第7話
まず前提の話から始めよう。そう言って、葵さんは空を切るように手を動かしてステッキを取り出した。
「この世界に元々魔力はないんだ。だから、普通の人間は魔力を扱えない。だから、その代替品としてこういうステッキがある。」
そして、と葵さんはステッキからマジカルカードを引き抜いた。そういえばまだ返してもらってなかったな、と思いつつ少し気になることがあった。魔法少女のステッキにはマジカルカードを差す場所がない。でも、葵さんのステッキにはマジカルカードを差す場所があった。葵さんのステッキは市販、あるいは違法なものなんだろうか。でも、葵さんは魔法少女に変身してたし……なんて私が困惑している間にも、葵さんは話を進めていた。
「お金と魔力を交換、個人と魔力を結び付けるためにこのカードがある。カードは魔法少女配給会社が運営する魔力工場とパスが繋がっていて、使いたいだけ魔力を引き出せる。知ってるだろうけど、魔力タクシーとかはこのカードを軸にしてる。」
「はい。知ってます。」
少し前から登場した魔力タクシー。魔力を作るのに必要な電力は少ない。有害なガスも出なければ、エネルギー効率もいい。そんな訳で、ガソリン自動車は徐々に淘汰されつつあるのだ。魔力タクシーとは言いつつ、普通にコンクリ―トの上を走っている。魔法が使えるなら、ワープできそうな気がするけれど、それは今の技術では難しい、らしい。その辺りは難しくてよく知らない。それに、マジカルカードは持ってこそいるけれど、使ったことはない。つまり、魔力タクシーにも乗ったことはない。それでも、一応、マジカルカードのバイトをしているから、最低限の知識はある。
私が頷いたのを確認してから、葵さんも頷いた。
「最近はマジカルカードを使って動かす製品が増えてきた。魔力の方がエコだ、なんだと言われているけれど、そもそも魔力はどうやって作られているのか。」
「それは……ヌイ達がやってきた世界からもってきて、とか。」
「今のこの世界にもある資源は有限。もし、外の世界に無限のエネルギーがあるとするなら、今頃どこかの国がその世界と交渉しているか、あるいは攻め込んでる。魔力も同じ。あちらの世界でもエネルギーを創り出す方法はあれこれ考えられていたみたい。結果として、連中は魔力を開発する方法を思いついた。」
「それが燃料、ですか。」
頭の中に鳴り響くアラートが大きくなる。目を背けてきた事実が私の中で膨らんできているのを感じる。話が終わりに近づいている。葵さんは頷いた。
「何らかの事情で戦力として使い道のなくなった魔法少女は魔力を製造する機械を動かすための動力源になる。」
「そんな……!?」
「魔法少女は契約後に改造手術を受けさせられる。そこで人間よりも肉体の強度が強くなって、大量の魔力を扱えるようになる。ただ、それも動力としての運用を見据えての改造なんだ。」
「でも、それって、何となく、効率がよくないというか……。」
何となく、この方法が効率的には見えない。だって、生きた人間をわざわざ改造して、動力にする位なら、他のもので代用できそうだから。だったら、何で代用できるのかって聞かれた困るけど。私は納得いっていなかった。
明確な証拠もなく、やっぱり直感だけで疑問を示す私に、葵さんは目を細めた。
「その通りだと思う。決して一番効率が良いわけじゃない。でも、魔法少女は彼らが欲しいものを全て体現しているんだよ。一つ、外敵から守れる程の戦闘力。二つ、現地調達がいくらでも可能。三つ、魔力を製造する際に長持ちする。」
人差し指から薬指までが順番に立てられていく。全ての指が立った後、葵さんは「普通の人間の三倍は長持ちするみたい」と独り言のように言った。そんんあ葵さんの答え方は私の質問も織り込み済み、というより、一度その質問をされたことがありそうだった。
私はもう頭がパンクしそうだけど、葵さんの話はまだ終わっていないらしく、その口は開かれて、でもすぐに閉じた。私の背後を見るような視線に首を回すと、そこには時計がかけられていた。針が示しているのは二十三時五十分、もうすぐ日が変わろうとしている。
「今日はここまで。今日は泊まって。できるだけ早く元の生活に戻れるようにするから。」
「は、はい。」
またしてもテキパキと準備を済ませてくれた葵さんのご厚意に甘えて、私は眠る準備を進めていった。急にどうしたんだろう、とは思いつつ、安心したのも事実だった。今日は、一日で起こっていい出来事の上限を超えた日だった。今まで生きてきて、今日ほど長い日はなかった気がする。遠くで犬の遠吠えが聞こえてきて、私は思わず欠伸をしてしまった。あと十分で今日は終わる。
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