第13話

 自分が死ぬわけでもないのに、そこからの光景はスローモーションで見えた。葵さんの銃から放たれた弾丸は回転しながら、司令官幼女の頭に吸い込まれた。着弾、というより、侵入といった方が良さそうだった。何しろ、司令官幼女の頭から血が吹き出ることも、傷ができることもなかったのだから。その代わり、着弾した場所から1匹の蝶が現れ、葵さんの元へと飛んでいった。蝶が抜けた後の司令官幼女は、身体を支えていた糸が切れたように倒れた。その瞬間、二人に感じた距離がなくなるのを感じた。二人の周りにあった薄い膜が剥がされた感じだ。


「葵さん!!」


 そう叫びながら、駆け寄る。近寄ってきた私を見た葵さんは目を見開いて、それから何も言わなかった。最初に確かめたのは、葵さんの怪我と司令官幼女の様態だった。葵さんには怪我がない、でも不思議と身体は冷たかった。葵さんが小声で「大丈夫。」と言うので、私は司令官幼女の方に向き直った。本当に頭には傷がない。脈もある。身体も温かい。眠っているだけのようだった。安心したのも束の間、軽い音と共に葵さんが倒れた。見れば、全身が真っ赤に染まっている。右腕に至ってはあり得ない方向に曲がってしまっている。


「どうして……大丈夫ですかっ!?」


 さっきまでは何ともなかった筈だ。医学に関しては素人でも、その右腕が正常だったことくらいはわかる。でも、今はこうして血の海に沈んでいる。脈がどんどん感じられなくなっていく。まるで夢でも見ていたかのようだ。こちらの方が悪い夢だと思いたい。思えば、身体が冷たかったことがその兆候だったのかもしれないけれど、今はそんなこと気にしてはいられなかった。


「心臓マッサージ、いや、救急車が先?」


 どうしよう。どうしよう。どうしよう。救急車を呼んだほうがいいのは間違いないけれど、葵さんは指名手配されている。そのまま逮捕されてしまうことだってありえる。でも、このままだと葵さんは死んでしまう。とりあえず心臓マッサージを優先することにした。マッサージが軌道に乗り始めてから、救急車を呼んだ。電波が悪いのか、向こうの声は聞こえにくかったけれど、すぐに来てくれるとのことだった。


「葵さん、葵さん、葵さんっ!!」


 葵さんは私に、自分の仕事は魔法少女を暗殺することだと言った。そして、葵さんは魔法少女達から、魔法少女殺害の罪で追われていた。でも、目の前にいる葵さんは司令官幼女の命を奪っていない。見たことと聞いたことが矛盾している。葵さんは命を奪えなかった訳じゃない。私が見た時、葵さんにはまだ余裕があった。それでも葵さんは相手を眠らせるだけで済ませた。その理由を、私は聞きたい。他ならぬ私のために。


「行かないで……!!」


 右手に左手を重ねて、葵さんの胸を押す。出会ってばかりだというのに、葵さんには死んで欲しくないと思う。それほどに惹かれている。それともただの好奇心なのか。もっと話がしたい、もっと貴方のことを教えて欲しい。力無く揺れる葵さんの身体を見ながら、それでも諦めずにマッサージを繰り返す。何度も、何度も。

 手の感覚が無くなって来た頃、背中越しに車が走ってくる音が聞こえた。この近さは、呼んでいた救急車だ。これで何とか助かるかもしれない、そう安心した私の視界の端に停まったクルマは救急車ではなく、真っ黒のバンだった。公園の外から状況が分かったとしても、車でわざわざ入ってくることはない。それができるのは、関係者だけだ。敵か味方か分からない闖入者を前に、私は身構える。葵さんを連れて逃げることはできなくても、本物の救急車が来るまでの時間は稼げるかもしれない。

 バンが完全に停まって数秒後、スライド式の後方ドアが開いた。

 

「いやー、派手にやったねぇ。にゃはは、これは良いサンプルが取れそうだ。」


 笑いながら降りてきたのは、白衣の少女。目を引く大きな丸い瞳に、しなやかな身体、その姿は猫のよう。そして、驚いたことにその声はさっき私の電話を受けた救急の方と同じだった。

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