愛欲と官能の夜

佐藤山猫

愛欲と官能の夜


 うっとりとした目でわたしはあなたを見ていた。

 仰向けに寝ているあなたは少し汗をかいている。エアコンは壊れているのか、代わりにベッド脇の窓が広く開けられている。ツンとしたにおいを感じる。


 身体が疼く。熱っぽい。滴り落ちそうな唾を慌てて飲み込んだ。


 ああ、食ってしまいたい。

 じゅるり。舌なめずりをした。


 わたしはそっとあなたの身体に跨った。体重は軽い。きっと乗られていることにも気付かないだろう。

 顔を寄せる。汗のにおいが強い。剥き出しになった鎖骨に口を寄せた。最初は触れるか触れないかくらいで。あなたの反応を窺って──ああ、気付いていない。


 口付ける。首元に身体を埋めるようにして。

 啜り取る。あなたの身体の中のエナジーを貰うようにして。


 とくん、と身体の芯から震えた。


 口を離す。ツゥーと唾液が架け橋をつくって、プツンと消えた。

 勿体ない、何故だか分からないけれどそう感じた。


 口付けをしたのに、あなたの様子はなんら変わりない。

 わたしは首を捻って、今度はあなたの左肩から腕までを下った。

 脱力していてもそれと感じる筋肉。血管のうっすら浮き出た肘裏。産毛というには濃い腕の毛。そしてそれら全てから感じ取れる汗のにおい。

 あなたが気付かないのをいいことに、尖らせた口を肌に寄せて吸い付いていく。虫刺されのようなキスの跡があなたの白い肌を朱に染めていく。


「うーん」


 言葉ともつかない声とともに、あなたは右腕を動かした。

 わたしが這わせた首元をぽりぽりと掻いている。かくれんぼする子どものように、わたしは息を殺した。

 ややあって元通りに腕を下ろしたあなたを見て、わたしはなんだか安心した。悪戯がバレなかったことを安堵するようだった。


 身体が昂って、自制など効きそうになかった。ユラユラとあなたに近付く。

 身体に残した噛み跡が、「あなたはわたしのもの」という証になるようで、興奮する。頭を下半身の方へどんどん下げていく。少し蒸れたような感じ。黒い茂みから薫り立つ芳醇なにおい。


 チロッ。


「あはっ」


 最高の気分だった。


 ふと、お腹の中にいる赤ちゃんのことを思った。

 わたしたちの情事。十全に愛を確かめる行為。お腹の子も喜んでいるに違いない。


 思えば初めてのセックスは味気ないものだった。もう面影も覚えていない。

 ただ入れて、ただ出されて。なんとなく孕んだ──けれどもとても愛おしい命。


 そして目の前にいるあなたを想う。饐えたにおいを浴びるように感じて、わたしは絶頂する。ゾクゾクっと痺れるような電流が走る。わたしは夢中になってあなたを貪った。


 ちゅう、ちゅうちゅう。


 澱んだあなたのエナジーを堪能する。独特なにおい。それを芳醇と思い、脳髄はビリビリと。わたしはあなたにかぶりつくようにして──。














 ぱちん!



















 蒸し暑い夜だった。

 男は寝ぼけ眼を開いた。そして手のひらに残された跡を見る。


「うわっ、めちゃくちゃ吸われてんじゃん──あっ、痒っ!」


 手のひらには、血痕と潰れた蚊の死体が付着していた。

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愛欲と官能の夜 佐藤山猫 @Yamaneko_Sato

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