魔術師パンダと闇の烙印
はな
第一話 俺様の美と才能は広めるべき
新しい街に入り通りを歩いていくのは、左にだけ付けた肩当てに真っ黒な鷹を乗せ佩刀した美少年だった。
やわらかなブラウンのウェーブヘアは背中まで流れ、その整った顔立ちを際立たせている。細身で一瞬女性かと見紛うほどだが、かろうじて少年だろうと思わせる体躯をしている。
賑やかな人通りを眺めていたその少年の視線が、斜め前方向で止まった。
「パンダ様、あの男おかしいですよね?」
肩の上でそう耳打ちしたのは鷹だ。
同じ方向を向いたその視線の先には、金髪をふり乱し慌てふためいた様子でバタバタと走る十歳ほどの男児の姿。
そしてその後ろから、奇声を上げて追いかけてくる大男が現れ通りへと踊り込んだ。周囲からどよめきと悲鳴が上がる。
どこを見ているかもわからない目をぐるんぐるんとまわし、正気ではないうなり声を上げる大男から男児がこちらへと必死に逃げ込んでくる。
「ああ。回路の開きがめちゃくちゃだな」
「治しますか? ここであの子供を助けたら、パンダ様の美と才能はこの街にぱっと広がりますよ?」
「なるほどそれもそうだな」
ふふん、と機嫌よく口角を上げたパンダと呼ばれた美少年は、手を胸の前まで上げた。その時にはすでに頭の中に精巧な魔法陣が描かれ、その順番通りに体内の回路が次々と開き魔素を通していく。その間二秒。
パンダの横を男児が駆け抜けたと同時に前に差し出した手のひらから光があふれた。それは風の壁となり、大男を弾き返す。
派手に地面に倒れた大男はそれでも、さっと素早く起きあがろうとしている。
それを阻んだのは次々に発動し展開された魔術だった。壁の後は空気の重りが大男の身体を地面へと縫い付け、その周囲にも壁を作り隔離する。
「さっすがパンダ様、人が集まって来ましたよ!」
遠巻きではあるが、人が集まり始め円状に周囲を囲んでいく。
大男の事は怖いが、魔術で押さえられているのは見たい。そんな野次馬根性が垣間見える。
「なんでこんな開き方してるんだ、こいつ」
「魔法適正もあまりなさそうですよね。臭いませんか?」
「ああ」
魔素を通す回路は、適切に開いたり閉じたり出来なければ身体に負担がかかる。そもそも回路を開けるかどうかはその者の適正によるところが大きい。
適正もないのにあちこちの回路が開いている、そしてその開き方も魔素を通すには非効率的。普通にしていたらこうはならないだろう。
このめちゃくちゃな開き方のせいで、許容量を上回る魔素が流れ込み精神をやられているのだ。
「いつもなら必要ないが、俺様の才能を知るには目に見える方がいいだろうな!」
パンダがそう言うと、大男の下の地面が輝いた。そこにあらわれたのは、複雑な線を絡み合わせた魔法陣。
魔素で描かれたその紋様は、魔素を自分の思う力に変換するために開く回路の設計図。この場合は、大男の回路を正しい流れと開きに整える治療の力へと変換するためのものだ。
魔法陣は頭の中で描くだけで発動できるが、それだと他の人間には理解しにくいこともまた事実。
「これで俺様の天才ぶりを思い知るがいい!」
「悪役みたいな台詞言ってないで早く」
「っち、うるせぇなぁ!」
ぼうっと光った魔法陣の線が輝き、大男を飲み込む。
光が消えた後には、もう大男を抑えていた風の魔術も消えていた。地面にはぐったり横たわった大男。
周囲の人間達は、押し黙ったままだ。
「俺様が貴重な時間を割いて治療してやったのになんだこの反応は」
「ご主人様の魔術が高度すぎたんでしょうね、回路がどう開いてるかなんてわからないでしょうし。もう彼が治っていることもわからないのでは」
「なんだと? お前わざとか⁉︎」
美と才能を広められると言うから助けてやったのに、まさか理解してもらえないとは考えてもいなかった。
ここは凄いとか天才とか、そういう賛辞がくる場面のはずなのに。
いやそれよりも気に食わないのは、それがわかっていたような口ぶりの相棒の方だ。
「まさか! 私もこんなにわからない人間ばっかりだとは思わなくて!」
「本当だろうな?」
「もちろんですよ!」
ぶんぶんと首を縦に振る相棒をにらむが、嘘を言っている様子でもない。
「そうか、そうだな。俺様が天才すぎただけか」
「……チョロ」
「なにか言ったか?」
「そう! こんなチョロチョロした事なんてどうでも良いんです!」
やっと意識を取り戻したのだろう大男が身じろぎし、それに観衆が波のように後ずさった。やはり彼がもう治療済みのことを誰も理解していないようだ。
そのことに多少の苛立ちを感じたが、魔法に馴染みのない一般人とはこういうものなのだろう。
「あー、どうやら魔素が体内で暴走していたようだな。だがこの俺様が治療してやったからもう大丈夫だ、ありがたく思え」
多少棒読みになってしまったが、パンダがそう言うとやっと観衆がざわめいた。とはいえ、その反応はまだ鈍い。
あの大男が正気であることが確認できればまた違うのだろうが、そこまで付き合ってやるのも面倒くさい。
「一仕事したんだからご飯食べましょうよ」
この美と才能がすぐにわからない奴らと関わっても無駄だ。そう納得して、パンダは歩き出した。もう大男にも観衆にも興味はない。
「ち、時間を無駄にしたじゃねぇか」
「なんだかんだ助けてたくせに〜」
「は? なぜこの俺様がこんなくだらない事しないといけないんだバカか。まず飯だ」
そう言えば急にお腹が空いて来た気がする。割と長時間歩き通しだったせいだろう。
さっさと群衆を抜け、目についた食堂へと入りテーブルへつく。
席についたパンダの肩から鷹がテーブルへと降りた。
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