に下げているのは
高価な逸品に違いない。刃を収めている特異な鞘を見れば、単なる飾りではないと分かる。
「悪口のつもりはなかったよ。僕はアンクハースト辺境伯の風評を言っただけ」
「ほう。ならば、自分達の領主に対してはどうかな? オールドマン男爵はいかなる風評なのか。ぜひとも教えてほしい」
「オールドマン男爵領の税は、基本が生産物の1割。人頭税は課されない。税が安い。その代わり、ストロマ村は未開拓地が多いから、開墾とかの賦役は多いね。今回の水路整備はまさしくそうだ。労働人口が不足してる。だから、移住者がいないと上手く回っていかない。いろいろと苦労してそうだ」
「聡明な少年だ。私が君と同じくらいの年齢だったとき、小難しいことは気にもしてなかった。森番の息子さんだったかな? ご両親さんの教育が行き届いている」
「ありがとう。ギャリーさんの仕事は護衛だけ? それとも労役の監督でストロマ村に来たの?」
「お目付役は神官のハルトラ婆さんだよ。私はあくまで護衛さ」
「護衛が必要なのかな? この辺で一番危険なのは野盗じゃなくて野生の猪だよ」
「地下水路を開通させるためには、山中で土木工事を行う必要がある。何が起こるか分からない。領民を守るために冒険者パーティーを雇ってはいる。だが、保険はかけておきたい。大昔の廃鉱に魔物やドラゴンが潜んでいないとも限らないだろう?」
「それはそうかもね。用心はすべきだと思う」
僕はベアトリアの顔を覗き込む。
廃鉱に潜伏していたレッド・ドラゴンはこの会話をどんな気持ちで聞いているのだろう。
何にせよ、冒険者チームを雇ったオールドマン男爵を心配性と笑ったりはできない。
「それだけの理由で、貴様が来たとは思えぬな」
ベアトリアはあからさまに冷ややかな態度となった。
ギャリーは苦笑いを作り、肩を竦める仕草をしてみせた。
「というと?」
「先ほどの話を聞く限り、アンクハースト辺境伯は良き統治者と呼べぬ人物だ。人格も推して知るべしだろう。金の亡者と貴様は言っていたな」
「ああ。あれはあの世にまで金を持って行けると思い込んでいるタイプだ。頭がおめでたいのは構わないが、実害を撒き散らす困ったちゃんさ。先祖の自慢話だけが取り柄のくらだいない貴族だよ。先祖の話もどこまで本当か分かったもんじゃない」
「⋯⋯そのような輩は自身の財産や縄張りを侵害されたとき、激しく怒り狂うぞ」
「言わんとしていることは分かる。国王陛下の聖断によって、オールドマン男爵は水利権の一部利用を得た。これでストロマ村に水を引ける。だが、アンクハースト辺境伯は自身の利権を侵害された、と激怒しているよ」
「怒りをぶつけるなら、強い者よりは弱い者だ。王には怒りをぶつけにくい」
「ご指摘の通りだ。アンクハースト辺境伯は王家に逆らわない。だが、貧乏貴族のオールドマン男爵には強気な態度をとる」
「王に刃を向ければ大逆。いかに大貴族であろうと国軍には勝てぬ。しかし、貴族同士なら単なる紛争。通らぬ道理を強引に押し通そうと暴力を行使する。違うか?」
「どう転ぶかは分からない⋯⋯。アンクハースト辺境伯は建国の功臣。その末裔だ。しかし、先祖が偉大だったからといって、子々孫々にまで尊い精神が受け継がれるわけでもない。用心はしておかないとね」
「貴様が装備している刺突剣は対人武器だ。柄の形状を見れば分かる。対人の毒刃を仕込んでいるな」
「すごいな。戦い馴れている御仁のようだ。見ただけで私の剣が対人特化だと分かるものなのかな……?」
「魔物狩りに毒は不要だ。魔素に汚染された魔物どもは、この世のいかなる毒も効かぬ」
「貴方は何者かな⋯⋯? ストロマ村に住人ではないはずだ。流れてきた冒険者や傭兵なのか? それとも、どこかの貴族だったり? 王族ということもありそうだ」
ベアトリアは文句の付けようがない美女だ。着用している旅装束は見る人が見れば高級品だと一目で分かる。
なによりも発するオーラが常人と違う。
異国の女王が変装して、地方の村々を視察していると言ったら、僕はきっと信じてしまう。
外見にそれだけの説得力があった。
「えーと、ベアトリアは僕の叔父さんの友達で——」
「私はルーファの婚約者だ。来月、結婚する。ルーファは森番の息子で、産まれたときからの許婚だ。成人となったら結婚をすると取り決めていた」
僕が嘘っぱちの紹介をしようと思ったら、ベアトリアが挟み込んできた。
でも、あれ……? おかしいよね? 僕が成人になったら、正式に返事をするという話だったのに、なぜか結婚するのが決定事項になっている。
「そうだろう。ルーファ?」
「うん。まあ、そうかな……。たぶん、そうだったかも……?」
既成事実が敷き詰められた道を強引に歩かされている気がしてならない。でも、ここで強く否定する勇気が僕にはない。
向けられている圧がすごかった。
(ん? いや、いいのかな⋯⋯? 引き返せない道を爆走してしまってるような⋯⋯)
これがドラゴンのプレッシャー。ベアトリアに肩を抱き寄せられて、僕は乾いた笑顔を浮かべるしかなかった。
「そうなのかい。それはおめでとう」
「ギャリーさんは僕が誰なのか知っているよね?」
「ああ。もちろんだ。君が少年が森番の息子というのは
「魔術師だ」
「ほう! 魔術師……! ベアトリアさんは魔術が使えるのか。それは心強い味方だ」
「生憎だが貴様のために戦うつもりはないぞ。巻き込まれると面倒だ」
「そうか。残念だ。領民じゃないベアトリアさんに義務はない。しかし、ルーファ君はオールドマン男爵の領民だ。森番の息子である彼にも賦役がある」
「僕や父さんも手伝わないといけないだろうね。それが領民の義務だ」
「これから地下水路を塞いでいる土砂や瓦礫を運び出す作業を行っていく。それはストロマ村で暮らしている人達で人手は足りる。森番の一家には工事をしている最中、現場に食料や飲用水、日用品を運んでもらいたい」
そこで僕は思い出した。ありったけの薬草を採取してほしいだとか、干し肉を大量に作れと領主様から命じられた。
それは地下水路の開通工事を見据えた依頼だったのだ。
工事で怪我人が出るから、薬草を沢山用意することになった。そして、重労働で疲れた村人達を労うために肉が必要となる。
「アンクハースト辺境伯は陰湿な男だ。取り越し苦労となればいいが、工事を邪魔するために刺客を送り込んでくるかもしれない。ストロマ村のためにベアトリアのお力をいただきたい」
「会話に割り込んできたのは、私がアンクハースト辺境伯の差し金だと思ったからか?」
「まさか、それはないね。ベアトリアさんは品が良すぎる。送り込んでくるなら、追い剥ぎをしているような
「元冒険者なのは母さんだけだよ。父さんは自由戦士とか、格好つけているけど単なる傭兵」
「そうだとしても戦力は多いほうがいい。万が一のとき、助力をお願いするとご両親に伝えてくれ。部外者のベアトリアさんに強要するつもりはないが、ルーファ君を守ってくれるとありがたい」
「私の婚約者だ。貴様に言われるまでもない」
「心強い言葉だ。ところで、ルーファ君と結婚するのなら、ベアトリアさんもストロマ村の住人になるのかな?」
「結婚後、どこに住むかは話し合いをしている。だが、今のところ、私の生家に連れ帰るつもりだ」
「そうかい。できれば、ストロマ村に定住してくれると嬉しいのだけどね。魔術師が村の一員となってくれれば、きっと村人達は喜んでくれる。村には知恵者が必要だ」
護衛騎士ギャリーは朗らかな微笑みを浮かべて去っていった。
「僕らも家に帰ろう。村での用事は終わった。父さんと母さんに水路を作る話を教えてあげないと⋯⋯」
予定外の長話をしてしまった。工事が始まるのなら忙しくなる。1日でも早く地下水路を開通させたいはずだから、突貫工事になるはずだ。
日用品の入った麻袋を持ち直そうとしたら、ベアトリアに奪われてしまった。そんなに重たそうにしていたつもりはなかったけど、気になっていたようだ。
「僕が持つから大丈夫だって。いつもそれくらいの荷物は1人で運んでるよ」
過保護にされるのは、ちょっと情けない。
僕だって男の子なので、小さいながらもプライドというものがある。だけど、ベアトリアは荷物を返してくれなかった。
取り戻そうとつま先立ちになって手を伸ばす。⋯⋯届かなかった。
「ギャリーと名乗った護衛騎士。奴が領主のアドレイド・フェル・オールドマン男爵か?」
「へえ⋯⋯。すごいね。気付いてたんだ」
ギャリーと名乗った気さくな護衛騎士。その正体は領主オールドマン男爵であった。
僕は分かっていたけど、気付いていない振りをしてあげていた。
それとなく褒めてあげたりもした。でも、媚びを売ったわけじゃないよ? 領民想いの優しい領主様だから、遠回しなお礼を言ってあげたつもりだ。
「人を容易に殺傷できる毒刃の刺突剣を堂々と所持していた。法と秩序が維持されている国家において、毒の扱いは厳しく制限される。そもそも騎士は毒剣を使わぬ」
その辺りの指摘は正しい。
上手く偽装していても、聡い人は気付いてしまう。一目であの刺突剣が毒武器と分かるのは、ほんの一握りだろうけど。
領主オールドマン男爵の容姿は知られていないので、ストロマ村の人達は気付いていない。それにベアトリアをも欺いている点が1つだけあった。
「貴族でありながら、身分を偽ってまで現場に出てくるとはな。良い領主なのだろうが酔狂な男だ」
「1つだけ誤解しているよ。オールドマン男爵は女性。気付けなかったのも無理はない。美人さんだと男装も似合うね」
「美人⋯⋯? ルーファ。女性の魅力はバストサイズで決まる。古来から不変不動の原理だ」
僕が領主様を「美人」と褒めたのが良くなかったらしい。パートナーの前で異性を褒めるのは、ダメな行為だと聞いたことがある。たしか⋯⋯デリカシーというヤツだっけ?
「ちょっと乱暴な気がするけど、心に留めておくことにするよ」
「魂に刻み込んでおくように」
大きければ大きいほど良いと強弁するベアトリアは、豊満極まる乳房の持ち主だった。しかも、背がとても高いので、矮躯の僕が顔を合わせようと見上げても下乳しか見えなかったりする。
逆の視点を考えるとベアトリアは、前に突き出ている乳房のせいで、足下が見えていないのかもしれない。
大きすぎる乳房は色々と不便そうな気はする。異性を誘惑するチャームポイントではあるだろうけども。
(鍛冶屋の人がいつも以上に冷淡な態度だったのは、僕がベアトリアみたいな美女を連れましてたからだったり?)
真相はともかく、日が暮れる前に家へ戻らないといけない。ベアトリアに荷物を持ってもらって、父さんと母さんが待つ山峡の岩屋へと急いだ。
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