第10話
魔法少女、といってもある程度のランクに位置する魔法少女が持つステッキは、その姿を変える。変身後は、ステッキの形状が変化し、魔法もより強力になる。だが、ベビィは変身しなかった。何か引っかかる。それでも、地面に落ちた綿を踏みしめ、向かってくるベビィのステッキを自分のステッキで受け止める。ステッキを挟んだ向こう側で、ベビィがにい、と笑う。
「ばーん。」
しまった、と思うも遅かった。足元の綿の塊が膨らむのを感じる。変身しなかったのは罠だ。こちらに踏み込ませるため、そしてこちらに変身させないためだ。変身しようにも間に合わない。視界の下から閃光に包まれながら、私は爆発に巻き込まれた。
石畳が所々剥がれ、土がむき出しになる。土煙が立ち昇る中、二人は向き合っていた。悠然と立つベビィに対して、葵は両足と左手を地面についていた。ただ、血は流れておらず、傷も見当たらない。
「傷位作って欲しかったですけど……流石は【夢見鳥】。その魔法は手強いですね。」
「君の魔法程じゃない。お陰で服がボロボロだ。気に入っていたのに。」
それはお気の毒ですね、とベビィは言う。その目は一つも申し訳なさそうではない。
【夢見鳥】は葵のステッキの名前だ。私の親友が、それは蝶の別の名前なんだよ、と教えてくれた。名前とは違って、その魔法は夢よりも現実よりだ。
できればさっきの奇襲で仕留めておきたかったのか、ベビィの顔は険しい。童顔に似合わない皺が寄る。その皺が消えるのに合わせて、ベビィはステッキをこちらに向けた。
「
「
合わせて詠唱。私はいつもの軍服風の戦闘服へ。ベビィは、昼間の銀色ロリータ風コスチュームから変わらない。あれが元々の戦闘服だったのだろう。変わった部分があるとすれば、ステッキだろう。針に似た銀色のステッキは、ベビィの背後に立つ大きなクマへとその姿を変えていた。
「行きなさい。」
ベビィが短く命令したのに合わせて、クマが跳んだ。優に二メートルはあろうかという巨体が弾丸のようにこちらに跳んでくる。触れるのは不味い、そんな気がして、大きく上に跳んだ。生身のクマではない、ぬいぐるみのクマの背は滑らかな曲線を描いている。その背は大きく膨らみ、そして爆ぜた。巻き起こる爆風が葵を更に上空へと吹き飛ばす。
「なっ……!?」
想像より強い爆風に、煽られ飛ばされる。人形の綿が爆発したどころの威力ではない。小型のミサイル程の威力はある。変身していなければ、きっと火傷を負っていた。咄嗟にガードの体勢をとった両腕の隙間から、ベビィを見る。ベビィもまたこちらを睨みつけていた。その目に先ほどまでの幼さは欠片もない。
ベビィ・テロル。階級はBランク。実年齢は不明。ステッキの名は【
「立ちなさい。星熊童子。」
不気味に響く幼い声に爆炎からクマが立ち上がる。虚ろな瞳が私を捉える。
どうやら、出し惜しみは出来なさそうだ。空から着地しながら、ハンドガンを構える。銃口は星熊童子へと向けている。
「起きて。夢見鳥。」
声に応えるように、銃身に蝶の意匠が浮かび上がった。私の能力は攻撃向きではない。相手もそれは知っているはず。だからこそ、タイミングを見極めなければならない。
戦闘態勢に入った私に星熊童子は咆哮し、迫る。その眉間に狙いを定め、引き金を引く。青白い弾丸が銃口から飛び出し、まっすぐに飛んでいく。弾丸は星熊童子に突き刺さるかに思えたが、あと数メートルの所で星熊童子の姿がぶれた。ぶれたと思ったのは、爆発によって加速したからだった。
「ばーん。」
ベビィの声に合わせて星熊童子の左足が爆発し、銃弾の軌道から逸れていく。避けられた弾丸は星熊童子とベビィの間の地面に着弾した。続けて、今度は右足を爆発させ、こちらに真っ直ぐ飛ばした。銃のリロードも退避も間に合わない。
「『魔法を無効化する能力』と聞いていましたが、当たらなければどうということない。残念でしたね。」
この結果は当然、といった口ぶりのベビィの声を最後に、私の耳は爆音に呑み込まれた。
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