【6話】開拓者の村ストロマ

 僕とベアトリアは、持ってきた薬草と干し肉をストロマ村の村長の息子夫婦に納品した。


 余剰分は日用品を扱っている鍛冶屋で物々交換する。


 燃料となる石炭結晶、刃物を研ぐ砥石、事前に注文していた生活必需品を受け取った。


「ん〜。これさ、不純物が多いよ。こんなので料理したら台所が煙で包まれちゃう。もっと良質な石炭結晶はない? 無煙までは求めないけど、こんな粗悪品を持ち帰ったら僕が母さんに怒られる」


「粗悪品だとぉ……? 何が不満だっていうんだ?」


斑模様まだらもようの石炭結晶は芸術的な美しさだ。でもさ、実用性は低い。それが多いに不満かな」


「森番にはそれで十分だろう。そもそも俺らと違って森からいくらでも薪を取ってこれるんだろ? 燃料に困らない森番の一家がどうして良質な石炭結晶なんか欲しがる?」


「薪は冬に備えてだ。村の配給用の薪、あれは僕の父さんが提供してるのをしってるでしょ。それが男爵様との取り決めなんだ。森の資源を使うのは、どうしようもないときだけだよ」


「ああ、そうかい。なら俺たちも同じだ。お前に良質な石炭結晶を渡せるのは、ときだけだな」


 あまりにも質が悪かったので交渉を試みたが、ものの見事にあしらわれ、物品が入った袋を乱暴に押しつけられた。


「次はちゃんとしたのを仕入れてよ。まったく⋯⋯。もう行こう。ここでの用事は終わった」


 食い下がっても良い結果にはならないし、潔く撤退する。ベアトリアが不服そうな顔をしていたので、このままだと騒動に発展しかねない。


「相変わらず接客態度が悪いなぁ。客足が遠退くよ。まったく」


「無躾な男だ⋯⋯」


「これくらいで気にしたらダメだよ。嫌われ者の森番は、いつだってああいう対応さ。村に住んでる入植者からすれば、僕らは森林の富を独占している強突く張りだからね」


 アランベール王国の法律では、森林資源は手厚く保護されている。


 土地は領主の所有物だ。よって、無断で狩猟をしたり、木材目当てで伐採すれば厳しく罰せられる。


「森番には特権がある。食い扶持を稼ぐ分は、山林の資源を使っていいことになってるんだ」


 農民に狩猟は許されていない。薬草についても、山林で採取してはならない決まりだ。


 行商人が月に1度しかこないストロマ村で肉は高級食材だ。

 

 自分達は苦労して荒れ地を開墾している最中、森番の一家は山林の富を独占して悠々と生活。


 そう見られてしまっていた。


「開拓村は平民の集まりだ。階級差はない。皆が等しく貧しい。その中で、僕らは中途半端なんだ。貴族に仕える森番は平民に近いけど、官吏でもある。村の人から疎まれるのは、徴税官と同じようなもんかな」


 村の嫌われ者、つまりはスケープゴートだ。領主よりも実際に税を徴収する官吏のほうが民衆からは嫌われる。


 私腹を肥やしていない徴税官であっても、好かれることはまずない。


 森番も同じ。僕らは村で暮らしている人達よりも恵まれているかもしれない。だけど、隣家のない山峡で暮らす不便もある。


 そこで帳尻を合わせている。でも、村の人々は納得してくれない。


「父さんと母さんは神経が図太いから気にしてない。だけど、僕は違う。外の世界に出たい理由が分かったでしょ? 生活必需品だって粗悪品を回されたりするんだ。 うわっ……! この岩塩も純度が低い。馬や山羊が舐めてたヤツだったりして……」


「鍛冶屋の男に報復してやろうか? ルーファが望むのなら呪いをかけて、あの人間を破滅に追い込むことができる」


「それはダメだよ」


「私達につながる証拠は絶対に残さない」


「それは無理だ。僕が見てるし、知ってる。悪事は誰かが見ているよ。さっきも言った。御天道様が見ているってね」


「先に悪意を向けてきたのは奴だ。侮られたままでいいのか?」


「相手が悪いことをしているからといって、受けた側が真似をしたら、悲惨な世の中になっちゃうよ。どうってことない。笑って許してあげるべきだ。ストロマ村が発展していけば、こんなことも起こらない。余裕がないんだ」


 森番の生活は発展の余地がない。おそらく数十年経とうが、同じ事をしている。だけど、村で暮らしている人達は違う。


「オールドマン男爵は聡明な領主様だ。きっとストロマ村はどんどん豊かになる。生活水準が高くなれば、暮らす村民の意識は変わっていく。だって、人里で暮らしているほうが、豊かな生活を送れるようになるんだ」


 街道が整備されればストロマ村は飛躍的な発展を遂げるはずだ。


 オールドマン男爵は国王の腹心で信頼も厚い。考えなしに村を開拓したりはしない。街道の整備も先を見据えての投資だ。


 ストロマ村は陸運の要衝となる。そうなれば村外れの山峡で暮らす森番の一家は、さぞかし見窄らしく見えるだろう。


 村人達の態度も今とは違って、山奥での暮らしを強いられる森番に同情するはずだ。


(ストロマ村がこのまま順調に発展すればだけど……ね)


 何が起こるかなんて、誰にも予想がつかない。小さな村が滅びる切っ掛けはありふれている。


 山に潜んでいたドラゴンと村人が良からぬ出会い方していたのなら、ストロマ村が竜の炎で焼き滅ぼされる未来もあったはずなのだ。


「あの集まりは何だ? 集会か?」


「ん? なんだろうね? 行商人はまだ来ないはず⋯⋯。旅芸人が来てるのかも? そういう時期でもないはずだけど⋯⋯。行ってみようか」


 広場に人集りができていた。ストロマ村の中心にある広場には、魔物除けの破魔石が安置されている。


 かつてこの地で鉱脈を開発していたドワーフが設置した古代から残る遺物だ。


 破魔石を中心として、魔物を遠ざける退魔結界が発生している。どれほど強い魔物であろうと破魔石が機能している限りは、人里に侵入できない。


 破魔石は安心と安全を象徴するものだ。だから、村々を巡る行商人や旅芸人は、破魔石の近くで野営を行う。


 ストロマ村のように外壁がない山村では、破魔石の周囲に天幕を張って滞在している。


 僕は人混みの隙間から覗き込む。


 ベアトリアは背がとても高いので、背伸びをしなくても見えているようだ。


「あの髭が生えている人は村長さんだよ。さっき薬草と干し肉を渡した夫婦のお父さん。目が不自由だけど、村で一番物知りな人だよ」


「⋯⋯あの老婆は?」


「隣にいるお婆さんはオールドマン男爵家の在家神官さん。神官のハルトラさんは3カ月に1度、ストロマ村にやってきて破魔石を調律しているんだ。ついこの前に来たばかりなのに、どうしたんだろ?」


 神官服を着た老女は、用意されていた演壇の上に立った。


 これで小柄な僕でもよく見える。


「ストロマ村の皆さん。お静かに⋯⋯! 私は領主アドレイド・フェル・オールドマン男爵の代理人として参りました!」


 声を整えて神官は続きを話し始めた。


「ごほん! 入植が始まった当初からストロマ村では、農業用水の不足が懸念されていました。主な水源である井戸水は皆さんが普段の生活で使う大切な飲み水です。田畑の灌漑に用いれば水不足となるかもしれません」


 それはその通り。農業用水の不足はストロマ村が出来たときから問題となっていた。


 村には2つ深井戸がある。どちらも飲み水用だ。


 人間と家畜を育てるために、多額の費用をかけて深い井戸を掘ったと聞いている。


「オールドマン男爵はストロマ村の発展、何よりも領民の生活をより良いものとするため、国王陛下に水利権を下賜くださるよう請願されておりました。慈悲深い国王陛下は、領民を想うオールドマン男爵の篤い心に動かされ————」


 ハルトラお婆さんが語った眠たくなる長話。


 それを簡潔にまとめると、領主のオールドマン男爵は国王に陳情し、山向こうを流れている河川の水利権を獲得したそうだ。


 それは良い話だ。けれども、山向かいというのが気になった。


「ちょい待ってくれ! ハルトラ様! 話の腰を折って悪いのだが、山向かいの川から、どうやって村まで水を引くつもりなんだい?」


 質問したのは鍬を背負った農民だった。


 僕も同意見。気になっているのはそこだ。水路を作るとしても山脈を迂回しなければならない。


 とんでもない大工事になる。賦役を課したとしても、ストロマ村の労働人口だけでは難しい。


 数年、もしかすると10年以上の時間がかかる。水路を作る間、普段の仕事どうするつもりなんだろう。


「大規模な工事は不必要です。なぜなら既に工事が行われているからです」


 神官さんは自信満々の表情を浮かべて断言する。しかし、村人達は納得ができず、首を傾げていた。


 工事が行われていれば、必ず僕らの耳に入ってくるはずだ。だが、何も聞いていない。


「大昔、この地で鉱石を採掘していたドワーフ族は、近隣の山々を掘り進め、地下に広大な坑道を作っていました。古い記録を調べたところ、ドワーフ族は鉱石を精錬するため、山腹に大穴を穿ち、川水を引くための疏水そすいを作っていたのです」


 僕はベアトリアの袖口を引っ張って、小声で訊ねてみる。


「そすいって?」


「湖や河といった水源から水を引く水路だ。分かりやすく言えば用水路だ」


「ほんとなのかな? この近くに用水路なんて僕は見たことないよ」


「あるにはある⋯⋯。私の巣穴から離れているが、山向こうの河川から水を引き込む地下水路があった。だが、出入り口は崩落している」


 この地で隠れ住んでいたベアトリアが言うのだから、地下水路は存在するみたいだ。けど、何か含みのある言い方だった。


 僕は一抹の不安を感じた。


 一方、年老いた神官さんは見た目と相反する活気溢れた口調で村人達に訴えかけている。


「アランベール国王陛下から水利権を授かる数ヶ月! 我らの領主オールドマン男爵様が雇った冒険者達は、地下水路の入り口を発見していました。山中を徘徊する歩きキノコの群れが、巣穴としていたのです」


 歩きキノコは僕もよく見かける。大きな木の根っこに佇んでいる大人しい生き物だ。


 食べられる種類もいるそうだけど、ストロマ村の近くにいるのは毒キノコばかりで、食料にはならない。

 

「瓦礫を退けて地下水路の内部を調査したところ、ドワーフの優れた土木技術によって、ほぼ完璧な状態で遺構が残っていました。出入り口の整備を行えば、ストロマ村に農業用水を引き込むことができるのです!!」


 集まった村人達はどよめいた。農業において水は生命線だ。開墾したばかりの荒野を農地に変えるには、潤沢な農業用水が必須だ。


「地下水路を使えるようにするには、出入り口の土砂や瓦礫を退けなければなりません! 引いた水を溜めておく池の整備など、やることは沢山あります。生活に余裕がないのは分かっております。しかし、ストロマ村の繁栄のため、皆様のお力をお借りしたい!」


「頼まれなくたって、喜んで手伝いますよ! これで家畜に飲ませる水で揉めることもなくなる!! 喉が枯れるまで話し合いをする必要だってなくなるんだ!」


「ああ! さっそく取りかかろう! 俺たちのために領主様が動いてくれたんだ! 俺たちだって領主様のために働くぜ!!」


「慈悲深い国王陛下にも感謝だ! 強欲なアンクハースト辺境伯から水の利権を取り上げてくれたんだ!! 国王陛下万歳! オールドマン男爵万歳!!」

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