第二話 俺様は天才魔術師だ
やってきたウィイトレスにステーキを注文すると、深々と椅子に腰かける。一度座ると、軽い疲労感を感じた。
帝都を出てからこのかた、ずっと徒歩だった上に夜は野宿だったのだ。
「お待たせしました」
水と一緒にどんとステーキが置かれた音ではっとする。少し眠っていたようだ。
「お疲れですか?」
「そんなわけないだろう。だが、疲れているのだとすれば、カラス、お前のせいだ。飛べないお荷物が俺様の肩にずっと乗っているからな」
カラスと呼ばれた鷹は、お荷物と言われたことに心底不服そうな瞳をパンダに向けた。
「それはご主人様がいけないんですよ。契約の時に飛ぶ能力を封じるとかわけわかんないこと言うから」
「は?」
「普通は! 自由を封じるとか、言葉を封じるとか、魔法を封じるとか、絶対服従だとか、色々あるでしょうに」
「そそそれはあれだ、美と才能有り余る俺様がお前ごときを絶対服従させたところで面白くもなんともないからだ!」
あと幼かったから思いつかなかっただけだ、と言うのはぐっと飲み込んでおく。
幼かったとはいえ、使役獣を下すには魔物と戦って勝利し、契約する以外にない。それだけパンダは天才的だったのだ。
絶対服従など魔獣にかろうじて勝てたような運のいい凡人がすることだとパンダは結論付け、溜飲を下げる。
「私はいつでもご主人様の寝首を掻くことが出来るんですからね」
「ならやってみろよ」
「ぐえぇ、ぐ……ぐるじ……」
下げたと思った溜飲は気のせいだったらしい。ぎゅうぎゅうとカラスの首を絞めたパンダだったが、ステーキが冷めるということに気がついてフォークを手に取る。
パンダに服従するような契約にしなかったのが今更ながら悔やまれる。カラスがこんなに反抗的な奴だとは考えもしなかった。
幼くして魔獣を下した才能がいけなかったのだろう。天才とは辛いものだ。
そんなことを考えながら肉を次々に頬張り、あらかた食べ終わると残りを皿ごとカラスの方へと押しやる。
「ありがとうございます」
「俺様の温情に感謝しろよ」
「もちろんいつもしてますよ! 美味しい食事を摂れるのも暖かい宿で眠れるのもご主人様が仕事してくださるおかげですから! うまいうまいモグモグ」
「わかっていれば良いんだわかっていれば」
こんな小うるさい相棒でも、いないよりは役に立つだろう、たぶん。飛べない以外にはなんの制約もないから、いざとなれば魔法を使わせることも出来る。
「仕事で活躍して、この街にもご主人様の美と才能を広めなくてはいけませんからね!」
「では、仕事をお願いしても良いだろうか」
男の声がして、足音が近づいてきた。パンダの元へ歩いて来たのは、大柄な壮年の男。先ほど大暴れしてパンダに治療されたあの大男だった。
泥で薄汚れているが、その表情も雰囲気も穏やかなものに包まれている。少し乱れているものの、ロマンスグレーの髪を後ろへ撫でつけた様子は上品ささえ感じられた。
その後ろには、追いかけられていたはずの男児が複雑そうな顔をして従っている。その顔を彩る金髪と真っ白な肌、枝のように細い腕はいかにも病弱そうな雰囲気をかもし出している。がっちりした大男とは大違いだ。
「私はこの街の領主、アスター・イングラムという。先程はあなたが治療してくれたのだとか。ありがとう」
大男——アスターはにこやかに礼を言って、座っていいかと尋ねてくる。仕事を依頼したいというのは本当らしい。
腕組みしながら無言でパンダが頷くと、男は椅子を引いて座った。
後ろについて来ていた男児は、座らずに背に隠れるようにして立っている。
「気が付かれたんですね!」
「はい。ロイに……この子に聞いたらこの店に入ったと言うので」
男は上品に頷き、カラスへと顔を向ける。
「あなたは使役獣ですか。初めて見ました」
「はい。
「鷹……に見えますが、カラスという名なんですね」
「それはパンダ様のネーミングセンスが————」
「なんだとコラ」
額に青筋を立てているパンダをよそに、アスターの瞳が丸くなった。
パンダという名前に反応したらしく、その名を口の中でくり返す。
「黒い鷹を使役獣にしているパンダと言われる方に心当たりがあるのですが……」
「ご存知ですか! ご主人様は、なにを隠そうあの宮廷魔術師サンタ様のご子息なんですよ、えっへん」
「あなたがあの救国の英雄サンタ様の!」
「おいお前喋りすぎだッ」
むんずとカラスの首根っこを力任せにつかみ絞めるが時すでに遅し。穏やかに話していたアスターの瞳が、やや興奮気味に輝いている。
「ギャーなんでですかっご主人様の美と才能は世界に広められるべきでしょう! ぐるじい!」
「あのクソ忌々しい
「だって知名度ナンバーワンじゃないですか。息子のためにその七光りを貸してくれたって良いはずですッ」
「そんなものは俺様にはいらん!」
救国の英雄。サンタを表す言葉の中で最も腹の立つ二つ名。宮廷魔術師として絶大な力を持ち、先の大戦で数々の戦果を上げたことは認めてもいい。だが。
思い出しただけで胸がざわつく。
「サンタ様のご子息と言えば、弱冠十六歳で支援魔術の天才と噂ですが」
「ざけんな俺様はそんな地味な魔術なんか興味ねぇんだよッ」
お前は宮廷魔術師としては未熟だな。そんな冷たい女の声が脳裏に蘇り苛立つ。
あの女は、気に食わない。
「俺様はな、派手な攻撃魔法だって連続で発動できるしコントロールも威力も思いのままの天才魔術師なんだ! ちまちま後方支援なんてしてる器じゃねえんだよ」
「それは申し訳ない」
「気にしないでください。ご主人様の短気はいつものことですから」
カラスはといえば、すました顔をして水を飲んでいる。
「で? 仕事を依頼したいと聞こえたが、お前は世間話でもしに来たのか?」
「ああ、そうでした」
「その前に。おいお前、椅子は余っている。座れ」
いまだにアスターの後ろに立っている男児に声をかけたが、それに答えは返らなかった。パンダの口調に驚いたのか、泣き出しそうな顔をしてアスターの背にしがみついて動かなくなる。
「気遣いありがとうございます。でもロイは人見知りが激しくて」
「お前の子か?」
「いえ、この子は使用人として雇っているという名目で屋敷に置いています。幼いのに身寄りがないとかで」
「ふうん」
ロイの身の上に興味があるわけでもない。ロイがアスターの背にかじりついて動かない以上、座れと言っても無駄だろう。
「じゃあ、仕事の話をしてもらおうか」
「はい。もうお察しかとは思いますが、この街に
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