第11話
ベビィ・テロルは自分が創り出した爆弾による爆発でダメージを負うことはない。【星熊童子】は触れたものを爆弾に変える。ただし、一度に爆破できるのは一つ、無生物に限る。爆弾に変えたものに関しては、バラバラにしても一つのものとして換算される。そして、爆弾にしたものは自由に動かせる。星熊童子が自由自在に動いているのには、そういう理由があった。星熊童子はステッキであるため、自身の爆発で壊れることはない。まさに無敵、とも言うべき魔法だ。
今度の仕事も大したことはなかった。だが、用心に越したことはない、とベビィは星熊童子を呼び戻そうとして、気づいた。
「魔力のパスが切れてる……?」
いくら呼び戻そうとも、煙の中にいるはずの星熊童子からの反応はない。それどころか、魔法も発動しない。自分とステッキの間のパスが何らかの方法で断絶されている、そう考えないと理解できない事態が起こっていた。見た目に合わせた幼児語も、流石に鳴りを潜める。等身大のベビィが表に現れ出ていた。
夢見鳥、壊錠葵は始末した。確かに爆発に呑まれたのを見た。奴の弾丸は狙いを外れていた。それでは、この状況は何なのか。焦るベビィの視界に煙から立ち上がる影が浮かんだ。二メートルを超す巨体は間違いなく彼女の星熊童子だった。
「く、来る、星熊童子っ。」
影が揺らぎ、前に出る。だが、そのまま前のめりに倒れた。その風圧で周囲の煙が晴れていく。そこに立っていたのは、軍服の魔法少女。
衣服は汚れてこそいるものの、致命傷を与えられたような形跡はない。何より、軍帽の向こうから覗く眼光が死んでいない。彼女の足元で倒れる星熊童子はぴくりともせず、本当のぬいぐるみのようだ。つう、と背中を冷たい汗が流れる。
「ど、どうやって……。」
精一杯絞り出した言葉がこれだった。だってあり得ない。あり得ない。逃げられる筈もない。壊錠葵の魔法なら聞き及んでいる。彼女の魔法は、『魔法を無効化する』だけ。星熊童子は彼女の眼前で爆発した。無効化できていない証拠としては十分だ。でも、実際に倒れているのは星熊童子だ。
憔悴しているベビィを見てもにこりともせず、壊錠葵の表情は冷ややかだ。死神はきっとこういう顔をしているのだろう、ベビィは冷えていく体温を感じながら考えた。私の死神は、そこでようやく口を開いた。
「『胡蝶の夢』。」
見れば、壊錠葵の背から大きく青い翅が生えていた。そして、周りをひらひら
と飛ぶ青い何か。それは、ベビィの肩にも留まっていた。いつの間に、と思うと共に、その美しさに目を奪われる。それは青、いや近くで見ると微妙に異なる、瑠璃色と表現すべき色の蝶だった。間違いない、この蝶が元凶だ。肩の蝶に手を伸ばすが、蝶はベビィの手をひらりとすり抜けて、壊錠葵の元へと飛んでいく。その翅からきらきらと輝く何かが零れ落ちた。その粉もまたベビィの手をすり抜ける。
異様な光景に呆然とするベビィに向けて、壊錠葵は語り掛ける。
「私の銃弾はどこかに着弾した時点で効果を発揮する。現実世界に穴を開けて、私が管理する世界を展開する。分かりやすく言うなら、ここでは貴方は魔法を使えない。私は使える。」
ガチャリ、と音を立てて銃口がこちらを向く。どうやら命運は決したらしい。ここからの抵抗は虚しいだけだ。任務を失敗した人間に残された道は死のみ。報告書通りなら、壊錠葵は数年前の大脱走事件の唯一の生存者であり、既に魔法少女としての力を失っている筈だった。だが、近年魔法少女が失踪している事件には壊錠葵が関わっているとされている。動向がつかめたから、と追ってみればこの様だ。魔法少女配給会社からのバックアップもなしにどうやって魔法少女として戦っているのか。この女、あまりにも規格外すぎる。
「殺すなら、殺せ。」
銃口の黒い穴を見つめながら、考えたのは数人の教え子のことだった。彼女達は危険だからと周囲の人払いに回しておいた。無いとは思うが、この女に向かっていくような真似だけは避けて欲しい。それだけ願って、ベビィは目を瞑った。引き金は引かれ、程なく意識は途絶えた。痛みのない深淵がベビィを出迎えた。
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