【4話】ルーファの秘密 〜side:ベアトリア〜
——ドラゴンである私がヒュマ族と言葉を交わすのは数十年ぶりだった。
白竜大戦でドラゴン族は無惨な大敗を喫した。
世界統一を目論んだドラコニア連邦は崩壊し、跡形もなく消え去ったのだ。追われる立場となり、私は捨て置かれた廃鉱に隠れ潜んでいた。
保有していた財物を処分し、人里離れた山中で縮こまっていた。外の情報は収集していたが、巣穴から出ようとは思わなかった。
私の隠れ家はドワーフ族が作った廃鉱だ。
粗雑なドワーフ族は記録を残さない。
廃鉱の存在は歴史から失われ、古代遺跡と言っても差し支えない場所となっていた。
しばらくするとアランベール王国が建国され、人々の入植が始まった。
出来たばかりの新興国に辺境地を開拓する余裕はなく、私の隠れ潜む山々は長年にわたって放置されていた。
人が現れたのは数年前。冒険者が何度かこの地を訪れ、水場の有無や危険な魔物が生息していないかなどの調査を始めた。
冒険者の練度は低く、装備も貧弱だった。ドラゴンスレイヤーを夢見るような野心家ではないと判断し、見逃してやった。
彼らはアランベール王国から開拓村を作るための調査を依頼されていただけだった。
私が住んでいる巣穴に入り込んできたら、殺すつもりだった。しかし、彼らは廃坑の入り口付近しか調べず、そのまま引き上げていった。
しばらくすると入植が始まり、開拓村ができた。
人との接触を恐れた私は今の巣穴を放棄し、別の場所に住まいを移すべきかと考えた。
たとえば誰も住み着かないような極寒の地に逃れるべきかとも思案していた。だが、結局そうする気にはなれなかった。
今の窮屈な巣穴に愛着があったわけではない。なぜか離れる気になれなかった。単なる気まぐれだと思っていたが、どうやら明確な理由はあったらしい。
——私の本能はルーファとの
巣穴に踏み止まった結果、私は運命の相手と巡り会えた。
一目見ただけで心が震え、時空が歪むような錯覚を覚えた。
私は初めて本物の恋を知った。
ルーファが巣穴に入り込んだとき、私の魂は激しく燃えた。平衡感覚が狂い、倒れ伏しそうになった。
止めどなく溢れる発情心で身体が火照った。荒ぶる魂は激しい劣情を喚起させ、私から自制心を奪おうとした。
今すぐにでも竜婚の儀式を行い、ルーファを私の色で染め上げたい。支配欲と征服欲が入り交じった薄汚れた欲望を理性でどうにか止めている。
我慢を強いられると思うと本当に腹立たしい。
ルーファは父親と二階に行ってしまった。ほんの少しの間だけ離ればなれになっている。それだけで苛立ちが募り、同時に不安を感じる。
いつになったらルーファは帰ってくるだろう。
愛おしい。ゆえに別れは苦痛だった。
「うちの息子は頑固だから、決めたことは必ず曲げないわ」
私の内心を見透かしたのか、ルーファの母親はそう言った。名前はアンドラと言ったか。
この女は元冒険者だったという。それならドラゴンについての知識もあるのだろう。
冒険者は恐れ知らずな自由人。同時に実力を弁えぬ夢想家も兼任する。ドラゴンスレイヤーに憧れていた過去があるのやもしれぬ。
竜殺しは英雄の証。ありがちな話だ。
私は社交的な性格をしていない。だから、ルーファがいないうちに、疑念を解消しておくことにした。
「非礼を承知で言う。ルーファは本当に貴様らの実子か? 外見がどちらにも似ていない。血の繋がりが見えない。これも不躾なことだが、貴様は子を産める身体ではないように見える」
独特の匂い。人体を欠損した人間を強引に治したとき、こういう副作用が生じる。
死にかけの人間を呼び起こす奇跡の代償。この女は臓腑に深い傷を負った過去がある。
私は確信する。この女は子を成せない。
「それはドラゴンの能力?」
「竜眼は価値を見抜く。宝物を溜め込む種族特性を持つからだ。ドラゴンの鑑定眼が完璧であるとは言わぬ。だが、私には貴様がそう見えた」
「お察しの通り。ベアトリアさんの指摘は事実よ。ルーファは養子。冒険者時代に負った負傷で、私は子供が産めない身体なの。でも、このことは秘密にしてもらえると助かるわ。ルーファには隠しているから」
「ルーファを傷つけようとは思わぬ。だが、より多くのことを知りたい。養子ならばルーファは誰の子供だ?」
「詳しくは聞かされていないわ。夫の旧友を名乗る貴族の子供。裕福な貴族にはありがちな話でしょ」
「貴族……。妾腹の子か?」
「そんなところじゃないかしら?」
愛人との間に出来た子供は正妻に疎まれる。
(そうか。ルーファは私の父と同じ境遇か⋯⋯。これも巡り合わせなのだろうな)
扱いに困った貴族の子が家から追い出される。昔からありふれた話だ。
「本当のところは分からないわ。ルーファは実父と何度か会っている。あの子は遠縁の親戚だと思い込んでいるけれど……」
ルーファの外見が優れているのは、貴族の血を引いているからに違いない。
母は貴族が抱え込む妾。醜女ではないだろう。
「私がルーファを娶る場合、出自で何か問題は発生するか?」
「いいえ。ないと思うわ。ルーファの実父は、息子を家を連れ戻す気はなさそうよ。私達が困っているのはベアトリアさんがドラゴンだからよ。年頃だから恋人ができるのは分かるのだけど……」
「親心は分かる。よりにもよってドラゴンというわけだな?」
「ええ、今は時代が悪い⋯⋯。ドラゴン族に対する世間の風当たり、そして⋯⋯どういう扱いを受けているか⋯⋯。私は元冒険者だからよく知っているわ。竜滅武具の製法についても聞いたことがある」
——竜滅武具。その名の通り、竜殺しに特化した武具を指す。
武器であればドラゴンに致命的な傷を与え、防具であれば竜炎や竜毒を防ぐ。だが、竜滅武具は装備者を呪う諸刃の剣でもある。
同時に——身の毛もよだつ製法で作られる呪われた武具だ。
「竜滅武具はドラゴンの伴侶となった者の肉体。ドラゴニュートの血液や骨肉を材料にしていると聞いたわ。それは事実なの?」
「事実だ。竜滅武具はドラゴニュートの血と肉で鍛えられた呪具武装。ドラゴン族からすればおぞましい忌物だ」
「私達が憎くはないのかしら?」
「憎む? 逆ではないのか? むしろ我らドラゴンが憎まれているはずだ。貴様も冒険者だったのなら、竜狩りに参加していたのではないか?」
「駆け出しのころに一度だけ。それも住民の避難誘導をしただけよ。ドラゴンと直接戦うほどの実力はないわ。でも、私達は間接的にドラゴン族を迫害して、非人道的な竜滅武具まで作っていた。もっと私達は憎まれていると思っていたわ」
「…………」
「何かおかしな事をいったかしら?」
「非人道的か⋯⋯。それはお互い様だな。私は批判できる立場にない。ドラコニア連邦の崩壊後、ドラゴン族の権威は失墜した。支配者から転落し、人間扱いされなくなった。私はそう思っていたが、ルーファだけでなく、貴様もドラゴンを人間扱いしている」
「私は息子を信頼しているわ。あの子が懐くのなら、きっとベアトリアさんは善良なドラゴンなのよ」
「買いかぶりだな……。こうして対話をしているのは、ルーファとの関係を拗らせたくないからだ。純粋なあの子には嫌われたくない⋯⋯。傷ついてほしいとも思わぬ」
「それなら、私の質問に対する答えは? 私達ヒュマ族を憎んでいる?」
「憎悪はない。滅ぼされるべくしてドラコニア連邦は滅んだ。相応の所業をしていたのは事実。ずっと逃げ続けていた。私は敗北者だ。この先もずっと⋯⋯」
「ドラゴンのような強大な種族が、このまま滅びるとは思えないわ」
「八大竜王の一角は死んだ。白の祖竜である白竜王アリスが戦女神ユーリアに討たれ、白竜族は絶滅してしまった。残る7つの竜族も滅んだ白竜族と同じ道を辿るやもしれぬ。そうでなくとも辺境に隠れ潜み、緩やかに滅びていくに違いない。歴史の表舞台にもはやドラゴン族は現れない」
「悲観的な予測ね」
「現実的の話だ。白竜王アリスが死んだことで、祖竜さえ殺せば一族もろとも滅びると露見してしまった。どれだけ強い力を持つ個体であれ、ドラゴンは脆い」
趨勢は決し、覆らない。白竜大戦での敗戦により、ドラゴン族の衰退は確定した。
「私は生き延びるために宝物を手放した。名前さえ捨ててしまった。そんな私が命よりも大切なモノを見つけた。どうかルーファを私にいただけないだろうか?」
「⋯⋯私と夫の仕事はルーファを見守ることだけ」
それは奇妙な返答に思えた。
「本人が決めるわ。私たちに決定権はないの」
ルーファの両親は放任主義的な傾向が目立つ。
私を紹介したときの反応もそうだった。血の繋がった実の親子ではないからだろうか? 息子に対して一歩引いた態度を見せているように感じる。
「そうか⋯⋯。まあよい。そうだろうな。本人が決めるべきことだ」
ルーファと父親が戻ってきた。
笑顔を浮かべるルーファに対して、父親はやつれた顔をしている。
「父さんとよく話し合ったけど、大丈夫だってさ。16歳の誕生日までは待つ。それで話がまとまった。あとは僕が決める」
「ルーファの誕生日はいつだ?」
「来月の半ば。1カ月後だよ」
私にとっては悪くない返答だった。残り1カ月を辛抱するのは苦痛だが、今の雰囲気なら問題はなさそうだ。
ルーファは私との結婚を快諾してくれるだろう。
竜婚の儀式をしてしまえば、後はどうにでもなる。ドラゴニュートとなれば、ルーファは私から絶対に逃れられなくなる。
——私なしでは生きてはいけない身体にしてやる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます