#003 チャイナ・タウン
チャイナ・タウンに着いたのは午後三時だった。シンガポール空港には午前十時に着いていたのだが、機内で発生したトラブルのためにタクシーに乗るまでに時間がかかってしまったのだ。しかし本来ならホテルに荷物を預けるだけのところ、チェックインできる時間になったため、部屋まで案内してもらえたのは幸運だった。荷物を運んでくれたボーイにお薦めのレストランを聞くと「屋台はいかがでしょう。規模は小さいですが美味しい店の揃ったホーカー(屋台街)がありますよ」とホテルから歩いて五分ほどの場所を教えてくれた。食べ歩きも悪くないだろう、とボーイにチップを渡した。
部屋で休んでから、風通しの良いシャツに短パンとビーチサンダルに
ホテルを出ると、じんわりと湿った熱い空気が肌にまとわりついてくる。強い日差しを感じて空を見上げると、目を焼く青。
ボーイが教えてくれたホーカーは地元民が集まるところだったようで、観光客の姿はなかった。学校帰りにたむろしていた子どもたちに話しかけると、
子どもは好きだ、けれど扱いは得意ではない。だから彼らに逆らう理由も
「ドクター!」
子どもたちと交流を深めていたら急に背後から声をかけられた。振り返ると『機内トラブルの要因』である青年が立っていた。彼は、驚くわたしに「お礼をするっていったのに、勝手に帰っちゃうなんて……、でもこれも
懐いた犬のように隣に腰かけてきた彼からは花の甘い香りをベースにし、ホップの苦みが混じったお
最後に子どもたちにアイスを奢り、その場を後にしようとした。しかし「どこ行きますか、ドクター!」とわたしにとっては子どもの一人である青年はついてきてしまった。ショッピングストリートを歩いてると「これがいいっスよ」と彼は『シンガポール』と書かれたTシャツを選んでくれたので、無視してマーライオンの形をしたクッキーを購入した。モスクに立ち寄ると彼はなにかいいたげな顔をしたが、なにもいわなかった。
びしょ濡れの彼はまず「ラマダーンのときは日中食べないってだけで、
パラソルの
青年は虹を見て、それからわたしを真っ直ぐに見た。
「ドクターが『メッカは夜だ。だから食べていい』っていってくれたとき、……アッラー(唯一神)がいるってわかったっス。本当に、ありがとうございました」
彼が一日いいたかったであろう言葉を受け止めて、機内で手を
それから数日の滞在を経て帰国すると、やはり空港に秘書が迎えに来ていた。
今回は匂いがついていないはずだと思ったが、秘書はわたしのスーツケースを受け取ると「シンガポール
「ドクター、いくつかの航空会社からドクター登録の依頼が来ていましたよ。休暇にお仕事されたんですね? ……ちゃんと楽しまれたんですか?」
たしかに機内トラブルは大変だったと思い出す。
あの日はムスリムの宗教行事ラマダーンの日だった。ラマダーンは日が落ちてから食事を
そんな彼の目を見たとき、なにかに
「チャイナ・タウンは、発見の多い街だった。たまに神もいるしね」
秘書はあいまいに微笑んでわたしを見てきたので、こら、と叱ってからクッキーを渡した。
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