第1話

 茨城県T市、ショッピングモール。魔法とはおおよそ縁のなさそうな場所。白川凛子は電気屋の正面にポツンと置かれた長机の後ろで声を出す。背後に設置された3階行きのエスカレーターと1階行きエスカレーターの駆動音が耳をくすぐる。


「いらっしゃいませ〜。ミラクルカード新規ご入会で二千円分の魔力、プレゼントしておりまーす。」


 声には全く張りがない。そりゃそうだ。誰も止まりやしないもの。どいつもこいつも、ここに誰もいない、何も聞こえない、みたいな顔で素通りする。ちょっとぐらい聞く耳持ってくれてもいいじゃないか。そうじゃないと、ちっともやる気が出ない。

 それに、今日は朝からよく分からないことに巻き込まれた。季節外れの桜も、私の自転車にぶつかりそうになったフードの人も、夢かと思ったけど、私はその足で今バイトにいる。つまり、あの体験は夢じゃなかったってことになる。私としては、夢だった方がありがたかったけれど、夢じゃないからなんとなく気分がよくない。今日の朝見た星座占いは一位だったんだけどな……確か、『しし座の貴方、今日は運命の出会いをしちゃうかも!?今までとは違う世界に挑戦してみるチャンス。ラッキーアイエムはピンクのモノ。』だっけ。桜の花弁、確かにピンクだったけど、あの人が運命の相手だったのだろうか。何なくだけど、違う気がする。


「お連れ様とご一緒に入会されますと、五百円分の魔力をプレゼントいたします〜。」


 私が生まれる前、異世界から可愛い生物達が現れた。もふもふでふわふわの彼等は、この世界の人々にこう言った。


『僕達と契約して、魔法使いにならないか。』


 それぞれに差はあれど、彼等はこのようなことを言った。ただ、契約をした人間は魔法を使えるようにならなかった。「騙したな。」と詰め寄る人間達に、ふわふわ達はこう言った。


『契約ですから、タダ、というわけにはねぇ……?』


 ふわふわ生物としてしてはいけない顔をしていたとか、いないとか。まぁ、とにかくふわふわ達は対価として、金銭を要求してきた。要はお金と魔力を交換するのだ。彼等は受け取ったお金で会社を設立した。それが今や一般的に知られる魔法少女配給会社だ。魔法少女の仕事は主に、外界からやってくる化物の討伐。ふわふわ達がやってきた頃から、世界の繋がりがあやふやになっているらしく、外から化物の類が現れるようになったのだ。その時には魔法少女が活躍する。

 ただ、魔法を使えるのが魔法少女だけかといえばそうではない。一般人も金銭さえ払えば、簡単な魔法を使えるようになった。それは、魔法少女が登場してしばらく後のことになる。使用した魔力に応じて、金銭を払うシステムが整備されたのだ。その際に使われるのが、私がキャッチをしているようなカード、俗にいうマジカルカードだ。月々使用した魔力が円で換算され、次月末に引き落とされる。人々はマジカルカードに飛びついた。まさに天から舞い降りたビジネスチャンス、これを逃す手はなかった。様々な会社から次々にマジカルカードが発行され、一般に魔法が流通するようになった。


「ミラクルカードは多種多様なデザインを用意しております〜。」


 相変わらず客はこちらに見向きもせずに前を通り過ぎていく。いや、問題は客だけじゃない。このカードにも問題がある。私みたいな大学生バイトを雇っているからかもしれないが、入会特典がそこまで凄くない。有り体に言うとショボい。ネットで手続きが完了するヒャクテンカードの特典と比べると見劣りしてしまう。魔力はまだ生活必需品、という訳ではない。タダでもらえるなら、それが多いに超したことはないのだ。だから、ミラクルカードの加入者はほとんどいない。今日も今日とて閑古鳥が鳴いている。

 バイトはまだ先が長い。でも、客はいないし、声出しはもう飽きた。仕方ない、いつもみたいに妄想の世界に行こう。そう思った時だった。


「あの。」


 妄想の世界に片足を突っ込んでいた私は声をかけられたことにすぐには気が付かなかった。声に引き戻されて現実を見ると、目の前に女の人が立っていた。黒のトップスに青のボトム、肩には黒のジャケットを羽織っている。同年代か少し上位だろうか、影のある美女だった。帽子を深くかぶっているため、顔はよく見えない。


「あ、こ、こちらにお座りくださいっ。」


 慌てて椅子を勧める。危ない、見惚れている場合じゃない、私は仕事中だった。気を引き締めてカードの説明を始める。


「ミラクルカードは年会費と入会費が無料でして……」

「そういうのは、いいから。どうやったら作れるの?」


 始めた途端、遮られてムッとする。でも、こういうお客様は多い。急いでいる人はこちらの話を聞きたがらない。これで後でクレームを入れられても困るんだけどな、と思いつつ、重要な要素だけをかいつまんで話していく。


「──という訳でお得なカードなんですよ。お客様、身分を証明できる書類はお持ちですか?」


 しまった、聞き忘れていた。本当は最初に聞いておかなければならないのだが、お姉さんの圧で忘れてしまっていた。そんなこちらの焦りを気にすることなく、お姉さんは言った。


「持ってない……けど。」

「すみません。それではお作り頂けません。また後日身分を証明できる書類をお持ちになって……」


 マジカルカードはクレジットカードと同様、審査を受けるために身分を証明できる書類が必要になる。持っていないお客様は割といる。それ自体は珍しいことではないのだが、お姉さんは引き下がらなかった。


「それじゃあ駄目。」

「駄目、と言われましても……。」


 困った。話の通じない人の様だ。隣の建物の本部にいる社員さんを呼ぼうか、と手元のガラケーへと手を伸ばす。


「今、私は君と話をしているの。」


 伸ばした手が止まる。一度もガラケーの方は見ていなかった筈だが、手を少し動かしただけでバレてしまった。恐ろしい程の観察力、ますます厄介なお客様に捕まってしまった。もう打つ手なし。


「おい、手を挙げろ!!!!」

「そうそうお手上げです、って、え?」


 目の前のお姉さんの声にしては野太すぎる。現に、お姉さんは全く口を動かしていない。まるでお人形みたい……じゃなくて、声の主は振り返ったお姉さんの視線の先にいた。

 電気屋のレジに強盗がいた。強盗の模範解答みたいな、目出し帽に黒いバッグの男。普通の強盗と違う所があるとするなら、それは男が握っているのが拳銃やナイフではなく、ステッキだという所だろう。子どものおもちゃの様なステッキを持った男がレジの店員を脅している。

 一昔前なら笑い事だったに違いない。魔法なんて使えるわけ無いんだから。でも今は違う。魔法が使えるようになったことで、確実に治安は悪化した。魔法犯罪には、魔法少女が駆り出されるようになり、犯罪率は下がったように思うけれど、それでもまだこうしたことは起こる。流石に目の前で起こったのは初めてだったけど。幸い、今の時間帯はこの階に客はお姉さんだけだ。そして、強盗の男はこちらに気づいていない。今ならお姉さんを連れてこっそり抜け出せるんじゃないか、そんなことを考えたその時。何故だか、幼い頃の記憶が蘇った。






 

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