マジカル✩リアルカ

紅りんご

Summer-凛子-

プロローグ

 アパートから大学中央を自転車で走り抜ける。大学に人はいない。普段なら何人か集まって昼食を食べている石畳の広場も、天を仰ぐ銅像の周りも人がいない。少し寂しい気もするけれど、夏休みだから仕方がない。

 自転車を漕ぐ私の脇をより速い自転車が追い抜かしていった。そのサドル下にエネルギーを貯めるためのバッテリーがあるのが見える。そして、バッテリーに差し込まれたカードも。恐らくあれは、マジカルカードだろう。お金と引き換えに魔力を引き出すカード、いわゆる魔法のカードだ。


「私もっ、魔動アシスト自転車にすればっ、よかったっ!!!!」


 私達の世界には少し前に魔法が登場した。それは、私達の生活を目まぐるしく変えていった。この世界の防衛を担っている『魔法少女』もそうだ。

 身を焦がすような暑さの中、立ちこぎで坂道を上る私は、まさか自分がその世界に足を踏み入れるとは一ミリも考えていなかった。考えていたのは、汗だくでバイト先に行くのは恥ずかしい、ということだけだった。

 坂を上がった先、に見えてくるのは有海公園だ。巨大なT字の展望台は異質で、遥か古代の遺産なんじゃないかと思えてくる。そんなよそ見をしていたからだろうか。危うく前から歩いてきていたフードの人にぶつかりそうになった。直前でハンドルをきって避ける。


「ごめんなさいっ。」


 自転車を止めて振り返る。フードの人は変わらずそこに立っていた。風圧でフードが脱げて、少し煤けたような桃色の髪が露わになる。彼女はそのままゆっくりと振り向いた……はずだ。振り向いたはずだ、というのは、振り向いた瞬間には消えていたからだ。私が瞬きするのに合わせて、フードの少女は消えていた。困惑しつつも、自転車を降りて、彼女がいた筈の場所に走り寄る。そこには、一枚の花弁が落ちていた。掌に乗せて見ると、桜だった。直後に強い風が吹き、季節外れの花弁はどこかに消えてしまった。周りを見ても、同じような桜の花弁はどこにも落ちていなかった。

 私に残ったのは、狐に化かされたような気持ちと、記憶の大事な所をくすぐられているような既視感だった。

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