第三話 支援魔術など嫌いなんだ

「断る」

「ちょっとご主人様!」

「この俺様が治療だと? そんな地味なことしても俺様の名声は上がらないだろうが」

「そんなことないですって」

「あの女が認めないと無駄だ」

 パンダが宮廷魔術師となることを阻んだ女。あの言葉を後悔させてやらなければ。

 宮廷魔術師としての実力はある。前線に出ても活躍できる。それなのにあの女が権力をふりかざし宮廷魔術師としての道を閉ざしたのだ。

「そういうところだと思いますけどね……」

「なんだと?」

「いえいえなにも! そうですよねご主人様がやらなくてもいいですよね! 別に流行病で何人何十人何百人亡くなろうと関係ないですし!」

「大勢が罹患りかんしているのか?」

 アスターの顔が曇る。

「流行病などと比べればそれほど多くはないのですが……問題なのは死亡率です。発症すれば遅かれ早かれ……」

 苦しげな表情を浮かべ、アスターが息を吐く。それはこの街の領主として、どうにかしたいと願っているのになにもできない苦悩がうかがえた。

 少しふり返り、まだ背に張り付いているロイの頭をなでる。

「この子の両親もその病で亡くなったとか」

「そうか。だが生憎、魔術で病を治せるわけじゃない。お前を治療できたのは魔素の暴走が原因だったからだ。病など自己治癒能力の向上を促す程度の対処療法しかできない。諦めろ」

 気の毒だとは思うが、助けてやれないものもある。

 だから支援魔術など嫌いなのだ。たとえ天才的なまでに使いこなせようと、風邪ひとつ治療してやることはできないのだから。

「いえ、あなたなら可能だ。あなたが治療してくださらなければ、近いうちに私も命を落としていたでしょう」

「それってまさか……」

 カラスが息を飲んだ。それに深く頷きアスターが重い口を開く。

「あれが病なのです。発症すると徐々に正気がなくなり、末期には完全に意思が奪われ暴れ回って、死ぬ」

「なるほど。これはご主人様の美と才能を広めるチャンスなのでは?」

 アスターを見かけた時のことを思い出す。確かにあの時のアスターの回路の開き方はめちゃくちゃだった。あの状態が続けば、正気を保てなくなるのも頷ける。そして、制限なく流れ込む魔素に身体が耐えられなくなり命を落とすのも。

 だが、普通にしていてあんなふうにはならないものだ。適性がなければ、そもそも回路を開くことすらできないはず。

「お願いします。この街には今の今まで、病の原因を特定できるような者はいなかったのです。今初めて原因が分かった。治療できるのだと知りました。どうか」

「それ相応の対価は覚悟しておけよ」

 なにかがある。これはただの病などではないだろう。まして大勢が次々とその状態になるなどどう考えてもおかしい。

「さすが天才魔術師のご主人様! これでご主人様の美と才能がまた広がりますね!」

「当然だ」

「そうと決まればふかふかのベッドを用意してください! ご主人様はお疲れなんです」

 胸を張ってそう言ったカラスの頭をはたく。どうもこの黒鷹は、自分の望みをパンダのせいにして叶えようとするところがある。

 これも絶対服従にできなかった弊害かと思うと頭が痛い。おそらくカラスは契約の際、自由を奪われなかったことにほくそ笑んでいたに違いない。腹立たしい。

 そういうやつは、定期的にわからせてやらねばならないだろう。

「俺様が疲れているなどありえん。お前がいいベッドで眠りたいだけだろうが」

「ちぇ、バレましたか……」

 どうしてバレないと思ったのか知りたいくらいだが、そこは突っ込まないでおく。カラスのこういうところに突っ込むのは時間の無駄だ。

「まあだが、最低限のもてなしというものは必要だろうからな」

「もちろんです。ご用意させていただきます」

「いいだろう、引き受けよう」

 パンダが鷹揚に頷いて見せると、アスターが深々と頭を下げた。

「治療対象のところに案内しろ。あと、俺様の美と才能を説くのも忘れないようにしろよ」


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


「思いの外、患者が多かったですね」

 アスターが自分の屋敷に用意してくれた部屋に入ると、真っ先にベッドへと飛び乗ったカラスが神妙な声を出した。その声の調子とは裏腹に、ふかふかの布団に頭をすり付けて目を細めている。

 アスター自身も正気を失っていたため、患者全員の把握は出来ていないようだった。それでもすぐに屋敷に飛んで帰り、発症者の情報をかき集めて来てくれた。

 その中から、緊急度が高そうなものを優先しつつ回ったのだ。

 正気を失い暴れ、本人と周りの安全のためにと拘束されている様子は、人としての尊厳などなく獣かのようだった。しかしそれも仕方がない。

 暗くなるまでひと通り回ったものの、発症から数日の者は明日に持ち越しとなった。カラスがどうしても今日はもう嫌だ、ふかふかのベッドで眠りたいと駄々をこねたためだ。

「いい気なものだな。お前が止めなければ今日中に終わっていたぞ」

「パンダ様は本当に人がいいんですねえ」

「は⁉︎ ばば馬鹿だな仕事を早く終わらせて先へ進みたいだけだ馬鹿が」

「へぇ〜」

 完全に寝転がってころんころんと左右に揺れているカラスに苛立つ。

「ずいぶん楽しそうだなぁカラス」

「ええ。だってふかふかですよ! パンダ様も寝転んでみてくださいよ」

「じゃあそうさせてもらおうか」

 どすんとカラスのすぐ脇に腰を下ろしたと同時に、パンダを非難する声が上がる。その声を無視して寝転がると、ちょうど背中でカラスを押しつぶす形になった。なにか騒いでいるものの、くぐもっていて聞き取れない。

 しばらく背中の下でもがいているカラスの様子をうかがうが、その様子はまるでただの鷹かのようだ。そのことに知らず口角が上がる。

 いつも口うるさいし、いい気味だ。

「ぷはぁー! なにするんですかあ」

「お前が寝ろと言っただろうが」

「こんなに広いベッドなのに私の上に寝転がるなんて! 酷いじゃないですか」

 パンダ様はああだこうだとカラスが騒ぎ立てているのは聞き流す。相手をするだけ時間の無駄だ。

 それよりも気にかかることがある。

「この街の病、『厄災』が原因だと思うか?」

「臭いますね。紋様はどうです?」

「ああ、反応しているな」

 パンダの背には小さいものの薄気味悪い形の紋様が刻まれている。それはこの街に近づくにつれ熱を帯び、チリチリとしたかすかな痛みをパンダに伝えて来ていた。

 どこかで誰かが持っているだろう『厄災』の紋様と共鳴しているのだ。

(クソ親父サンタめ、見つけたらタダじゃおかねぇ)

 『厄災』の紋様をばら撒いたのは、救国の英雄と誰もが信じている宮廷魔術師のサンタだ。その『厄災』のせいで、パンダだけではなく大勢の人々が酷い目にあっている。

 あのロイという子どもの両親も病で死んだと言っていた。パンダが治療に周る先々で、もっと早くに来てくれていたらと涙していた者たちが大勢いた。

 こんな面倒な仕事をする羽目になっているのも、元はと言えばサンタのせいだ。

 ごろりと横になろうとして、腰に硬いもの——身につけていた剣が当たる。

 それを緩慢に外すと、枕元へと押しやった。

 急激にまぶたが重くなってくる。

「それ、売り飛ばしましょうよ。天才魔術師のパンダ様ならいらないでしょ?」

「ああ」

「素材として質がいいから、高く売れると思うんですよね」

「ああ、そうだな……」

「帝都でもなんだかんだ売らないから……ってあれ? パンダ様?」

 カラスの羽がほおを叩くが、それに反応するのも面倒になっていた。眠い。

「ちょ、寝るんなら布団の中に入って下さい風邪引きますって。ねえ」

「そんなもの……引くか馬鹿が……」

「……もう。仕方ないですね」

 かろうじて足をベッドへ上げ横になる。そのパンダのお腹にくるまるようにカラスが身を寄せたのがわかった。自分だけぬくぬく寝ようという算段だろう。

 気に食わないが、相手をするよりも眠りたい欲求が勝つ。完全にまぶたを閉じると、パンダの意識は急速に眠りへと落ちて行った。


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