第14話

 降りてきた白衣猫娘さんは、爆破によって穴ボコだらけになっている公園を愉快そうに眺めながら降りてきた。その足取りは軽い。あっと言う間に私と葵さんの前までやってきた。

 いきなり現れた相手を警戒する私に対して、彼女は悪戯めいた笑みを浮かべて見せる。月光に照らされて、真っ白な歯だけが浮かび上がって見える。


「にゃはは、そんなに怖がらなくてもいいのにねぇ。」

「あ、貴方は誰ですか?」


 よく見れば、白衣の下にはセーラー服、首にはヘッドホンがぶら下がっている。どこから突っ込んでいいものか分からない。強いて言うなら、不審者、だろうか。

 困惑を隠せない私に対して、白衣猫娘さんはそのポケットから何かを取り出した。知恵の輪のように絡まったそれは、聴診器だった。これが証拠だ、とでも言いたげに白衣猫娘さんは宣言した。


「ボクは医者だ。だから、そこの死にかけを早く見せてくれないかい?」

「医者……?」


 確かに白衣を着ているけれど、まともな医者ではない雰囲気が漂っている。医者の証明なら医師免許で良さそうなものだけど、何故聴診器なんだろうか。その聴診器も、先端の銀の円盤から伸びる線の先はヘッドホンに繋がっている。とても、胸の音を聞けそうなものではない。でも、葵さんの容態は一分一秒を争う。ここは自称でも医者に頼んだ方がいい。そう考えて、答えようとした時既に、白衣猫娘さんは葵さんを診ていた。その目は真剣そのもので、とりあえずは安心する。動き始めた脈を確かめながら、彼女はため息をつく。


「やっぱり馬鹿だねぇ、アオイ。あれだけ変身は止めておけって言ったのに。その死にたがり癖はもはや罪だよ。あぁ、でも、元からボクらは罪人かぁ。」


 早口でまくし立てながら、何やら禍々しい色の液体が入った注射器を躊躇なく刺していく。最後の一滴も残らず、注入された液体が何なのかは分からないが、葵さんの顔色はいくらかマシになっていく気がする。それから白衣猫娘は包帯と薬品を駆使しながら、葵さんを治療した。その手際のよさに私は見ているだけしかできなかった。

 その代わり、私は司令官幼女の様子を見ることにした。彼女の頭を膝に乗せながら、葵さんの治療が終わるのを待つ。彼女は相変わらず穏やかな寝顔を見せている。昼間に見た時とは違って、いくらか憑き物が落ちたように見えるのは気のせいだろうか。こうして見ると、やはり年頃の少女だ。見た目が幼いから実年齢は分からないけれど、十歳かそこら位だろうか。大体私の半分くらい……年取ったなぁ、私も。


「こんなに小さい子が戦ってるの……。」


 テレビやニュースで活躍を見る魔法少女達も思えば若かった。そういうニュースを見ながらも、タレントや俳優でも子どもはいる、それと同じような感じで特別な物なんかじゃない、と思っていた。けれど、こうして身体を張って戦っているのが小さな子供というのはおかしいんじゃないんだろうか。この怒りをどこに向けていいか分からず、パジャマの裾辺りをぎゅっと掴んだ。

 私が悶々とした思いを抱えている内に治療は終わったらしく、白衣猫娘さんはこちらに手を振っていた。


「おーい、君、そこに居る死にかけも連れてきて、アオイを運ぶのも手伝ってくれるかい。」

「はいっ。」


 よいしょ、っと司令官幼女を背中に背負って白衣猫娘さんの元へと向かう。彼女は車の後部座席から降りてきた。ということは、運転席にも人がいるはずだけど、その人が降りてくる気配はない。用心のためだろうか。

 まずは連れてきた司令官幼女を後部座席に乗せて、それから葵さんが乗せられた担架を運ぶ。その時、運転席にも目を向けたけれど、後部座席からも外からも見えない構造になっていて、誰が乗っているのか分からなかった。二人を乗せ終えた辺りで、白衣猫娘さんはこちらを向いた。その手は招くように曲げられている。私の勝手な想像だが、その時ばかりははっきりと猫に見えた。怪しい猫は私を見ながら、その目を愉快そうに細める。


「来るといい。君が知りたいことを全て教えてあげよう。」


 私は躊躇せず、宵闇に紛れ込む黒猫のようなバンに乗り込んだ。不気味なほど音を立てずに、バンは公園を後にした。


 


 

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