ヤドカリの欲望
ばしゃうま亭 残務
ヤドカリの欲望(1話完結)
人がファッションで自己を表現するように、ヤドカリもまた、背負う貝殻で自分を伝えようとする。
知性や紳士さを伝えたい者は、つるんと滑らかで無駄のない貝殻を好む。
とにかく注目されたい者は、奇形な貝殻を探しだすのに躍起だ。
特に若いヤドカリたちにとって貝殻選びはとても大切で、寝食を忘れて貝殻を探しては、その素晴らしさを周囲と競っていた。
同世代で集まると、あいつの貝殻は見たことない色をしていたぞ、だの、あんな大きな貝を背負った逞しいヤドカリになりたいもんだ、だの、皆がそんな話ばかりした。
ヤンもまた例に漏れず、「誰もが振り向く斬新な貝殻で注目を集めたい」と夢見ていた。
しかし、貝探しも簡単ではない。
まず、どこに良い貝が落ちているかを知るためには、情報戦を制さないといけない。情報網を広げていち早く動かなければ、他のヤドカリにすぐに先を越されてしまう。
そしてもちろん良い貝を選び出す審美眼も大事。つまりセンス。
ヤンは人知れず、もといヤドカリ知れず、センスに自信はあった。
だけど彼のセンスを他のヤドカリに証明できる実績は、今のところなかった。
コミュニケーション力が乏しい。故に友達は少ない。行動力も度胸もない。波打ち際をズイズイと歩くイケてるヤドカリ連中を遠目に、下を向いて足の砂を擦り合わせるだけの日々。
センスはあるんだ。センスはあるのに。
世界の誰も知らない、根拠も何もない内なるセンスだけが、彼の自尊心の全てだった。
「いつまでも砂ばかりいじっていてもしょうがないや」
ある日ヤンは決心をして、少し長めの旅に出た。
まだ誰も見つけていない斬新な貝殻を見つけるには、皆が行かない遠くの海岸に探しに行くしかない、と考えた。
ヤンは育ってきた馴染みの海岸から、はじめて離れた。
太陽が沈む方角へひたすら歩いた。後ろを振り向くと、茜色に照らされた砂浜に残る、自分の足跡。そしてまた前を向いて歩き続ける。
夜も歩き通して、朝が来た。
砂の粒度が変わった。
知らない魚が遠くではねた。
大きな鳥が空を飛んでいた。
やがて、ゴツゴツした灰色の砂利が広がった海岸に着く。
そこには、今までヤンが見たどんな貝殻とも似ていない、不思議な貝がたくさん落ちていた。
赤や緑、白など色鮮やかな貝。キラキラした珍しい石もたくさん落ちている。
「これはすごい場所を見つけたぞ!」
ヤンは興奮した。踏ん反り返った連中もびっくりして、ヤンのセンスを認めるにちがいない。
一際鮮やかな、真っ赤な貝殻を選び、背中から体をねじ込んだ。
「うん、良い収まりじゃないか」
自分では背負った姿は見られない。早く誰かに会って反応を見たい。足取り軽く、砂を掻くように帰路を急いだ。
なんども振り返って赤い貝を見た。もう少しで人生が変わる気がして、嬉しくなった。
もうすぐ馴染みの海岸だ・・・
海沿いの町に住む一人の青年が、砂浜を散歩していた。
ふと遠くの方に、赤い点が動いている。なんだろうと思い近づいてみて、青年はぎょっとする。
それは一匹のヤドカリだった。
しかし背負っているものは貝殻ではなく、コカコーラのボトルキャップだった。
プラスチックごみを背負ったヤドカリが、何か急いでるように砂浜を進んでいた。
ヤドカリの欲望 ばしゃうま亭 残務 @bashauma_tei
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