第2話
『今から教えるのは貴方にも使える魔法。誰かを助けられる魔法だよ。』
あれは確か小学生の頃。川に落ちた友達を助けたいけれど、どうしていいか分からなくて泣いていた時。駆けつけてくれたのは、魔法少女だった。優しい笑みを浮かべた少女は、友達を治療した後、泣きじゃくる私に教えてくれた。
『貴方の持つ勇気を全て声に乗せて、こう叫ぶの。』
両手で口を囲んで、メガホンのようにして少女はその魔法を教えてくれた。それから私の頭を撫でて、「そしたら、私が絶対助けに行くからね。」と言って笑った。名前を聞いたかどうかは憶えていない。それでも、その言葉と笑った時の顔は憶えている。
何故思い出したかは分からない。けれど、あの時の魔法少女のお姉さんの気持ちに応えたい、そう思った。
「お客様、私の後ろに。」
「え?」
見えているはずなのに、事態を把握していないのか、キョトンとしているお姉さんをとりあえず背後に匿う。強盗に驚いている、というよりも、私が前に出たこと自体に驚いているみたいだった。全く、変なお姉さんだ。
視線の先では、店員がレジの下にある防犯ベルに手を触れる。だが、その不審な動きを男は見逃さなかった。
「おい、今何かしたな……死ねっ。」
ステッキが魔法を溜める。発射まで数秒。
ステッキにも色々種類があるが、殺傷能力があるような魔法が使えるものは市販されていない。男の高圧的な態度をみるに、おそらく違法なマジカルステッキに違いない。そうなると、店員、ひいては私達の命が危ない。私は迷わなかった。かつて魔法少女が教えてくれた魔法を行使した。
「誰か、助けて!!!!!!」
手をメガホンにして、私の勇気を込める。精一杯の他力本願は、男を動揺させるには十分だった。私達の存在は想定外だったのか、男は動揺し、ステッキの魔法の照準がズレる。ズレたまほうはレジを直撃し、お金が舞い散る。ステッキは一度使うと、再使用までに時間がある。その隙に店員は店の奥へと駆け出し、バックヤードの扉を固く閉じた。後には叫んだ私と犯人、そしてお姉さんだけが残された。
一万円札がひらりと男の頭の上に乗るが、男は憤怒の表情でそれを握りつぶした。おいおい、それが欲しかったんじゃないの。男が持つステッキの先はもちろん私の方に向いている。どう考えても次の標的は私、魔法で風穴があく姿が容易に想像できる。
これがもし私一人なら、えいやっと駆けだしてしまえばいい。運が良ければ死なずに済む。でも、私の後ろにはお客様がいる。バイトとは言え、店員だ。お客様を安全に逃がさないといけない。もしかしたら、お姉さんの存在は男に気づかれていないかもしれない。なんとか時間さえ稼げれば、さっきの店員が助けを呼んでくれる。なら、まずはお姉さんを逃がして、私が人質になる。それで急場はしのげる気がする。
そうと決まれば動くしかない。私は背後に隠れているお姉さんに声をかけた。
「お客様、私が何とか気を逸らします。その間に、右前方のお出口からお逃げください。」
「え?カードはどうなるの?」
お姉さんはとぼけた声を出す。何だこの人。そんなに魔法を使いたいのか、それとも人の話を聞かない人なのか。その両方か。
とぼけた返答をするお姉さんに、優しい応対をする余裕は残っていなかった。数メートル前で男がステッキに魔力を貯めていることも気にせず、声を張り上げた。死ぬかもしれないんだ、好き放題やってやる。
「作れないよ!!身分証明できないんだし、当然でしょ!!そんなに魔法が使いたいなら、使わせてあげるわよ。」
ポケットの財布からマジカルカードを取り出す。ここのショッピングモールがデザインされたカードをお姉さんに押し付ける。
「暗証番号は5208、分かったらさっさと逃げて使いなさいよ。ほらっ!!」
暗証番号を口に出すことなんて今までなかった。言ってみると結構気持ちいい。お姉さんがこれで極悪人だったら、えげつない金額が口座から引き落とされるだろうけど、そうなったらカード会社にカードの利用を止めてもらえばいい。とにかく、このてこでも動かなさそうな人を動かすにはそれしかなかった。
視界の中央に位置するステッキには、光が収束しつつある。発射まで数秒もない。だが、お姉さんは動く様子は一切ない。お姉さんは肩を震わせていた。恐怖で震えているのかと思っていたけれど、よく見るとそうではない。お姉さんは笑っていた。笑みの零れる顔を左手で押さえながら、立ち上がる。
「くっ、ははっ、あははははっ。」
あまりにも場違いな反応に、私と正面の男はギョッとする。男の方はそもそもお姉さんに気が付いていなかったらしく、ステッキを握る手を強めた。不味い、お姉さんも標的に入ってしまった。どうするのが一番だろう。明らかに危険な人とはいえ、お姉さんを生贄に捧げるわけにはいかない。
「ありがとう、守ろうとしてくれて。」
悩む私の肩をお姉さんは軽く引いた。その力で私の身体は後ろに、入れ替わりにお姉さんの身体は前に行く。左手にはいつの間にかステッキが握られている。お姉さんはまるで改札にICカードでタッチする位の気軽さで、手元のステッキに私のカードを差し込んだ。カードの挿入を確認して、ステッキが電子音声で告げる。
「暗証番号をご入力ください。」
お姉さんは手元を見ることなく、ステッキの持ち手にあるキーパッドを操作する。私がさっき教えた暗証番号が軽やかに入力されていく。よく見ると、お姉さんの持つステッキは一般のものとも、男が持っているものとも違う。大きさこそ同じでも、その質は全く違うものに見えた。
「認証を確認しました。」
お姉さんの視線はスッと目の前の男に向けられている。突如として立ちはだかったお姉さんに気圧された男はその照準を彼女に固定し、叫んだ。
「喰らえっ!!」
バレボール位の光の球が発射される。あんなものをまともに受けてしまえば、人間ではいられなくなるだろう。それでも怖くはなかった。それは、お姉さんがいたから。さっきまで空気を読まない人だったお姉さんが、今はこんなにも頼もしい。
迫る魔法を前に、お姉さんはステッキを構えて、告げた。
「
刹那、お姉さんの身体は光に包まれた。そこに光の球がぶつかり、更に大きな光を生む。眩しくはあったけれど、そこに衝撃はなかった。光が収まった頃、恐る恐る目を開けると、無残に壊れた長机の上に無傷のお姉さんが立っていた。目を閉じる前と変わっている所があるとするなら、それは。
「魔法少女……?」
お姉さんの服装がまるきり変わっていた。身を包むのは、青と黒を基調にしたワンピース。上から下まで二列の銀ボタンが留められている。魔法少女、とは言ったものの、どちらかというと軍服に近い服装だ。その手に握られていた可愛らしいステッキも今は、ハンドガンへと姿を変えている。その銃口は電気屋の床に腰をつく男に向けられていた。
「抵抗しないのなら、命は取らない。大人しくしろ。」
「ちっ……何が魔法少女だっ、調子に乗りやがってこのアマっ!!!!」
勝機がないと感じ、錯乱したのか、男はステッキを握ったまま走り出した。振りかぶるステッキ、血走った眼はお姉さんを捉えている。
それでも、お姉さんは全く焦らない。それどころか、その青い瞳はより冴え渡っていた。
ステッキが届く位置まで男が迫ってもお姉さんは動かなかった。でも、ステッキが動いた瞬間、お姉さんの右手も動いた。
「魔法少女には老若男女がいる。勘違いするな。」
振りぬかれた右ストレートが男の頬に突き刺さる。まさに一撃必殺。ハンドガンを構えていたのはなんだったのか、という疑問は残るものの、男は意識を完全に刈り取られて吹っ飛んだ。髭剃りコーナーに突っ込んだ男の顔が電灯に照らされる。男の顔は無精ひげが無均等に生えていた。
束の間の静寂。しかる後にパトカーのサイレンが聞こえてきた。何人かの人が駆けてくるような足音も。これでようやく一安心。ほっと胸を撫でおろした、その手首をお姉さんに掴まれた。
「な、何ですか?」
「逃げるよ。さ、早く。」
「え、えー!?」
いつの間にか魔法少女の姿を解除したお姉さんは私の手を掴んで強引に走り出す。私が渋っていると、私の足を払って宙に浮かせてキャッチした。俗にいうお姫様抱っこという状態のまま、一階に向かうエスカレーターを駆け下りる。何が何だか分からない状況ではあるものの、お姉さんからは何故か懐かしい香りがした。
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