【3話】森番の一家

 夕暮れには父さんと母さんが待つ我が家に帰ることができた。


 帰宅が遅かったのに、どちらも僕の安否を心配していなかった。暢気のんきに夕飯の支度をしていたのは、ちょっと傷ついた。


(父さん。母さん。帰りの遅い息子を少しくらい⋯⋯さぁ⋯⋯。心配しようよ⋯⋯)


 頼まれていた薬草が入った麻袋を母さんに渡し、ベアトリアを紹介する。


 ベアトリアがドラゴン族であると教えると、父さんと母さんの表情が引きつった。


赤竜族レッド・ドラゴンのベアトリアだ」


 普通なら冗談と笑い飛ばせるだろう。だけど、ベアトリアは人の姿でも隠しきれない覇気を纏っていた。


 当然だけど、服はちゃんと着てもらっている。


 ベアトリアは軽く一礼し、僕の両親に会釈した。


 筆舌に尽くしがたい美貌、女帝を思わせる支配者の威圧感、激しく燃えさかる紅炎の如き瞳と髪、精美かつ妖艶な肉体は美術品のようであった。


 ベアトリアの抜きん出た美貌を見れば、彼女の正体がドラゴンであると納得させられてしまう。




 ◇ ◇ ◇




 山奥の廃鉱で巨大な赤竜と出会った僕は、無事に我が家へと帰れた。


 僕が住んでいる家は木造の山小屋だ。大岩の側面をり抜き、材木を組み込んだ横穴式住居。領主様から与えられた森番の家だ。


 僕は両親と3人で仲良く暮らしている。


 森番の家は村の中心から離れた山峡の高台にある。山の景色を一望できる。山を荒らす密猟者を見張る監視所でもあった。


 眺望は素晴らしい。だけど、利便性は悪いのが難点。村に降りるのは薬草や山菜、狩猟で得た肉を売りにいくときだけだ。


「父さんはガルシモッド、母さんはアンドラって名前だよ」


 僕の両親に紹介し、夕食に招待した。ベアトリアと一緒に食卓を囲む。1人増えただけでも賑やかだ。


 僕は父さんと母さんに今日の出来事を説明する。


「そういうわけで、ベアトリアとはもう友達。16歳になったら結婚するかもしれない。父さんと母さんはどう思う? 結婚してもいいかな?」


 僕の説明を聞き終わった父さんと母さんは、視線を泳がせていた。


 困惑しているのよく分かる。


 一方、ベアトリアは気にする素振りも見せず、無言で料理を口に運んでいる。


 ベアトリアが庶民の食卓にいるのは、なんだか不釣り合いだ。


 仕草が上品だ。貴族や王様なんかも、こうやって食事をするのかも? 庶民の家庭に、お忍びの女王様が紛れ込んでいるかのようだった。


 ともかく母さんの手作り料理を食べてくれているので一安心。美味しいと思ってくれているかな。そうだったら嬉しい。


 ドラゴンの主食は鉱石だという。もし口に合わない料理を無理に食べているのだとしたら申し訳ない。


「ドラゴン……。そ、そうか。ベアトリアさんはドラゴンなのか。はっははは。こんなお隣さんがいるとは知らなかったなぁ⋯⋯。で、結婚すると? 急すぎないか?」


「したいんだってさ。返事次第ではどうなるんだろうね」


「父さんにそんなことを聞かれてもなぁ。どうしたもんかね。母さんはどう思う?」


「え? 私? 恋愛は自由だと思うけど……。ドラゴン族が相手だと、これからいろいろ困るのかしら……? どう思う……? ねえ、貴方?」


 こういうとき、父さんは母さんに判断を丸投げにする。家族の上下関係ははっきりしていた。しかし、今回の件に関しては、母さんも迷っているようだった。


 お互いに判断を押し付け合っている。


 困っている両親を僕はニヤニヤしながら見ていた。ちょっと意地悪かな?

 

「どうだろう……。どうするべきなんだろうな? ルーファ? 父さん達はどうしたらいいと思う」


「えぇ〜。それを判断するのが親の仕事なんじゃないの? 子どもである僕にそれを聞いちゃう?」


「こんなのは想定外だ。父さんだって何でもできるわけじゃないんだぞ。誰かに相談したい気分だ」


「ところで、ルーファはいつからベアトリアさんと知り合っていたのかしら?」


「今日の昼過ぎだよ」


「……え? 今日の昼……?」


「うん。ベアトリアとは出会って半日くらい。もっと前に会ってたら、ちゃんと報告していたよ。僕は秘密主義者じゃない」


「たった半日で婚約……? お互いのことをよく知らないでしょうに⋯⋯。一般的な感覚の話になるけれど、それでも貴方達は結婚するっていうの?」


「——私とルーファの結婚に何か問題が?」


「ないな! 何も問題はない!」


「ええ! ないと思うわ!」


「問題あるってば! 親のくせに睨まれたくらいで、可愛い一人息子を売らないでよ! 急に結婚は不味いと思うから、最初はお友達から始めるんだ。それに僕って未成年だから、法律的に結婚は無理でしょ?」


「ねえ、ルーファ。貴方は本当にそれでいいの?」


「母さん。僕は何が正しいかなんて分からない。でも、ベアトリアは悪い人じゃないよ。僕をこうして家まで帰してくれた。ドラゴン族は傲慢で横暴だって言われているけど、そんなことはないんじゃないかな」


 両親は言葉に詰まる。どちらもベアトリアに気を使って、愛想笑いを浮かべていた。


 ちょっと意地悪をしたくなった僕は、困り果てている父さんと母さんを笑っている。


 いたたまれなくなったのか、ベアトリアが助け船を出した。


「ルーファは一人息子と聞いた。それなりの支度金を払うつもりだ。教会などの竜狩りに密告しないのなら、結婚後もルーファと定期的に会わせよう」


 大きな譲歩だ。話が通じない粗暴者ではない。強大な力を持ちながらも、弱者への配慮ができる。


 彼女はそういうドラゴンではないだろうか。


「私は俗世には関わらないと決めている。村の人間と争う可能性はない。今まで山奥で何者とも関わらず暮らしてきた。結婚した後も二人で静かに暮らしていく」


「ちょっと待った! 結婚が前提になってるけど、ちゃんと話し合ってからだよ」


「結婚生活の話か? 希望は叶えたいが、ドラゴンが隠れ住める土地は少ないぞ。この辺りも昔は人里がなかった。しかし、最近になって村が出来てしまった」


「ずっと山奥に引き籠もる結婚生活は嫌だよ。僕は何もない僻地より、刺激的な都会で暮らしたい! 田舎でのスローライフはもう飽きた。どうせなんだから、冒険しようよ! 世界を巡る大冒険!!」


「私は反対する。ドラゴンであると露見すれば、教会や神殿が竜狩り隊を派遣する。最悪の場合、竜滅武具で武装した神族や天使、聖者と戦争をすることになる。守ってはやれるが、絶対とは言い切れぬ」


「隠れ潜みながら生活するの? ドラゴンを受け入れてくれるような国はないのかな?」


「教会や神殿の勢力圏外であればある。白竜大戦の終結後、奴らは300年にわたってドラゴンを狩り続けてきた」


 白竜大戦での敗北。ドラゴン達が建立したドラコニア連邦の崩壊後、支配者だったドラゴンは討伐対象となった。


「ドラゴン族は零落し、保護を得られなかったドラゴンは、人が近寄れぬ極地に隠れ潜むしかなかった。そうした生活に耐えられなかった愚かなドラゴンは、一部の例外を除いて討伐された」


「竜退治の話を最近は聞かないよ?」


「ドラゴンの頭数が減ったというだけだ。教会や神殿は今もドラコニア連邦の生き残りを探し続けている。今の巣穴も安全ではなくなった。もっと人が近づけない別の場所に移住を考えねばならぬ」


 ベアトリアは申し訳なそう顔を作る。


「私の伴侶となれば、ルーファも竜狩りの対象となる。だが、身命を賭してルーファを守る。我が名に誓おう」


 ベアトリアなりの陳謝だったのかもしれない。


「その時は僕もベアトリアを守るよ。夫婦は助け合うべきだ。だから、謝ったりする必要はない」


 僕だけでなく、父さんや母さんに対しても謝っているように聞こえてしまった。だけど、そんなのはしなくたっていい。


「ルーファ、父さんと二階で話そう。ベアトリアさんのお気持ちはよく分かりました。しかし、軽々に返答もできません」


「ルーファは一人息子なのだろう。ヒュマ族は肉親を大切にする。よく分かっているつもりだ」

 

「ベアトリアさんには申し訳ないが、ここでは話しにくいこともある。息子と二人で話し合います。承知してもらえますか」


「私が口を挟む道理はない。気兼ねなく、ゆっくり話してくるといい」


 ベアトリアの態度を見て、父さんも納得するところがあったようだ。


 来客を一人だけ残して中座するのは、あまりにも無躾だ。なので、母さんだけを残して、僕と父さんは二階の書斎に向かった。

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