第15話

 マジックミラーと同じ仕組みなのか、バンの中から外の景色は見通せた。これは違法じゃないんだろうか、と不安になりつつも、もう乗り込んでしまったのでどうしようもない。落ち着かない気持ちを追い払おうと頭を振っていると、横でハンドルを握る白衣猫娘さんが笑った。


「にゃはは。心配してももう遅いよ。」

「あ、いや、皆さんを怪しんでいる訳では……。」

「目は口ほどに物を言う、って感じだねぇ。ボクはミヤコ、漢字とかは適当に考えていいよ。」

「わ、私は白川凛子です。」

「おっけ。リンコちゃん。よろしくねぇ。」


 妙に間延びした声はわざとなのか、それとも素なのか。最後に欠伸したミヤコさんの口からは犬歯が見え隠れした。

 一体この車はどこに向かっているのか、聞けないまま右折と左折を繰り返していく。質問はいつだってホップステップジャンプ、本命を聞くためには、簡単な質問で勢いづけるのがいい。私は車に乗ってから、不思議に思っていたことを尋ねた。


「あの、ミヤコさん。」

「何?」

「ここに来る時、ミヤコさんは運転されて来られたんですか?」

「いいや、後部座席にいたよ。」


 そう言って、ミヤコさんは親指で後部座席を指し示す。今は後部座席は倒されて、葵さんと司令官幼女が寝かされている。車の揺れで動かないように固定された二人以外には誰もいない。確かに、初めて見た時のミヤコさんは後部座席から降りてきていた。私が気になっていたのは、ちょうどそこだった。


「じゃあ、どなたかが運転されてここまで来られたんですよね?」

「そういうことになるねぇ。」


 私が言わんとしていることが伝わっているのか、ミヤコさんは顎を軽く撫でた。


「運転席には今、ミヤコさんがいます。では、その方はどこに行かれたのですか?」

「にゃはは。よく気がつくねぇ。恥ずかしがりやだから、今はここにいるよ。」


 ここ、の部分でミヤコさんは天井を指差した。ミヤコさんの言うとおりなら、今車の上にいる、ということなのだろうか。今、走っている車の上に? 信じがたい話ではあるけれど、葵さんの飛び抜けた身体能力を見た私は納得するしかなかった。葵さん位の力があれば、車の上に張り付くなんて簡単なことなのだろう。今も屋根上にいるであろう誰かにエールを送ってから、私は次の質問に移った。


「この車って、どこに向かってるんですか?」

「にゃはは。どこでもいいんじゃない?大事なのは誰といるか、だよ。」

「いや、今は別にそんないい感じの言葉を聞きたい訳じゃなくて……。」

「ま、着いてからのお楽しみ、ってことで。にゃはは、よろしくー。」

「分かりました……。」


 声こそ軽いものの、その奥には揺るぎないものがある。私はまだ信用されていないのだろうか。何にせよ行き先は教えてくれなさそうだ。諦めて、後部座席へと目をやる。葵さんの目が覚める気配はない。それでも、その胸は微かに上下していて、それを見るだけで少し安心した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る