第9話

 白川凛子が眠りについたのを確認して、そろりと起きる。音が鳴らないようにするのには慣れている。癖になっている、と言ってもいいかもしれない。暗殺を心掛ける人間にとって、察される、ということは命取りだ。相手が魔法少女なら猶更だ。人間にも気配、というものがあるように、魔法少女はお互いの魔力を感じ取ることができる。もちろん修練を積めば、漏れ出る魔力を最小限に出来る。ただ、魔力を感じさせるぐらい出すことにも使い道がある。それは、宣戦布告だ。相手の場所が大まかにしか掴めない時にはこの方法を使う。相手に自分の居場所を教えることで何らかの行動に移させる。そして、そこから狩りを始める、という訳だ。葵に向けられたのも、こうした意図を感じさせる魔力だった。


「近い。昼間の集団……かな。」


 感じたのは、白川凛子に話をしていた時。恐らく、昼頃に会った小さな司令塔だろう。練度の高い魔力だ、うっかり、ということはあり得ない。これは警告だろう。大人しく出てこないと白川凛子ごと攻撃するぞ、というようなメッセージを感じる。これは罠だ。無視してもよかったけれど、白川凛子の為にも事態は収束させておいた方がいい。葵は外に出る準備を整えた。

 最後に白川凛子の寝顔を見ておく。これで会うのは最後だ。彼らに負けるつもりは毛頭ないが、もうここには戻らないだろう。ここはそもそも私の拠点ではない。尾行されている可能性を踏まえて、ダミーで借りている部屋を使うことにしただけだ。だから、このままこの部屋を彼女に使ってもらっていいだろう。彼女の家は木っ端微塵になってしまったし。お詫びになるかは分からないけど、私が現状できる最大限の罪滅ぼしだった。そんなことを考えていると、不思議と顔を見ておきたくなった。眠っているとは思えない程、綺麗な寝顔。


「さよなら。」


 さよなら、私を信じてくれた子。もっと話をしたかったけれど、これ以上は貴方の命が危険にさらされる。だから、これでおしまい。

 スッと視線を切って、玄関を出た。流石に玄関開けてすぐ襲撃される、ということはないらしい。魔力の反応があるのは、近くの公園だ。ずっとそこから動いていない。罠の可能性もあるけれど、行くしかない。息を深く吸って、軽く吐く。それから地を蹴った。

 ポケットの中で愛車のキーが揺れる。移動手段に足を選んだのは、相手の能力を考慮してのことだった。魔法少女は功績をあげればあげるほど、特権が与えられる。特別なステッキもその一つだ。そのステッキは、使用者に最適の魔法を発現させる。小さな司令官の能力は、爆発系だろう。クマの人形が爆発したところからの推測だから詳しい所は分からない。けれど、引火すると危険なものを公園に持ち込むわけにはいかない。


「着いた。」


 人の数倍はある魔法少女の脚力なら五分とかからなかった。私が立っているのは、有海公園の北側だった。南北に伸びる公園の中央には広い池と、街全体を見渡せる巨大な展望塔がある。大文字のTの形をした展望塔は、周囲のライトに照らされ、怪しげな雰囲気を醸し出している。魔力の気配がするのは、その展望塔の下にあるベンチからだった。様子を伺うと、そこに座る影がある。月光に照らされたその姿は確かに司令官だった。周囲の偵察をさせているのか、昼間周りにいた魔法少女が今は全くいない。

 相手に到着を知らせるように、ベンチへ続く石畳を踏みしめる。相手もこちらに気が付いたように立ち上がる。


「来てくれると思っていましたよ。壊錠葵。」

「招待ありがとう。ベビィ・テロル。」

「名乗った覚えはないけれど……。」

「お互い様だろ?」

「それはそうですね。」


 そう言ってベビィは手に持っていたテディベアの背から、ステッキを引き抜いた。綿が粉雪のように、二人の間を舞う。それが全て落ちた瞬間、二人は衝突した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る